第2話 孤独なシロウサギ
私の部屋にある机の上に一枚の写真が飾ってあった。私とその隣で笑っている一人の男子。彼の名前は、田中正平。私の一つ上の兄だ。私は、あの日からずっとこの写真を見ている。二人で白兎山に登った時に雪崩に遭って死んでしまった。その写真を見ながら、毎日、あの日の出来事を思い出していた。
去年の冬。私と兄ちゃんは、都市伝説について色々と話し合っていた。この町にある神社には幽霊がいるとか。どうせ全て嘘に決まっているのに、私達は笑いながら話し合った。
「ねえ、冬香は白兎山の言い伝えって知ってる?」
兄ちゃんは明るい笑顔で聞いてきた。突然、白兎山の話に変わった。白兎山という山なんて聞いた事が無かった。
「知らない。どこにあるの?」
「近くに大きな山があるだろ?」
「あー。確かにあった気がする」
「あれが白兎山だよ。そこには沢山のシロウサギが居るらしいよ」
「そうなんだ……。で、言い伝えって何なの?」
「三匹以上居るシロウサギを見たら幸せになれるらしいよ」
「そうなの?」
「うん。昔からの言い伝えだよ」
大体、そういう言い伝えは嘘が多い。ドクターイエローを見たら、幸せになれるとかみんな言うけど、幸せにならなかった人も何人か居る。幸せにならなかった人が居る以上、この言い伝えは嘘だという事が分かる。どうせ、この言い伝えも嘘に決まっている。
「どうせ、噓でしょ?」
「そんなに言うなら、明日、確かめに行こうよ!」
「えーー」
「もし、嘘だったら何か奢ってやるよ」
何か奢ってくれるなら、悪くない条件かもしれない。私は仕方なく、首を縦に振った。
「うん」
次の日、私と兄ちゃんは、白兎山に登りに行った。沢山のシロウサギを見つける為に……。半分まで登ってきたが、まだシロウサギを一匹も見つけていない。本当に居るのか心配にもなってきた。
「本当にシロウサギなんて居るの?」
「居るよ。昔から『孤独なシロウサギ』という御伽話もあるんだから」
「『孤独なシロウサギ』?」
「じゃあ少し休憩として、話してあげるわ。」
昔、昔、あるところに男の子のユウトと女の子のハルカがいました。二人が住んでいる町には巨大な山がありました。その名も白兎山。シロウサギが沢山住んでいることからその名前が付きました。
「ねえ、シロウサギ見に行きたいね」
とユウトが言いました。それに対して、ハルカは頷きながら、
「うん」
と言いました。二人はシロウサギを見に行く為に、白兎山に登り始めました。それは、幼い二人にとってとても険しい道のりでした。半分を超えたぐらいで、ハルカの耳に
「ブーブー」という音が聞こえ始めました。ハルカは昨日、シロウサギについて色々と調べていたため、すぐに鳴き声だと分かりました。
しかし、ユウトの耳に聞こえてきたのは、
「久しぶりだね。ユウト」という人間の声でした。ユウトは、その声に聞き覚えがありました。去年、病気で天国に行ったお母さんの声でした。ユウトは、会えると思ってその声のする方向に走って行きました。
「待ってよ」
ハルカも急いでその後を追って行きました。ハルカがユウトの背中をずっと追っていたはずなのに、気づけば誰も居なくなっていました。
「ブーブー」
目の前に一匹のシロウサギが居ました。そのシロウサギを見た瞬間、後ろから雪崩が発生しました。ユウトの目の前には、死んだはずのお母さんが現れました。寂しがり屋のシロウサギは、遊び相手が欲しかったのかもしれない。それから、二人は白兎山から帰れなくなりました。
そして、白兎山に「一匹のシロウサギを見たら不幸になる」という言い伝えが広まりました。
「これが白兎山の有名なお伽話らしいよ」
初めて知った話だった。どうせ、誰かが作った嘘の話だろう。
「じゃあ三匹以上居るシロウサギを見たら幸せになるという言い伝えはどこから来たの?」
「この話は大昔に出来たもので、それが現代に伝わる時に解釈が変わってしまって、三匹以上居るシロウサギ見たら幸せになるという言い伝えが生まれたらしい」
「そうなんだ……」
後ろから何かの気配を感じた。後ろを振り返ると、沢山のシロウサギが集まっていた。
「うわー凄い!!」
私は感心していた。ウサギなんて今まであまり間近で見たことが無かったから……。こうやって間近で見るのは初めてだ。
「可愛いね、兄ちゃん」
返事がしなかった。辺りを見渡しても兄ちゃんの姿が見つからなかった。何処に行ったんだろう。その時だった。少し遠くの方でドドドドという音が聞こえてきた。雪崩が起きていた。私は、急いで山を降りて行った。その雪崩で兄ちゃんは死んでしまった。あの『孤独なシロウサギ』という話は本当だったのかもしれない。兄ちゃんは、一匹のシロウサギに呼ばれたのかもしれない。そう思うようになった。
私と兄ちゃんが笑顔で写っている写真を机の上に行き、ベッドに寝転んだ。最近、私は変な夢を見るようになった。真っ白な世界で兄ちゃんが「こっちにおいで……」と呼んでいる。そんな夢を週に一回見るようになった。明日、一年先輩の晴人君と白兎山に登る。兄ちゃん、待ってね。今、そっちに行くから……。
空は快晴。積もった雪が溶けて行き、人々の気持ちも和やかになりそうな日だった。白兎山の入り口には、沢山のカップルや観光客で賑わっていた。やっぱりあの言い伝えを信じてくる人が多いのかな……。そう思いながら、晴人君を探した。白兎山という看板が置いてある場所の隣に晴人君は立っていた。分厚い上着を着て、手袋もマフラーもしていた。どれだけ寒がりなの……。そう思いながら、晴人君の元に向かった。
「お待たせー」
私は太陽に負けないぐらいの明るい声で晴人君に言った。
「その服で大丈夫なの?」
あまりにも山登りに適していない服で着たから、晴人君に心配されていた。でも、去年登った時に感じたけど、この山はそんなに厳しく無い。本当に初心者向けのコースだ。
「うん。去年、この山に登ったことがあって」
「そうなんだ。じゃあ行こうか」
「うん」
それから、一時間ぐらい登り始めた。まだシロウサギを見ていない。あの時のように沢山居ないかな。そう思いながら気楽に探していた。
「シロウサギ、居ないね」
私は、小さな声でつぶやいた。それが晴人君に聞こえたのかどうか分からない。でも、前にいる晴人君は頷いてくれた。
「そうだね。少しここで休憩しようか」
「うん」
少し休めそうな場所で私達は立ち止まった。ここは、兄ちゃんと来た時に『孤独なシロウサギ』の話を聞いた場所と一緒だった。懐かしい記憶が蘇る。
「冬香はこの山に登ったことがあるって言ったけど、その時はシロウサギ見れたの?」
「うん。沢山シロウサギを見たよ」
「そうなんだ。それより、『孤独なシロウサギ』という話知ってる?」
その瞬間、体が硬直した。『孤独なシロウサギ』という話を思い出すだけで、涙が出てしまう。その涙を晴人君には見せたく無い。そう思い、私は嘘をついた。
「うん。昔、絵本で読んでもらった事があって少しだけなら知ってるよ」
「どんな話なの?」
「昔、男の子と女の子が白兎山に遊びに行きました。そこには、シロウサギが沢山いることで話題になっていて、多くの人がシロウサギを見に行って行った。2人が山の中を歩いていると、ブーブーと音が聞こえてきた。次第に大きくなり、山中に響き渡る。その音のする方に向かうと、巨大なシロウサギが居たという話なんだけど、それ以降のストーリーは覚えてないの」
それ以降の話は兄ちゃんとリンクする為、話す度に心が痛くなる。だから、私は嘘をついた。
「そうなんだ。僕もあまり知らなかったけど、なんとなく分かったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「孤独なシロウサギか……。この話を聞いたら、早くシロウサギに会いたくなったわ」
シロウサギは一匹だと、寂しくて死んでしまうという話を聞いたことがある。孤独なシロウサギは、きっと誰かが来るのを待っているのかもしれない。死んだ人間を幻として、映し出して……。もしかしたら、兄ちゃんも孤独なシロウサギに呼び出されたのかな。そんなことを考えていた。目の前の晴人君が心配そうな顔で見つめていた。
「冬香って彼氏いるの?」
突然、話が変わって頭の整理が追いつかなかった。今、彼氏が居るかどうか聞かれたよね?質問の内容もあまり聞いていなかった。まあ彼氏が居るかどうかなら。
「居ないよ」
「そうか」
もしかして、告白されるのかな。そんな事を考え始めたその時、
「冬香、こっちにおいで!!」
誰かの声が聞こえてきた。晴人君の声ではなかった。誰の声だろう。
「ねえ、何か声が聞こえない?」
私が晴人君に向かって言ったが、晴人君はピンと来ていなかった。
「早くこっちに来てよ。待ってるから」
私は、無意識にその声のする方向に走っていた。その声は兄ちゃんの声だった。この話は『孤独なシロウサギ』の話と全く同じ展開だ。もしかしたら、私はこの山から一生出れないかもしれない。でも、会いたい気持ちが強かった。
ドドドド
遠くの方で雪崩が発生した。誰か巻き込まれたかもしれない。でも、私は必死に声のする方に走って行った。
「久しぶりだね」
目の前には死んだはずの兄ちゃんが立っていた。
寂しがり屋の一匹のシロウサギは、ずっと誰かを待ちわびていた。
そして、出会えた一人の女性。死んだはずの兄もそこに居たのかもしれない。
ある日の夜、テレビで流れたニュースは、世界中に広まり、白兎山の観光客は一気に減った。「この山は呪われている」や「『孤独なシロウサギ』の話は本当だった」など色々な噂が飛び交った。
「一週間前、白兎山の登山道で雪崩が発生しました。警察によると、男子高校生と女子高校生の二人が巻き込まれ、行方不明になっています。警察百人で捜索を行っていますが、二人の遺体は未だに発見されず、今も捜索が続いています」
この後、二人がどうなったかは誰も知らない。
『孤独なシロウサギ』 緑のキツネ @midori-myfriend
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