5

 危なかった。

 理性を保った自分を褒めたい。というか途中でわりかし大きな揺れが来たおかげで我に帰ることができた。揺れに対して感謝したのは後にも先にもこの一回だけだろうな、と思う。

 真海先輩はおれが好意を抱いていることに全く気づいてないんだろか。鈍感なんだろうか。

 さすがにキスマークをつけるのは告白を飛び越えてしまってると思うんだけれど、真海先輩はおれより経験があるし、何とも思ってないのかもしれない。

 真海先輩が何を考えているか全く読めない。

「白瀬くん」

 ベッドの中で真海先輩がおれに向かって微笑む。笑うと垂れた目が細くなるのが可愛くて昨日から好きになる一方でもどかしい。

「クーラー涼しかったね。すぐ髪乾いたし」

 山科先生の車で髪を乾かす作戦は成功だった。涼しかったし髪の毛はあっという間に乾いた。ラジオはどこに合わせてもノイズで聞こえなかったけれど。真海先輩とふざけて、運転しようかなんて言ってハンドルを握って遊んだのは楽しかったな。

 こんな状況なのにおれは真海先輩と居られることに幸福を感じてしまっている。

「白瀬くんは天才だね」

 真海先輩は何事もなかったみたいにおれに笑いかけるけど、首筋にはおれがつけた痕がしっかりと浮いている。おれの身体にも真海先輩が付けた痕が残っていて熱く疼く。

「そんなことないですよ」

「ううん。白瀬くんがいなかったらわたし何にもできなかったから」

 ありがとう、と続けた真海先輩は薄く目を開けておれを見る。もう眠りに落ちそうな、とろんとした目つきだった。やわらかそうな白い頬を見て真海先輩が好きだと言った大福を思い出す。やっぱり先輩は大福に少し似ている。目から顎までが短くて、小さな頬はまるでこどもみたいだ。そこから視線を少し動かすと白い首筋に浮かぶ赤い痕に思わず目が吸い寄せられ、触れそうになって止める。

「白瀬くん?」

「ごめんなさい。おれ、変なこと言って真海先輩のこと困らせちゃって」

「びっくりしたよ。キスマークつけるなんて」

「ほんとですよね」

「はるの付けた痕目立たないようにしてくれたんだよね」

 まさかそういう捉え方をしていたとは。

 間違いではないけれど、おれは真海先輩が好きだから青野先輩の痕を消したくて、おれの痕を残したくてやっただけなのに。

 おれは真海先輩が思っているよりずっとひどい人間で、自分のことしか考えてないのに。

「違うよ、すきだからだよ」と言えたら楽なのに、気持ちの準備ができていないから否定もできずに小さく頷くことしかできなかった。

「ありがとうね、白瀬くん」

 そう言って先輩はそのまま、すうっと眠りに落ちていった。

 右の鎖骨の下に浮かぶ青野先輩がつけた痕に触れ、残した跡が消えるように祈りながら指先でそっとなぞった。

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