美術室
1
遠くで音が聞こえた。
それがヘリコプターの音に似ていると気づいたときにはすでに遠のいていて、わたしが起き上がる前に音は消えてしまった。代わりに蝉の鳴き声がする。
窓の外を見るとあの薄明光線は跡形もなく消え去っていて、雲ひとつない鮮やかな水色の空が広がり、太陽のひかりだけが降り注いでいる。
もう一度白い布団に潜り、隣で眠るみちるくんの白く滑らかな皮膚に触れる。そこには昨日わたしが新しく付けた痕が赤く残っていた。昨日あのあと、わたしもみちるくんも裸のまま眠りに落ちてしまったみたいだ。柔らかく厚い彼の唇は今日も赤く濡れていてほっとした。
「せんぱい」
前髪の間から目を薄く開いてわたしを見て、その色気のある表情にどきっとして思わず手を止めた。みちるくんの甘い顔立ちは可愛らしい印象だけど、ふとしたときに見せる色気のある表情にどきどきさせられる。
言おうか迷っていた言葉を飲み込んでわたしは微笑んだ。
「おはよう、みちるくん」
「おはよう、真海先輩」
ふふっと小さく笑って今度はみちるくんがわたしの頬を撫でた。熱く湿った瞳にわたしだけが映っていてじんじんと下腹部が熱を帯びる感覚がした。必死に求めあった余韻がまだわたしの身体に残っている。
「先輩もっとこっちきて」
やさしく甘い声でわたしを抱き寄せてから髪を撫でた。裸で抱き合うと全身がみちるくんの体温に包まれて気持ちがいい。みちるくんの体温が声がわたしを安心させる。
「おれ、ほんとうに真海先輩とその……したんだ」
お互いが裸であることに気づいたのか、うれしそうな顔をして言うから、ちょっと笑って「そうだよ」と返した。
みちるくんの言葉につられてまた昨日のことを思い出してしまう。あんなにも求めあって、身体と心が満たされる性行為は初めてだった。みちるくんのわたしを求める荒い息遣いを思い出してまたどきどきする。繋がって、ひとつになって、みちるくんでいっぱいになる。
いつもやさしくておだやかなみちるくんとの激しい性行為を思い返すと、身体が疼いてどきどきするのが止まなくて布団の中に潜り込んで顔を隠した。
「せんぱい、だめ。隠れないでください」
布団を捲ってわたしの顔を覗き込み、やさしく微笑む彼の頬に薄く笑窪が浮かんだ。
「みちるくんが恥ずかしいこと言うから」
「ごめんなさい。夢じゃないんだって思うとうれしくて」
「夢じゃないよ」
わたしとみちるくんが昨日セックスしたことも。みちるくんの友達とかずはるくんが死んでいたことも。全部ほんとう。
しばらく見つめあって、長いキスをする。みちるくんの甘い顔に溶かされてしまったわたしはみちるくんしか見えない。他のことがどうでもよくなるくらいみちるくんだけを欲している。ずっと隣にいたくて、愛おしくて、触れたくて身体の奥が、みちるくんのつけたキスの痕がじんじんと熱を帯びる。
わたしはみちるくんに溺れている。
「あ、そうだ。みちるくん。誕生日おめでとう」
先ほど飲み込んだ言葉を口にしてみちるくんの頭を撫でた。プールサイドのやりとりはもう三日も前のことなんだと気づく。
今日は七月七日、みちるくんの十六歳の誕生日。
「覚えててくれたんですね」
「もちろん覚えてるよ」
「うれしい。ありがとう、先輩」
「プレゼントはないけど落ち着いたらお祝いしたいね」
落ち着いたら、がいつになるかいまだに見当もつかないけれど、そんな日ができるだけ早く来るように願いながら言葉にする。
「プレゼントは真海先輩がいいな」
「わたし?」
「そう、真海先輩。今日は隣に居てください」
「いつも隣に居るよ」
そう言うと「ほんとだ」とみちるくんは笑って、わたしも一緒に笑う。
「先輩が隣にいたらおれはしあわせなんで」
そう言ってわたしを強く抱きしめた彼はしあわせそうな顔を浮かべて、それからゆっくりと目を閉じた。長いまつ毛に窓から入り込む朝のひかりが乗ってうつくしい。
わたしも目を閉じてみちるくんの腕の中の温もりに身を委ねる。窓の外から聞こえる蝉の鳴き声と耳元で聞こえるみちるくんの呼吸に安心して、また眠ってしまいそうだった。
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