第8話 Password of Your heart. (君の心のパスワード、私は知らないまま)


 少し雪がちらつく、寒さの厳しい日だった。会場には人、人、人。振袖や着物、スーツ姿の新成人で溢れていた。

 きつく締め上げられた帯に、履きなれない下駄、着付けてもらった当初は自分の選んだ振袖に身を包み、新成人として晴れやかな気持ちだったものの・・・、密閉され暖房が効いている会場という空気が悪い中で長時間過ごしたせいか、私は少し気分が悪くなってしまっていた。

人混みに酔いそうになりながらも、私は友人達に支えられながらヨロヨロと会場から抜け出し、何とか新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むことに成功した。


 今日は地元の成人式。東京から福岡に帰省している私は、久しぶりに会う友人達と、沢山話して、沢山写真を撮って・・・そんな新成人ならではのひと時を心ゆくまで楽しむ予定だった。だけど、もうぐったりだ。

しかし、振袖で皆と写真を撮れるのは今日だけなのだからと気合を入れて笑顔を作り、写真撮影に臨む。


「麗奈おひさ!振袖可愛いじゃん」


「ありがとう!ミナミちゃんも似合うじゃん」


 会話を挟みながらまた流れ作業のように写真撮影会が再開される。疲れたなぁ、なんてため息をつくと、トントンと軽く肩をたたかれた。


「?」


「あ、やっぱり香椎じゃん!写真撮ろうよ!」


振り返れば、にこりと貼り付けられたような笑みを浮かべる見知った男の子。私は口元の端が引き攣るのを感じながら、無理やり口角を上げる。


「・・・久しぶり、待田くん」


「だね!俺、お前に会えてめちゃくちゃ嬉しい!」


 肩をぐっと引き寄せられて、ゾワリと鳥肌が立つのを感じる。彼は、私の高校時代の黒歴史の渦中の人だった。彼女が居るのに、何かにつけて私に絡んできては、私を恋のスパイスにしてきた人。そのせいで彼の彼女及びその親友達から白い目で見られていたのだ。


「ちょっと、・・・」


「ん?」


 肩を離して、そう言おうと口を開くと、何か問題でも?と不思議そうに首を傾げる彼。こうされて嫌がる女の子なんておかしいと思っているのかもしれない。

 とてもハンサムな人だけど、私は彼に恋人がいることを知っているし、高校時代に私が彼を好きだと彼自身がそう噂を流していたことも知っている。それでどれだけの女子を敵に回して、私がどれだけ苦労したのか絶対知ってんだろーがと怒りさえ湧いてくる。どんなに顔が良くてもこんなクズ男と、もう不必要に関わりたくないんだけどな。

・・・それに、お前って呼ばれることがこんなにも不愉快で、肩に触れ顔を寄せられることがこんなに気分を害すということを、私は今日初めて知った。

聖にはいつも同じようなことされているけれど、不思議と嫌じゃないのにな。そう考えているうちに、彼は私の頬に自分の頬をくっつけて写真を撮ろうとスマホを構えた。


「やめて」


「えー?なんで、写真ぐらいいいじゃん」


 眉を八の字に下げて待田くんは悲しげな表情を作る。これで彼は、今まで様々なことを女の子達に許されてきたのだろうと、より気分が悪くなる。


「写真が問題じゃなくて・・・こんなくっついてる写真見たら彼女、気分悪くなるんじゃない?」


「ああ!」


なるほど、と拳を手のひらにポンと置いて納得した表情をする彼に、やっとわかってくれたのかと息を吐いた。

肩から手が離れた瞬間、少し距離を取り向き合う形で彼を見上げる。すると、彼はまた貼り付けられたような笑みを浮かべて「安心して?」と私に囁くように言った。


「はい?」


「実は卒業後すぐ別れたんだよねー。だから、全然心配しなくて大丈夫!」


だからさ。と、また肩に手を置く彼に、いい加減にしろよと言いかけて口を開いた時だった。


──────♪────────♪────────♪


 私の携帯の着信音が、鳴り響いた。これを口実に彼から離れられる!と、そんなことを考えた私は、ちょっとごめんねと言って誰か確認もせずに電話に出た。


「はい、もしもし」


『あ、もしもし?香椎さん?』


 優しげで穏やかで、少し声の低い・・・聞いただけで落ち着くようなそんな声。

この声、聞いたことある。名前の確認もしていないけど・・・これはもしかし────


「木村くん?」


『あたり!ふっ、もしかして誰か確認せずに出たの?』


 驚いたように私が名前を呼んだからか、ちょっと面白そうに話す彼に、安心感を覚えている自分がいることに気づく。流石私のオアシス木村くんだよ・・・イライラと不快感が募っていた今、彼からの電話は色んな意味で救いだった。


「ふふっ、うん。それで、どうしたの?木村くんも今日は成人式でしょ?」


 笑いながら待田くんの方に目線を移せば、少しイラついているのが表情に出ていた。私という玩具で遊べないのがつまらないのだろう。

なんか、可哀想な人だなぁと哀れみの感情さえ浮かびつつ、私は意識を木村くんとの電話に向けた。


『そう!でも、確か俺ら会場近かったじゃん?だから、せっかく地元同じなんだし成人式の後、会おうよ』


「ん?・・・うん、わかった。いいよ」


 なんで木村くんが私と?と思ったものの、まぁグループ内でもそれなりに良好な関係を築いているし、親しい方だとも言えるな、と納得した。

中高の友達とは集まらなくていいのかななんて考えつつ、私は目の前にいる待田くんから一刻も早く逃れたくて頷く。


『じゃあ今から車で迎えに行くよ』


「わかった!どこにいればいい?」


『会場の場所、一応LINEで送っといてーすぐ行くから』


 OK、と電話をしながらLINEで会場の住所と一応私の今いる場所の目印になるような物を送る。木村くんからお礼を言われ、また後でと電話を切った。

 女の子達とも、仲良かった男友達とも写真は撮り終えているし、別に待田くんと写真が撮りたいわけじゃないからなと、私は断りを入れるために口を開いた。


「ごめんね、待田くん。もう人が迎えに来るから写真撮る時間ないや」


「は・・・?いやいやいや。別に写真撮る時間ぐらいあるよね?何?彼氏からの電話なわけ?」


 あからさまにイラついた様子の彼を見て、この人何でこんなにイライラしているのかなと不思議に思う。

別に私に彼氏いても、よくない?私は彼の、元カノとの恋のスパイスだった女。

まぁ、いわゆる無くてもいいけどあったらちょっとだけ面白い玩具みたいな存在のはずだ。


「いや、・・・別に、私に彼氏がいてもいなくても待田くんに関係なくないかな?」


彼が本当に何が言いたいのかさっぱり分からず、もういいやと素直に疑問をぶつけてみる。

すると、女の子に好かれそうな甘いフェイス、垂れた目を釣り上げて、私に声をかけてきた時の貼り付けられた笑みは見るも無惨に剥がれ落ちていた。────いや、怖。


「気持ち知ってる癖に、そういうこと言うんだ?」


「えっ、待って何言ってるの?」


 右の手を絡め取られ、グッと引き寄せられれば、待田くんの整った顔が間近にあった。息がかかりそうな距離、彼のつけたムスク系の香水の香りが鼻腔を掠めた。

いい香りのはずなのに、不快。私が彼に対して不信感があるからだろうか。どんなに素敵なものも、自分が嫌だと思っている相手の手の内あればそれすら嫌なものに見えるから、だからかもしれないなと冷静に考える。


「だって、高校の時ずっと俺、香椎にアピールしてたよね?」


「・・・は?」


「いやいやいやいや、流石に気づいてたっしょ」


 呆れたようなものの言い方に、カチンと来たものの、彼が言っている言葉自体は理解できるがその内容自体を受け入れられず私の脳内は混乱を極めていた。


「だって、彼女いたし・・・あれは嫌がらせとか、2人の関係のスパイスみたいな存在だったし私・・・」


「それマジで言ってる?」


はぁー、と深い溜め息をつきながらガシガシと頭をかく彼を見て、溜め息をつきたいのはこっちだし、その言葉もそっくりそのまま貴方にお返ししますという状態だった。


「何が言いたいの、待田くんは」


「だから、あの時からもう彼女と別れたかったし。別れてくんないから、好きな相手がわかれば別れてもらえて、香椎とも付き合えるかと思って、」


待田くんの言っていることはまさに複雑怪奇奇々怪々と言った感じで、私はその言葉を脳内で反芻しながら、噛み砕いて理解しようとするもののサッパリわからずじまいだった。


「だから、俺お前と付き合いたかったから彼女と別れたんだよ」


「何だそれ・・・」


口から出たのは最悪の言葉だった。慌てて口を押さえたものの、口から出た言葉が口の中に戻ることはなく、今更慌ててももう後の祭りと言った感じだった。


「っ、お前さぁ・・・本当にその鈍感さと、配慮のなさ直した方がいいよ!?」


「えっと、ごめん?」


 疑問形で謝れば、彼も怒りが収まらないといった様子で、眉を釣りあげ、自身の眉間によった皺を人差し指と中指でトントンと叩いていた。


「でも、あの時の私は・・・私が待田くんを好きって、待田くんがそういう冗談とかを周りに言ったことで結構被害蒙ってるんだよね、」


「えっ?」


「待田くんの元カノの親友たちから、会話中に私の発言だけ無いものとして扱われるとか、挨拶無視されるとか・・・」


 そんなことは一切知らなかったと言わんばかり、彼の口は開いたまま塞がらないといった様子で目をぱちくりする待田くん。まぁ、待田くん顔だけは良かったし、謎に私に絡むからそれを気に入らない子もいたと思うし、私が彼女がいる男に手を出すやべー女として見られてたとか、そういうのもあるとは思うんだけどね。

 私の部活と彼の部活の交友関係も、彼が流した「私が待田くんを好き」という事実無根の噂のせいでギクシャクして絶たれたということは流石に知らないとは言わせたくないのだけれど、それももしかして知らなかったのだろうか。

 あの頃はムカつきすぎて大嫌いだったけど、今では好きになれない人、というカテゴライズの中にいるだけで、憎しみとかは別にない。だってもう終わった事だしさ。

 ただ今日、彼が写真を撮ろうと誘わなければ自ら私が彼に話しかけることはなかっただろうし、別に彼との写真も欲しくないし、もう今後関わることもないだろう。

それならば、言いたいことくらい今言っておくべきなのでは?という考えが頭をよぎる。だってあの時は、私は何も言えなかった。彼女に、あの噂は本当のことじゃないよって伝えることしか出来なかったのだ。今日ぐらい、本人に直接何か言っておこう。


「・・・まぁまぁ嫌な思いもしてたから、待田くんの気持ちには全く気づかなかったし、別にそう言われてもあの時のこと全部許して仲良くしたいとも思わないんだよね」


 鈍感で気遣いや配慮が足りないのはお互い様だったみたいだね、と私は彼の肩を軽く自身の掌で叩いて笑った。

一方彼は、何とも言えない顔をして、もう写真を撮ろうなんて言えるような状態でも表情でもなかった。

 成人式で待田くんなんかに会いたくなかったし話したくもなかったわって最初は思ってたけど、こうして話せてよかったのかもしれない。

高校時代のモヤモヤが、すーっと消えていく感じがした。私は、待田くんに対してあの時言えなかった嫌だったことを今日は素直に嫌だったと言えたし、これで彼ももう私に関わってくることもないだろうと思った。


「もう怒ってないけど、ああいうことはもうすべきじゃないよ。ばいばい」


 振袖の端を掴んでた彼の手をサッと払うと、俯いていた彼は顔を上げた。私と付き合う気でもあったのだろうか、そればっかりはわからないが、彼は悲しげな表情で私を見つめていた。

「ごめん」そう小さな声で絞り出すように言った彼の表情は複雑で、その表情が何を意味するのかさえ私には分からない。けれど、これで私と彼の会話も関係も終わりだなって思った。

 今はこんなふうに傷ついたような表情をしているが、端正な顔立ちの彼ならまた別の女の子達がすぐに彼を持て囃すだろう。それで何してもいいんだとはならず、もう二度と・・・あんな誰も幸せにならない冗談、嘘を言わないで欲しいなと思った。


 木村くんからの電話を切ってから、15分程度で彼は現れた。車体の色はブラック、ピカピカに磨かれたそれは、新車のようだった。

「親にもらったんだ、成人祝いでね」そうにっこり笑って言う彼を見て、私は頬が緩むのを感じた。

 せっかくのプレゼント、初めて助手席に乗るのが私でいいのだろうか、何だか勿体ないような気もするなぁと思いながら、木村くんから誘ったのだから嫌じゃないと思おうと、助手席の扉を開けて車に乗り込んだ。

 私と木村くんの2人って、正直何話していいか分からないんだけど・・・ダメじゃないけど、2人で出かけたことなんてないし。誰か呼ぶのだろうかと考えて、それは無いかと、すぐさまその考えを打ち消した。だって、福岡出身の子他にいないもんね。

──不意にバックミラーを見遣れば、後部座席からこちらを覗く見知った瞳と視線がかち合う。私はこの瞳を知っている。少し長い前髪が、優しげに垂れた瞼にかかっている。長い睫毛に縁取られた目。その上に綺麗に手入れされた眉尻の少し太い眉が、ガチガチにワックスで固められた前髪からちらりと覗く。


「へ、あ・・・ひ、っ聖!?」


「ははー来ちゃった♡」


 語尾にハートが着くような、ふざけた言い方思わずガクッと肩を落とす。なんか気が抜ける話し方してるけど、えっ成人式は東京でしょ!?何で、聖が福岡にいるわけ!?


「来ちゃった、って・・・」


顔を後部座席の方に向けると、そこにはやはり風間聖、彼がいたのだ。どう見ても私の幻覚でも妄想でも無い。本物のようで・・・。


「成人式はどうしたの?」


「実は俺、月曜の成人の日じゃなくて、俺の地元は昨日成人式があったんだよねー」


 だから、昨日は友達とバカ騒ぎしてきた!そう言って、楽しげに笑う彼。

木村くんに視線をずらせば、彼も何だか嬉しそうに笑っている。聖がわざわざ会いに来てくれたから嬉しいのかな、なんて思った。


「せっかくだし、2人の晴れ姿見てやろうかなって思って。まぁ福岡なんてなかなか来ないし、仕事も学校も休みってあんまりないし?」


「・・・香椎さんの可愛い振袖姿だけを見にきた、の間違いじゃない?」


 木村くんがハンドルを慣れた手つきで扱いながら、そんなことを言って微笑む。

優しい顔をして、とんでもない爆弾を投下する木村くんに驚いて私は噎せてしまった。

──────優しい顔をした悪魔がここにいる。


「・・・っ、──えほっ・・・けほ・・・っ!もう、木村くん!変なこと言わないで!?」


私の噎せる姿が余程おかしかったのか、木村くんと聖はミラー越しに目を見合わせてそれはそれは楽しそうに笑っていた。


「そりゃ、可愛いよ」


「へっ?」


 突然、聖が可愛いなんて言うから。私は思わずぽかんと口を開けて、彼らを交互に見遣った。えっ、突然・・・何?


「超似合ってる。後で写真撮りたい」


聖は身を乗り出して、ニッと口角をいやらしく上げた。


「なに言ってんの?ダメに決まってるでしょ」


あと、身を乗り出したら危ないんだからシートベルト付けなって言って、私は前を向いた。


「2人でじゃなくて、お前だけ」


「もっとダメ!撮るなら3人で。」


 すると、いつものように、眉を下げて悲しい顔をする彼。そんな悲しい顔をされたら、私が断れなくなるだろうなってわかってやっているんだろう。なんてずるい男。


「──ねぇ、木村くん今からどこ行くの?」


いいよと言ってしまいそうになる自分を抑えて、木村くんに視線を移した。聖を見ていたら、危ない。ダメなこともいいよって全部言ってしまいそうだ。


木村くんはちらりと私に視線を向けた後、少し驚いたような顔をする。自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう。


「えっとね、せっかくだし俺の叔父さんがやってるBARに行こうかな?って思ってるよ。」


「へぇーオシャレそう!BARとか行くの初めて!」


「俺、まだ酒飲めないんですけど・・・」


 運転席と助手席の真ん中から顔を覗かせ、ぶーぶーとブーイングを始めた聖を見ていると、その子供っぽさに笑みがこぼれる。可愛い。

頭よしよしって撫でたくなっちゃうなぁーって、後ろで騒ぐ彼を見つめる。すると、不意に視線がかち合い、彼は少し気まずそうな顔で窓の外へと視線を移した。

えっ、何その微妙な反応。私何か変なことしたかな。心の声ダダ漏れだった!?と口元に手をやると、そんなことはない。

 何なんだ、あのキャンプの日から、時々こうやって微妙な空気が流れることがあり、私は毎回困惑していた。


「俺らも飲めないから大丈夫だよー。それに今日は貸切りで場所借りるだけ。美味しい物食べてジュース飲もうよ」


 街中から少し入り組んだ、細い小道に入り、彼はパーキングに車を停めた。そうして、木村くんは降りようとシートベルトを外した聖の方に体を向かせた。

彼は聖の頭に左手をぽんと置いて、くしゃりと優しく前髪を崩す。柔らかい人を安心させるようなその表情、動き共に彼氏力があまりにも高くて思わず溜め息が出そうになる。

 助手席からは横顔ではあるけれど、彼の柔らかく優しい表情が見えて、やっぱり木村くんは聖のことかなり好きなんだろうなぁ、見ていて私まで嬉しくなる・・・なんて。そんなことを考えていた。


「楽しそう!ジュースでも酔えるもんね?」


 シートベルトを外した私は、木村くんに同調するように力強く頷き、2人に微笑みかければ、聖はなんだかふくれ顔。不貞腐れたようにそっぽを向いて車の外に出てしまったので、なんでいきなり不機嫌になったんだろう?なんて考えながら、きょとんとした木村くんと顔を見合せたのだった。


────────・・・


 木村くんの叔父さんのBARは、黒と白を基調としたシックなお店だった。辺りを見渡せば、ホコリひとつない綺麗な店内、ライトは少し薄暗く、カウンター席の向こうには木村くんに少し似た優しげな男性が手をひらひらと振りながら立っている。え、この人が叔父?・・・かなり若くないですか?


「こんにちは」


「今日はありがとう叔父さん。この2人は俺の大学の、1番仲がいい友達だよ」


 私達を紹介する時に、こんな風に言ってくれる彼を思わず凝視してしまう。

何だか、じーんときてしまった。一番仲がいいなんて、そんな風に聖だけじゃなく私のことも紹介してくれる木村くん。

 大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、一生、オアシス木村くんを大事にしていきたいなと思った。私にとっても、木村くんは大事な友達だよ・・・。


「こんにちは、風間聖です。今日は場所をお貸しいただいてありがとうございます。素敵なお店で成人の日を迎えられて嬉しいです」


 木村くんの叔父さんを真っ直ぐに見つめて、慣れた様子でお礼とお辞儀をする聖。柔らかいライトに照らされる彼を見ていると、ドラマのワンシーンのよう。それは、日の打ちどころのない美しい所作だった。


「こっ、こんにちは!香椎麗奈です。木村くんには本当に良くしていただいてます。──こんな素敵なお店に来るのは初めてで、緊張していますが・・・私も、今日という日をこのお店で迎えられて、とても嬉しいです。」


私も聖にならい、ぺこりと頭を下げた。付け焼き刃で彼ほどの動きはできなかったけれど、今までで1番美しい動きができた気がして、少し嬉しくなった。


「とんでもない。特別な日に、うちの店に来てくれてありがとうね。さぁ、着物だと立ちっぱなしでいるのもきついだろう?ここにどうぞ」


ありがとうございますとそれぞれお礼を言えば、聖がすっとカウンターの椅子を座りやすいようにずらす。思わず「えっ?」と小さく声を出せば、「ここ、座ればいいじゃん」と当たり前のように言う彼。

振袖を着ているからってわかっているはずなのに、彼のこういった“女の子扱い”にどぎまぎしてしまう自分がいた。


「あり、がと」


「どーいたしまして」


 私が少し照れているのが顔に出てしまったからか、彼もまた気まずいような顔をして横に腰掛けた。

木村くんは、当たり前のように右奥の聖の横に腰を下ろし、こちらを見て笑った。


「2人ともキャンプの日からちょっとおかしいよね。特に風間」


「はぁ?おかしくないですー木村お得意の勘違いですー」


 私には背を向けているから、今、聖がどんな表情をしているかわからないけれど。

木村くんは聖と、彼の肩越しに見える私に交互に視線を彷徨わせ楽し気に笑い声をあげた。


「あはははは!・・・っ、わっかりやす」


「はぁー!?」


 私といると聖はいつも自身が優位にいるような態度なのに、木村くんには適わないようで、・・・表情が見えなくとも慌てているのが見てとれた。

別に私に対して偉そうってわけでもないけど。聖には勝てたためしがないような気がする。


「意識しすぎじゃん、キャンプの日寝ぼけて自分が・・・」


「まじで無理!もう降参!」


「ははっ、いつもの余裕はどこに行ったんだか」


 やれやれといった態度で話す木村くんの言葉を慌てたように遮る聖は見ていて面白いけど、何?キャンプの話って。

ああ、聖が間違えて私をベッドの中に引き摺り込んで、起きた時に私じゃなくて聖自身が悲鳴を上げたことかな?

 あの声は女の子みたいだったよね。確かに恥ずかしいかも。・・・え?だから、最近ソワソワしたり、気まずい雰囲気出したりしてたってわけ?なにそれ、うける。


「そういうことだったんだ?」


「は!?」


私が納得したようにそう聞き返せば、焦ったようにやっとこちらを向く彼。彼の肩越しに楽しそうな木村くんが見える。


「確かに、あの悲鳴は可愛かったよね。どっちが女だかわからないよ、あの声出すの普通私でしょ」


うんうんと頷きながらそう言ってしまえば、聖と木村くんは目を見合わせて、「ん?」と声を出した。


「いや、だから・・・最近私と話してて気まずい感じ出すのって、女の子みたいな反応しちゃったのが恥ずかしかったからでしょ?大丈夫、私も聖のほうが女の子らしい反応してたからって別に自信なくしてないから」


だから、聖も自信無くしたりしなくていいし、照れなくてもいいじゃん。

そう言葉を続ければ、2人は時が止まったように押し黙る。・・・えっ?私何か変なこと言っちゃったかな。

 困って視線を彷徨わせれば、木村くんの叔父さんと目が合った。彼はふっ、と浅く息を漏らすと、口角を吊り上げた。


「・・・風間くんも、香椎さんがこうも鈍感だと困るだろうね」


「えっ?」


「いや、わかります?そうなんすよマジで・・・」


 聖が分かりやすく、頭を抱えてじたばたと足を動かすのを見て、いや・・・さっきまでの叔父さんへの猫かぶり態度もうやめたんかーい!と、自身の唇が引き攣るのを感じた。


「わかるよ、君たち3人わかりやすいもん。ね?」


そう言って、叔父さんは木村くんの肩にも手を置いた。彼は少し困ったような顔をしたけれど、直ぐに笑顔を浮かべて、「何のこと?」と惚けるように答えた。


「叔父さんの目は騙せないよー」


 そうゆるく笑って言う彼と、何かを誤魔化すような笑顔でその言葉を受け流す木村くん。そして、少し複雑そうな聖、3人の表情を見比べる。

私は“鈍感だ”と言われたことも忘れて、お洒落なのに居心地もいいし何だか楽しくなりそう!なんてそんなお気楽なことを考えていた。



────────・・・


 木村くんの叔父さんが出してくれた、カラフルなノンアルコールカクテルを見て、私達はキラキラと瞳を輝かせた。こんなお店でノンアルコールとはいえ、お洒落なカクテルを飲むことができる私達って、なんて幸せなのだろうか。木村くんに感謝だ。


「キレイ!すっごーい!」


手を叩いて喜べば、ありがとうと嬉しそうに微笑む木村くんの叔父さん。


「飲むのが勿体無いっすね・・・」


もう猫をかぶるのを辞めたのか、ゆるい敬語で話す聖を見て、ふふっと笑みをこぼす。


「じゃあ写真撮ればよくない?」


今日の記念にさ、それなら飲めるでしょ。そう、ドライなのかなんなのかよく分からない言葉を続ける木村くんに、確かに。カクテルの写真ぐらい撮りたいなと思った。

欲を言えば、この姿で聖とツーショットを撮りたいな・・・なんて思ってしまう自分もいるけれど、それはあまりにリスキーで、そんなことを言うのは浅はかだと自分を思いとどまらせた。


「撮ってもいいですか?」


「勿論、どうぞ」


木村くんの叔父さんにそう尋ねれば、快くOKの返事が返ってきた。

スマホを横にセットし、3つ並べられた青と緑、そして薄紅色のカクテルを撮る。


「いい感じに撮れた?」


「うん!」


 そう言って尋ねてきた聖に画面を見せようとスマホを近づければ、グッと、覗き込むように彼も私の方へ身を寄せてくる。

どきっと、跳ねる胸の鼓動に聞こえないふりをしながら、私は画面を覗き込む彼を見ていた。

 アーチ状に彼の瞳を囲う長い睫毛が、ぱちぱちと彼が瞬きをする度にふわふわ揺れる。ライトに照らされたそれはキラキラと光を纏っているように見えた。

ずっとこうして彼の横顔を見つめていたいと思った。私は、彼のことばかり見ていたから・・・だから、木村くんがどんな顔で私達を見つめて、そして何をしていたかにも気づかなかったのだ。

 カクテルの撮影を終えた私達は、木村くんの叔父さんを混じえて色んな話をした。

大学のこと、アルバイトのこと、聖のお仕事のこと。そして成人式でのことなど。


「えー、その待田くんってやつ、絶対香椎さんのこと好きでしょ。本当に大丈夫だったの?」


 私の番が回ってきたので、私は今日起きたことと事の経緯を少しだけ話す。

そうすれば、叔父さんは心配そうに私に尋ねてくれる。


「あ、はい。まぁ・・・木村くんの電話のおかげで難を逃れたと言いますか・・・」


はは、と頬を少し掻いて私は眉を下げた。確かに肩を掴まれたり、頬をくっつけられたり・・・嫌なことはされたけれど、大事には至らなかったしね。今後はもう関わることもないと思うし。話していると、右横から2人の強い視線を感じたが、私は素知らぬ振りを決め込んでいた。


「おっ、やるじゃん。さすが俺の甥っ子」


わしわしと、頭を撫でられた木村くんは、ちょっとやめてよと複雑な表情でそう返していた。


「そいつ、お前の連絡先って知ってんの」


 右隣からそんな呟きが聞こえて、私はそろりと視線を移す。見たことの無いような怒ってるのか傷ついているのかわからない謎感情の表情をする彼をみて、私はごくりと生唾を飲み込んだ。

だけど、聖にこうして当たり前のようにお前って呼ばれても嫌じゃない、心地良ささえ感じてしまっている自分自身に私は戸惑いを覚えた。なんだか不思議だなって。


「え、・・・うーん、まぁlimeにはいるけど連絡はそんなにしたことないかな」


 ふーん、とそうつまらなそうに返せば、スマホ貸して。と手を差し出す彼に、驚いて自身の表情が固まるのを感じた。

何でいきなりそんなことを言うんだろう?それにしたって、何でそんなに不機嫌な顔してるの。


「何で?」


「俺が電話かけるわ」


「えっ、それこそなんで?」


 少し苛立った様子の彼。だけど、私が困惑していたのが伝わったからか、恐らく不安にさせないようにポンポンと私の頭に優しく手を載せると、薄く微笑んだ。


「多分、ちょっとでも可能性があると思われるのもよくなくね。相手にはっきり言われないとわかんないとこあるし」


「え、でも私はっきり言ったよ・・・?」


「聞く限り、それじゃ足りない。もう怒ってないって言ってあげるのは優しすぎ。期待が残るでしょ」


 確かに。と思った。もし、もし万が一、億が一私が待田くんに好意を持たれていたとして。私が好きな人・・・聖に同じようなことされたら、多分ほとぼりが冷めたら仲良くできるかな、とか微かな期待を残してしまうかもしれない、それはそれで可哀想なことをしている気がした。

 自分が待田くんの立場なら、辛いかも。待ってしまうのは彼にとっても私にとってもよくないことだしな。そう考えを巡らせていると、ヒョイッとスマホを掠め取られた。


「ちょっ、聖!」


「──・・・俺じゃダメ?木村がいい?」


 そういう風な言い方、ずるい。聖がいいって、言うしか無くなっちゃうじゃん。

私がそんなことを思っていると、聖越しに咳き込む木村くんの声が聞こえた。叔父さんが、「もー、空気読め」なんて彼の背中を擦るのが見える。


「お前が集中するのは、こっち」


 そう言ってぐっと顔を掴まれて、無理やり聖の方に顔を向けられた。──綺麗な顔。少し乾燥した唇が、痛々しいけれど。寒い時、唇が乾燥した時に舐めてしまう癖。せっかくの唇が可哀想だから直して欲しいな、なんて場違いで全く関係の無いことまで考え始めたところで、「聞いてる?」と尋ねられる。


「あっ、ごめん。聞いてる聞いてる」


「──じゃあ、また聞くけど俺じゃダメなの?」


 少し眉を下げて言う彼を見て、ああ、彼には勝てないなぁ・・・いつだって負けっぱなしだと肩をすくめる。


「いいよ、聖がいい」


そう返せば、彼は私のスマホでlimeアプリを開き、検索欄で素早く待田くんの名前を入力する。


「・・・こいつ?」


「うん、合ってる」


 見せられた画面には、待田くんのプロフィール写真が映っている。他人に撮られたであろう笑顔の爽やかな写真と、ホーム画面には仲間内で楽しそうにBBQをしている写真があった。

やっぱり大学生って、BBQしがちだよな・・・なんて冷静に分析してしまったところで、彼の問いかけに頷いてみせた。


「無駄にちょっとイケメンなのも腹立つな」


「えっ?」


 ぼそりと呟いた聖の声がよく聞こえず、聞き返す。私の問いかけに彼は言葉で応じることなく、カウンターテーブルではなく、自身の膝の上に置いた手に、彼のそれが重ねられた。


「ちょっ、・・・んっ」


 ちょっと、何。そう口を開こうとすれば、彼の人差し指が私の唇の絵に重ねられ、言葉の続きを発することはできなかった。

彼は音を出さず、唇だけを動かし「しー」と言う。彼の肩越しに見える木村くんは、叔父さんに追加のノンアルコールカクテルを注文していた。


「しかもメッセージ来てんじゃん」


「えっ?ウソ」


「・・・見てみ、」


 そう言って画面を2人で覗き込めば、目を疑うような言葉が飛び込んできた。

“さっきはごめんね。ちゃんと謝りたいし、ちゃんと話したいから会いたいな。お互いフリーだから、問題は無いよね?”

そんな文言が綴られており、私は深くため息をつく。もう連絡してこないと思ったんだけどなぁ、いい加減にしてくれないかな?なんて考えてもこのメッセージは消えない。


「だから、やっぱ俺がかけるべきだよな?」


 俺って、イケメンな上に賢いっしょ。そう言ってはにかめば、私の手をぎゅっと握りしめる聖。

彼は私から視線を逸らすことなく、待田くんへ通話を繋げるように電話ボタンをタップした。


──────♪──────♪──────♪


lime独特の軽快な音楽が流れ、私は携帯に音を拾われないようにと唇を軽く噛んだ。


「あ、もしもし?」


 通話はすぐに繋がったようで、聖が軽く声を発した。おい、待田・・・なんで出るんだよ。私達、電話なんてそんなことしたことなかったよね。そんな不満が零れそうになるが、顔をしかめることで何とか沈黙を貫くことが出来た。

 一方聖はなんてことない様子で、私のジェルネイルで硬化された爪を撫でて、爪の膨らみを軽く弾くよう触れる。


「誰って、麗奈の彼氏だけど」


 待田くんが何と言っているかまでははっきり分からないけれど、電話口から騒いでいるような声が微かに聞こえる。

いま、聖は怒鳴られているのだろうか。別に私の恋人でもないのに、ただの友達のためにここまでしてくれる優しい彼を、やっぱり好きだなと思ってしまう。その叶わない恋の切なさに、きゅっと胸が締め付けられるのを感じた。

彼は、電話口で怒鳴られているなんて微塵も感じさせない様子で、寧ろ笑みさえうかべていた。

 うんうん、と待田くんの言葉に相槌を入れながらも、彼の大きな手は、私の手を包み込むように重ねられたままだった。恋人にするように、そして木村くんや叔父さんにバレないようにと、そっと私の手を握る彼の手は温かく、そして男らしいゴツゴツとした指だった。節々が太く、爪は深爪ぎみに切り揃えられている。

女性にはない硬さを持つそれに優しく握られた私の手は、緊張で縮こまり・・・そして変に汗をかいているのがわかった。

 聖が何を思ってこんなことを私にしてくるのか、私には全然わからない。

────なんて、本当はわかりたくないのかもしれない。面と向かって全部冗談だよって笑われたら、私はきっと立ち直れなくなる。そんなことを思いながら、私は持田くんと話す彼を、複雑な感情を抱きながら・・・ただひたすらに見つめていた。


「ごめんね、俺の彼女が迷惑かけたみたいで」


──聖が謝ることでもないし、私何も迷惑かけてないんだけどなーなんて思ってしまうけれど、これ以上逆上させないように下手に出ているのだろうと自分を納得させる。フィールドワークの時も、ファンから私を庇ってくれたあの時も、いつも冷静ですごいなぁ。


「ああ、でも俺の彼女だからもう連絡とかもしないでね。残念だけど、俺らラブラブだし、待田くんの付け入る隙とか一切ないから」


前言撤回。いやいやいやいや。どうしたどうした?さっきまでの穏やかな対応忘れたか?

アワアワと、何がどうなっているのかわからず困惑していれば、「ね?麗奈」と私にも同意を求めてくる。


「ははっ、いや許可とってるから。勝手に電話するわけないっしょ」


え、やっぱり逆上してる?いきなり電話かけられて出たら違う人で因縁つけられている持田くんのメンタルも心配だけど、何より聖が心配だと思った。

だって、謂れのない事実で、責められ続けるなんて・・・友達のためとはいえ、しんどい以外の何物でもないでしょ。


「好きだよ、誰より。だから、誰にも渡さないし、目移りさせない自信ならある」


私の手を握ったまま、私と目を合わせてそう言う彼に、私は思わず視線を逸らしてしまう。

何てことを言うんだ聖。そして何を言わせているんだ待田くん。もう勘弁してくれ。体が熱を持っているのがわかる。私はとうすることもできないこの胸の高鳴りを聞かないように、治まるようにと、胸部を強めに摩った。


「うんうん、だからそう言ってる。もう俺らに関わらないでね、じゃ、そういうことで」


 電話越しに何か街田くんが言っているのがわかったが、聖は続きを聞くことはせずに無情にも終了ボタンをタップした。

ほい、これでもう大丈夫じゃね?そう言って私に携帯を渡す彼。穏やかな表情でそう言う彼をみて、少しほっとする私がいた。よかった、怒ってはいないし、大丈夫みたい。


「ごめんね、待田くんに色々ひどいこといわれたんじゃない?」


「ん?いや、そんなことないよ。あいつ、結構小心者だと思うし。強く言われ慣れてないし、言い慣れてない感じしたよ」


 意外と良い奴なのかもね、大丈夫大丈夫。そう言って肩を叩く聖は、相変わらず優しくて蕩けそうな甘い瞳で私を見つめる。

恋人みたいに握られた手は、私の指を絡めとるように指の間に指を入れられる。


「!」


 もう反論の言葉も出てこない私を見て、心底面白そうに笑う彼。けれど、その笑い声さえ心地よい。

 優しげに微笑む私の好きな人を、ずっと見つめていたいと思った。彼が私の恋人だったなら、最高に幸せなんだろうなと感じた。ここまで友達思いの彼氏を持ったら、逆に心配になるような気もするけれど。


「でもさ、やっぱり高校時代にお前がされたことは正直許せないよな、酷いと思う。・・・だからさっき言った良い奴は撤回」


「・・・へ?あ、ああ・・・、うん。ありがとう」


「ぷっ、なんでお礼言ってんだよ」


 私の結い上げられた髪をそっと撫でつけて、目にかかる前髪をそっと払う彼を見て、どきりと跳ねる心臓の音を聞こえないふりをした。

何か言わなければと開いた口から出た言葉は、彼へのお礼だけだった。


「電話もそうだけど、あの頃は・・・私が悪者で・・・人の彼氏に手を出すような女って思われていたから庇ってくれる人も信じてくれる人もいなかったんだよね、」


「・・・そっか。辛かったよな」


 よしよしと頭をそっと撫でられて、私は微笑んだ。大丈夫、もう全部終わったことだから。でも、それでも・・・あの時の誰にも信じて貰えずに責められていた私が、今報われてる気がするなと、肩の力が抜けるような気がした。

頑張って耐えて、良かった。彼が傍にいてくれて、辛かったねって当時の傷ついた私の心に優しく寄り添ってくれる。こんなに幸せなことは無い。


「──ん。でもね、聖がこうして辛かったねってあの頃の私に寄り添ってくれるから・・・当時の我慢してたこととかも浮かばれるよ。だから、いっぱいいっぱいありがとうね」


 聖、心からきみが大好きだよ。いつも言ってしまいたくなる、その言葉だけを飲み込んで。無理やり笑みを作る私は、ちゃんと綺麗に笑えているのかな。

彼の瞳が優しく、安心したように垂れるのを見て、ちゃんと笑えていたのだとそう思った。


「──そろそろ俺も混ぜーて?」


 のしっと、聖の肩に腕を乗せる木村くんに、わざとらしく重い重いと唸る聖。

仲のいい2人の姿を見るとなんだかこちらまで嬉しくなるような感じがする。


「写真、せっかくだから3人で撮ろうよ」


「おっいいじゃん。2人でもな?」


 ドン、と私の背中を力加減のなっていない聖が叩き、私は軽くむせてしまう。ちょっと!私の胃の中のノンアルコールカクテルが火を吹くぞ!


「っう、えほっ・・・3人で撮るだけだからね」


 私は立ち上がると、無理やり木村くんを真ん中に引っ張り、彼を聖と私でサンドするように立ち位置を決める。

聖はむすっと不機嫌な顔をしたものの、私がリスクを減らすために気遣っていることに気づかない彼ではないから。だから、分かりやすく拗ねた表情を浮かべるだけで他に何の文句も言わなかった。


「じゃあ、撮るよー-笑ってー-」


 木村くんのスマホを構えたおじさんが、撮影開始の合図を出す。私と聖はグッと木村くんに寄り添って、笑顔でピースサインを作った。

しかし叔父さんは1枚だけではなく何枚も何枚も撮影し、写真の撮り終わりが私達にはわからず、次第に聖は木村くんの顔を掴んだりじゃれてもみくちゃにし始める。


「あはは!2人とも何してんのー」


 へへ、と笑っていれば、2人から手を引かれて私も頬や振袖の端を引っ張られたり、手を掲げられたりともみくちゃのぐちゃぐちゃにされ始める。


「ちょっ、2人とも!」


「香椎さんだけ逃げられると思っちゃだめだよ!」


「うりゃ!麗奈はこうした方が可愛いんじゃね?」


 持ち上げられた髪や腕を振りほどいて、私は今度は聖に反撃を開始した。わしゃわしゃと固められた髪をぐちゃぐちゃにすれば、木村くんはお腹を抱えて笑い出す。

見ると、ワックスで固められていたからか変な形で髪が固定され、彼の頭は鳥の巣のようになっていた。それを見た私は、思わずプッと吹き出してしまう。


「ふっ・・・仕返し!あはは!」


「お前・・・やったなぁー?」


 とんでもない髪型で追いかけてくる聖から、キャー!とわざとらしい悲鳴を上げてパタパタと走り回る。そうすれば、おりゃー!と怒ったふりをしながら笑って追いかけてくる彼。それを楽しそうに見つめる木村くん。

 ずっと、皆でこうしていられたらいいな。何年たっても、卒業して別々の道を歩むことになって、いつかそれぞれがここには居ない知らない誰かと結婚する日が来ても。たまに集まって、こうやってバカみたいなことをして笑い合う・・・将来そんな幸せな時間を皆で過ごすことができたなら。どれだけ素敵なことだろうか。

 もし、それが叶わなかったとしても。

私はこの日をきっとずっと忘れることはないだろうと思った。キラキラと輝いている、この幸せで愛おしい記憶を決して忘れることはない。宝物のように大事にして、時々思い返しては幸せになったり、切なくなったりするんだろうなと・・・そんなことを考えていた。

そう考えているのは私だけなのかな?聖が私に対して、どんなことを感じ、考えているのか私にはわからないし、知る術もない。

彼の心なんて、考えてもわからないことは全部見ないふりをして。永遠に続いて欲しいとさえ思うこの尊い時間を彼らと共有していることに感謝しようと思った。

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