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真海先輩は疲れたのか帰ってすぐに眠ってしまったため、暗い保健室でひとり懐中電灯の灯りでレモンイエローの文庫本を読むことにした。
前に読んだのが中学二年生のとき。国語の先生が授業で紹介していたのがなんとなく気になって図書室で借りた。
小説なんて読書感想文くらいでしか読まないから慣れないなと思ったけれど、この小説はすらすら読めてしまう。文章から漂う透明感が真海先輩の絵に似ているからかもしれない。
結局、鶫森小学校まで行ったけれど生きている人には出会えなかった。もしかすると鶫森小学校からまた別の場所へ避難した可能性だって全然あるけど、早弓と青野先輩は間違いなく死んでいるだろう。文庫本に栞紐を挟んで机の上に置き、さっきは考えないようにしていた死について多少落ち着いた今なら向き合える気がして、二人のスニーカーを思い出す。
もう早弓はいない。おれの話で笑ってくれたり、おれを笑わせてくれることもないんだと思うと目の奥がじわりと熱くなって涙が溢れ出した。必死に抑えようとしても涙が目に溜まって視界が滲んで、それから雫となって机の上にぽたぽたと落ちた。
早弓も放課後に一緒にバスケをしていた友達もみんなきっともういないのに、おれだけが生き残ってしまった。早弓たちの死を思うと生きてしまった罪悪感で胸が押し潰れる感覚がして頭がくらくらする。
最愛の人と二人で生き残ったおれを早弓は恨んでいるだろうか。都合の良い妄想でしかないけど、早弓なら「ふざけんなよ」と笑って言うような気がして勝手に胸が少し楽になった。
改めて友人の死について考えたけれど、勝手に早弓の言いそうなことを想像して立ち直れてしまうあたりおれはやっぱり薄情な人間だったのかもしれない。だってもうあの死臭も忘れてしまったのだから。
真海先輩は青野先輩が死んでしまったことをどう思っているのかは「ばいばい
」と言った表情からは読み取れなかった。
もし青野先輩が生きていたとしてもおれはもう何も思うことはなくて、真海先輩のばいばいで青野先輩に対して抱いていた気持ちは跡形もなく全て消えた。真海先輩もおれと同じ気持ちだったのかもしれない。だとしたらやっぱり青野先輩は可哀想で、それは自業自得なのかもしれないとまた勝手に思ってしまった。
早弓も青野先輩も死んでしまっているから、全ての真相は一生解らない。青野先輩が真海先輩はどう思っていたのかもわからずじまいだった。
避難した人は全員死んでしまったんだろうか。鶫森小学校が崩れたあと、生きている人がいるとしたらまた別の場所へ移動したはずだ。小学校から数キロ離れたところに県営の体育館があるからそこへ逃げたのだろうか。でも県営体育館は鶫森小学校よりも海に近いから危険な気もするし、小鳩高校に逃げた方が近いし安全な気がする。小鳩高校に誰も来ず、おれと先輩、二人きりなのは不思議だった。
スマホを見てもいまだに圏外で、バッテリーだけがじわじわと減っている。揺れがあってから三日間全く情報を得られないなんて思いもしなかった。何が起こっているのか、被害はどのくらいの範囲なのか、助けは来るのか。考えれば山ほど疑問は出てくるけれど知る方法がない今はただ生きるだけだ。
おれには真海先輩がいる。だから前向きに生きることだけを考えることができたし、先輩がいなかったらおれはとっくにだめになっていたと思う。こんな状況なのに、大好きな先輩と一緒に居ることができてしあわせを感じているのはおれくらいかもしれない。
「みちるくん?」
ベッドの方から声が聞こえて椅子から立ち上がる。ベッドの方に歩み寄ると身体を起こした先輩が目を擦っていた。
「真海先輩起きた?」
「うん、おはよう」
まだ眠そうな目でおれに抱きついた真海先輩に驚きながら背中に手を回す。甘えてくる先輩は貴重だからうれしくて思わず顔が緩んでしまう。
「みちるくん」
胸あたりに真海先輩の頭があって撫でるとなめらかな黒髪が指の間をすり抜ける。おれの左胸に耳を押し付けた先輩は「心臓の音がする」と愛らしい笑みを浮かべた後、おれの顔を見て丸い目を更に丸くした。
「みちるくん、泣いてた?」
「や、泣いてないです。ほんとうに」
「ほんとう? ここ、座って」
ベッドマットを二回叩いて座るように促すので、「ほんとうに泣いてないです」と二度目の否定をしながら隣に腰掛けると先輩はおれの顔をまじまじとみたあと、親指で目の周りをやさしく撫ぜた。
「さっきのこと、思い出してたの?」
やっぱりおれの強がりなんてお見通しで、さっきまで甘えていた真海先輩は今度は年上の先輩の表情でやさしく問いかけた。もっと真海先輩が甘えるところをみたかったのに、なんて泣いてしまったことを後悔しながら口を開く。
「後回しにするって言ったけど、友達が死んだこと考えてたんです」
「うん」
「もう会えないんだって思うと悲しくて涙が出ちゃって。おれだけ生き残った罪悪感もあって苦しかったんですけど、おれの友達なら白瀬だけいい思いしやがってとか言いそうだなって勝手に想像したら楽になっちゃって。後回しにしてもしなくても結局おれは薄情でした」
「そうかな? みちるくんはやさしいよ。友達のことを思い出して、その人のために涙を流せるんだもん」
青野先輩の靴を手に持って「涙が出ないの」と呟いた真海先輩の横顔が浮かぶ。
「わたしは、はるにばいばいって言って勝手にすっきりして終わったの。だからわたしの方が薄情だよ」
「そんなことないですよ」
真海先輩は青野先輩に傷つけられてきたんだから当然だし、真海先輩が涙を流す必要なんてない。
「ありがと。わたしね、みちるくんが傍に居てくれてしあわせなの。こんな状況なのに」
「おれも同じですよ」
ふふっと小さく笑った先輩がおれの首に手を回して、軽くキスをした。
「みちるくん。わたしのこと見つけてくれてありがとう」
「真海先輩がどこに居ても見つけるよ」
白桃のような頬を手のひらで撫でると、先輩は上目遣いでおれの目を見つめる。何かを求めるように潤んだ茶色い瞳の中には確かにおれが映っている。
「首、赤いですね」
そのまま首に手を動かすと先輩の肩がびくっと跳ねた。赤く浮かぶキスマークをなぞったあと顎を指で持ち上げてキスをする。舌を出すと真海先輩の舌が絡みついて唾液が混ざり合う。唇を離すと唾液が糸を引いた。
「ねえ。わたし、みちるくんのこと全部知りたい」
先輩の細い指がおれの首筋の痕に触れてから胸まで滑り降りる。ワイシャツ越しに伝わる先輩の手の感触に胸が疼く。我慢しようと思っても、もうだめだった。
「おれも、真海先輩のこと全部知りたいよ」
ぎこちない手つきで腰を撫でると、先輩はわずかに身体を捩らせた。
「キスより先のこと、しよっか」
先輩が耳元で甘くささやく。
「先輩、青野先輩のこと忘れさせてあげる」
真海先輩の首元のリボンを外してから、ブラウスのボタンも上からひとつずつ外していく。汗をかいたからかキャミソールを着ていなくて、レースがあしらわれたピンク色のブラジャーが露わになる。華奢な身体、膨らんだ胸の上の方におれがつけた痕が赤く浮いている。
先輩は制服のスカートを脱いで下着しか身につけていない状態でベッドに座る。
「真海先輩きれい」
「恥ずかしいからあんまり見ないで」
頬を赤く染めて恥ずかしそうな表情を浮かべた先輩は、おれのネクタイを外しながら「みちるくんも脱いで」と促す。ワイシャツを脱ぐとおれの身体にも真海先輩が残したキスマークが同じように濃く浮き上がっていた。
ベルトを外してスラックスを脱いで先輩と同じように下着だけの状態になり、保健室の狭いベッドの上に座って向かい合う。
「きれいな身体だね」
真海先輩の指先がおれの皮膚の上を滑る。
「あんなことがあったのに、わたしたちいけないことしてるね」
あんなこと、を深く思い出さないようにしながら「ほんとうですね」と返す。
おれなんてついさっきまで泣いていたくせに、今はもう先輩で頭がいっぱいになっていてあまりにも人間だと思った。いや、人間というより、けものかもしれない。
「でもわたしは、あんなことがあったから、生きてる間にみちるくんの全部知りたいって思ったの」
真海先輩がおれを求めてくれていることがうれしくて先輩の頭を撫でる。
「残してほしいって、思ったの」
おれも真海先輩を心の底から求めている。おれは先輩のことを全部知りたくて、欲しくて、先輩にもおれのことを知って欲しくて、残したくて、先輩に欲情している。おれの目にはもう真海先輩しか映っていない。
「だからみちるくん、来て」
短いキスを数回くり返してから、ブラジャーのホックを外す。初めてだったから緊張したけれど思ったより簡単に外すことができてほっとした。
ブラジャーが外れて露わになった真海先輩の白く膨らむ胸がきれいで、思わず息を呑む。初めて間近に見るおんなのひとの身体。
「触って」
そう言っておれの手を取り胸に当てた。なめらかな肌の感触を手のひらで感じて、そのままやわらかい乳房を揉むと真海先輩が小さく喘いだ。その声に反応して下半身が熱くなるのを感じる。真海先輩の手がおれの方へ伸びて、胸に触れてそこから下半身へ移動し、ボクサーパンツの上からやさしく性器に触れる。先輩の指先からもたらされるその刺激に思わず吐息が漏れる。
ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、時間をかけてお互いの身体を触れ合う。愛撫の仕方なんてわからないけれど身体にやさしく触れて舌で舐めると先輩が甘い声で喘いで、その声にまた興奮した。
おれも先輩も下着を脱いで裸になって触り合う。真海先輩のやわらかい肌が心地よく愛おしい。
真海先輩がおれの身体に触れたあと、熱い舌で舐めてそれにまた欲情した。
真海先輩の性器に触れると熱く濡れていて、おれの指を飲みこんで締め付ける。喘ぎながらおれを見つめる真海先輩の顔がいやらしくてぞくぞくした。
「真海先輩、すき」
細く華奢な身体を押し倒して、舌を絡め合う深いキスをして見つめ合う。とろけた表情の真海先輩が愛おしくて胸がきゅっとする。
真海先輩の身体はやわらかかった。自分の身体とはまるで違う。
「わたしも、みちるくんがすき」
真海先輩の黒い髪が白いシーツの上に広がって、夜の闇が溶けたみたいにうつくしい。
足を開いて「ここだよ」と真海先輩が誘う。そこへゆっくりと腰を沈めると真海先輩の膣に呑み込まれる感覚が快楽になり足の間から全身に広がっていく。溶けあうみたいに繋がっている部分が熱を帯びて濡れている。
「真海先輩」
「みちるくん」
瞳を潤ませて真海先輩が喘ぐ。溶けたような声でおれの名前を呼ぶ先輩が可愛くて思わず腰が動いた。腰を打ちつける度に耳元で真海先輩の甘い声がして止まらなかった。
最愛の人とのセックスがこんなにも心が満たされるものだとは知らなかった。真海先輩に溺れてるみたいで、愛おしさが胸の中で膨らんでいく。ね、真海先輩もおれに溺れて。
「真海先輩のなか、きもちいいです」
暗い保健室に真海先輩の喘ぎ声とおれの荒い呼吸と身体のぶつかる音が響く。じわっと甘い汗をかいた肌が、柔らかい胸がおれを包む。このままひとつになって、ほんとうに溶けてしまいたい。
「みちるくん」
先輩がおれの首に手を回して抱き締め、それからむさぼるようなキスをする。お互いの唾液が混ざりあって、口を離すとそれが糸のように垂れた。
「真海先輩、すき。すき」
手を握って、けもののように腰を打ちつける度に体液が溢れてシーツが濡れた。真海先輩の乱れた顔が愛おしくて、自分だけのものにしたくて必死だった。すき。すきです。せんぱい。だれよりも、せんぱいがすきです。
真海先輩の全部を知るのはおれがいい。おれだけがいい。
「まみ、せんぱい」
真海先輩、おれに溶けて。おれだけを憶えてて。悲しいことは全部おれが消してあげる。忘れさせてあげる。次はおれが守ってあげる。
だから真海先輩の中におれだけ残して。祈るように何度も口付けをする。
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