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 結局、テスト期間に入っても連絡先聞けなかったな。

 夏休みまでに声をかけるって決めてたのに。このまま終業式を迎えたらもやもやした気持ちで夏休みを消化することになるだろうし、早弓もがっかりするだろう。

 声をかけないうちに誰かが水川先輩に告白してしまうかもしれない。踏み切れない自分に嫌気が差す。


 まどろみの中、重い気分で目を開くと真っ白い知らない天井があってはっとする。ここ、どこだっけ。

 朝日が差す窓の外を見ると空からひかりの柱が何本も降り注いでいた。青ざめたひかりが不気味で目を逸らす。

 ふと身体の右手に温もりを感じてベッドの横を見ると、思わず息が止まった。

 水川先輩がおれの隣で眠っている。そしておれの右手が先輩の腕を握っている。

「水川、先輩!?」

 咄嗟に手を離して声を上げても先輩は目を覚ますことなく、すうすうと寝息を立てている。

 水川先輩の寝顔は幼くて可愛らしくて、長いまつ毛に朝日が当たってきれいだった。ぼんやりと昨日のできごとが頭の中で再生される。

 大きな揺れがあって、避難しようとしたところで校舎に戻る先輩を見つけた。教室で話して、また揺れが来て気を失って、そのあと保健室に先輩を運んで、先輩が目を覚ましてから一緒に校内を散策して。

 水川先輩じゃなくて真海先輩と呼んでいたことを思い出す。一日で急に距離が縮まって、それで。おれが一緒のベッドで寝たい、手を握りたいと言った。

 下心ではなくて、いや真海先輩のことが好きだから普通に下心なのだろうか。とにかくあのときは揺れが怖くて、目が覚めて真海先輩がいなくなってしまったらと想像したら耐えられなくて、それで出た言葉だったけど、思えばかなり大胆なことを言ってしまった。

 真海先輩は受け入れてくれたけど、内心とても困ったに違いない。昨日初めて喋った後輩の男と一緒のベッドで眠るなんて、あの状況じゃなきゃありえない話だ。

 真海先輩はやさしいからおれの好意に気づかずに、純粋に怖がっていると思って仕方なく受け入れてくれたんだろう。

 真海先輩がおれに好意を持ってくれた上で受け入れてくれたのだとしたらよかったけど、そうじゃない。


 青野先輩の顔が頭に浮かんで途端に憂鬱な気持ちになる。

 昨日、真海先輩は青野先輩のことを好きだと言っていた。そしてセックスをする関係だということも。それなのに二人は付き合ってはいない。真海先輩は付き合うことを望んでいて、青野先輩がそれをはぐらかしたからそういう関係になってしまったようだった。

 真海先輩からしたら遊びの関係ではないことが窺えるけど、青野先輩はどういうつもりなんだろう。真海先輩の他にもそういう関係の人がいたんだろうか。わからないけど。

 クラスの女子が青野先輩を見て「かっこいい先輩がいる」とはしゃいでいるのを最近聞いて、そこで存在を知った。身長はおれより低くて身体は華奢で、彫りが深くて女子みたいな顔立ちをしている。

 青野先輩が真海先輩と同じクラスということは知っていたけど、幼馴染なのは知らなかった。

 青野先輩は水川先輩の寝顔も、誰にも見せない表情も知ってるんだろう。ずるいな。

 正直信じられない、というか信じたくないし、それで真海先輩が傷ついているならおれは青野先輩のことを許せない。そもそも真海先輩のことをフるなんて、おれからしたらありえないけど青野先輩は何を考えてるんだろう。

 部外者のおれが怒りを抱いても仕方ない。そんな関係になってまで繋ぎ止めたいほど真海先輩が青野先輩のことを愛していることは事実で、おれなんかが入る隙なんてないのも事実だから。事実だけど。

 真海先輩が自分のことを汚れていると言ったときの表情を思い出して胸が痛くなる。真海先輩は汚れてないとおれは思う。汚れているのは青野先輩の方だ。でも、もし青野先輩が真海先輩をセフレじゃなくて彼女にしていたらそれこそおれが入る隙なんてないから、最低だけれど少し安心してしまった。

 真海先輩が青野先輩の彼女で、しあわせそうにしていたらおれは諦めていたかもしれない、けれど、そうじゃない。真海先輩が青野先輩を思って苦しいんだったら、おれが青野先輩のことを忘れさせてしまいたい。真海先輩におれだけを見て欲しい。一番汚いのはおれだ。

 隣で眠る真海先輩の寝顔が愛おしくて、思わず触れそうになるのを抑える。ずっとこのままで居たかった。真海先輩と一緒に居たい。


 青野先輩と再会したら、真海先輩は青野先輩のところに行ってしまう気がして不安になる。

 真海先輩は昨日「白瀬くんが来てくれてよかった」と言ってくれたけど、もしも目の前に青野先輩が現れたら真海先輩はどうするんだろう。「はると居るときはずっと不安だったから」と真海先輩の言葉を反芻しながら考える。

 どうして不安になるのに真海先輩は青野先輩が好きなんだろう。おれにはわからなくて、憂鬱な気持ちがのしかかる重い身体を無理やり起こした。ポケットに入れたままのスマホを取り出し電源を入れる。スマホは相変わらず圏外で、画面には七時二分と表示されている。いつも目が覚める時間に起きてしまった。

 今日もよく晴れていて、保健室の窓から差し込む陽のひかりが眩しくて嫌になる。

 開けた窓からわずかに風が入り込んでくるけど涼しくはなくて、じっとりとぬるくて嫌な風だった。蝉の声がしないのが救いだけれど、昨日まであんなにうるさかった蝉の声が一切しないのはそれはそれでまた不気味だ。無音の保健室には真海先輩の呼吸音だけが静かに鳴っている。

 結局、あの揺れは何だったんだろう。ただの地震とは思えないし、ミサイルだったりするんだろうか。空から差すあのひかりは一体何なんだろう。

「白瀬くん?」

 名前を呼ぶ声がして右側を見ると、うっすらと目を開けた真海先輩がおれの顔を見つめていた。

 丸く大きな瞳がおれだけを映している。

「おはよう、真海先輩」

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