『孤独なシロウサギ』

緑のキツネ

第1話 二匹のシロウサギ

ある日の夜、テレビで流れたニュースは、人々に恐怖を与えた。


「昨夜、白兎山の登山道で雪崩が発生しました。警察によると、男子高校生と女子高校生の二人が巻き込まれ、行方不明になっています」


この町には大きな山が存在する。山の名前は、「白兎山(はくとざん)」。シロウサギがたくさん住んでいることから、その名前が付いた。山の高さは、千メートル。そこまで高くないことから初心者向けの登山とインスタ映えのスポットとして流行り始めた。冬には雪が積もり、幻想的な景色になる。


この白兎山には昔から言い伝えがあった。それが「三匹以上居るシロウサギを見ると幸せになれる」というものだった。この言い伝えは、インスタやツイッターによって多くの人に知れ渡った。そして、若いギャル達が「二匹で居るシロウサギを見ると恋人ができるらしい」と解釈を行ってしまい、次第にデートスポットや告白スポットとなっていった。





その情報をスマホで調べた僕は、急いで冬香(ふゆか)にラインをした。


「ねえ、明日、白兎山に登山に行こうや」


僕は、運動神経も悪いし、登山経験も無い。山頂まで登れるか正直不安だ。それでも、冬香の事が好きな僕にとって白兎山は一番良い告白スポットかもしれない。心臓の音が高鳴り始めた。もし、冬香に断られたらどうしよう。登山とか好きじゃないかもしれない。このラインを送信取り消ししようかどうか悩んでいたら、既読が付いてしまった。既読が付いたという事は、もうすぐ返信が来るかもしれない。断られたら、どうしようか。なんか気まずいなあ。そんなことを思いながら、ずっとスマホの待ち受け画面を見つめていた。


ピロリン


着信の音が鳴った瞬間、急いでスマホのロックを解除した。心臓の音がさらに激しくなる中、ラインのトーク画面に表示された言葉は

「お前、休憩時間中に何してるんだよ」

友達の優吾からだった。そういえば、今は、昼休憩だった。次の授業まであと十五分ぐらい時間がある。昼食を食べ終えて、すぐにスマホの電源を入れ、デートスポットについて調べていた。ここが学校であることをすっかり忘れていた。優吾は、一番前の席に座っている。僕は一番後ろの席に座っている。ふと、顔を上げると、優吾が目の前で僕の顔をずっと見つめていた。

「晴人(はると)、お前、良いデートスポットでも見つけたのかよ」

「別に…」

「俺は、お前の恋を応援してるから、どこに行くか教えてくれよ」

「教えたら、お前、来るだろ?」

「行かねぇよ」

「行かないなら、教えてもいいけど」

僕は、優吾に白兎山の言い伝えと今の状況を全て話した。

「俺も白兎山は良く知ってるよ」

「有名なの?」

「お前、忘れたのかよ…。あの事故を」

あの事故?何を言っているのか全然分からなかった。

「去年、同級生の田中が……」

その瞬間、忘れていた記憶が一気に蘇ってきた。去年の冬、田中正平は白兎山で雪崩に遭って亡くなった。

「そうか……」

僕は、田中と違うクラスだったため、あまり話したことが無かった。彼が死んだという情報が入ってきたときも、驚きはしなかった。ただ、僕と同じ年齢で死んでしまったことがとても可哀そうだった。ただ、あまり仲良くなかったため、どうしても他人事のように感じてしまう。でも、優吾と田中は小学、中学、高校もずっと一緒だった。そのため、彼が死んだとき、優吾は二か月間、自分の部屋に立てこもってしまった。

「まあ気を付けて行けよ!」

「う、うん」

優吾は僕に白兎山に行ってほしくない顔をしていた。でも雪崩なんて滅多に起きない。そう思い、冬香のもとに向かった。僕の教室は三階だが、冬香の教室は二階にある。やっぱりラインで話すより直接話した方が早い。そう思った僕は、猛スピードで階段を降りて行った。冬香の教室に入ると、クラスのみんなが僕の方を見てきた。その視線を気にしながら、冬香のもとに向かった。冬香は、教室の端の机で弁当を食べていた。

「冬香、明日どうする?」

「白兎山でしょ?」

「うん。一緒に行こうよ」

「‥‥‥‥良いよ」

冬香の顔が少し暗いように感じたが、とにかく明日のことを考えよう。そう思い、教室を出た。明日、絶対に告白して見せる。僕は、明日の告白するプランを考えながら、自分の教室に戻った。



僕の家に帰って、ラインで冬香と話して、明日の予定が決まった。明日の午前九時に山の入り口に集合するという形になった。その夜、テレビでニュースをやっていた。

「白兎山で雪崩に巻き込まれ、一人の男子高校生が亡くなった事故から一年が経ちました」

きっと田中のことだろう。雪崩に巻き込まれたら、人はどうなるのか想像するだけで、体が震えてしまう。もしかしたら、僕たちも雪崩に巻き込まれてしまうかもしれない。でも、僕はあの言い伝えを信じている。「二匹で居るシロウサギを見ると恋人ができるらしい」と「三匹以上居るシロウサギを見ると幸せになれる」という二つの言い伝えを。





次の日の朝、僕は防寒対策をして、白兎山の入り口に向かった。空は快晴。気持の良い朝だった。白兎山の入り口には、多くの高校生や大学生で賑わっていた。その中にはカップルらしき人達も何人か居た。

「お待たせー」

僕の方に走って近づいてくる冬香は厚手のコートを着ていた。コート姿の冬香は初めて見たが、とてもかわいかった。でも、そのコートで登山が出来るのか不安もあった。

「その服で大丈夫なの?」

「うん。去年、この山に登ったことがあって」

「そうなんだ。じゃあ行こうか」

「うん」

それから、一時間ぐらい登り始めた。でも、まだウサギを見ていない。無言のまま、必死にウサギを探そうと辺りを見渡していた。でも、シロウサギはどこにも居ない。

「シロウサギ、居ないね」

冬香が僕に声をかけてきた。そういえば、ずっとウサギを探すのに夢中になっていて、冬香と一個も話していなかった。せっかくのデートなのに……。もっと楽しまないと。

「そうだね。少しここで休憩しようか」

「うん」

少し休めそうな場所で僕たちは、立ったまま雑談を始めた。

「冬香はこの山に登ったことがあるって言ったけど、その時はシロウサギ見れたの?」

「うん。沢山シロウサギを見たよ」

「そうなんだ。それより、『孤独なシロウサギ』という話知ってる?」

この白兎山について、図書館で調べてみると、『孤独なシロウサギ』という言葉が出てきた。だけど、詳しい話はよく分からなかった。

「うん。昔、絵本で読んでもらった事があって少しだけなら知ってるよ」

「どんな話なの?」

「昔、男の子と女の子が白兎山に遊びに行った。そこには、シロウサギが沢山いることで話題になっていて、多くの人がシロウサギを見に行った。二人が山の中を歩いていると、ブーブーというシロウサギの鳴き声が聞こえてきた。次第に大きくなり、山の中に響き渡る。その音のする方に向かうと、一匹のシロウサギが居たという話なんだけど、それ以降のストーリーは覚えてないの」

そんな話があったなんて。その後の話が気になるが、冬香の顔が次第に暗くなっていたのを感じた。

「そうなんだ。僕もあまり知らなかったけど、なんとなく分かったわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「孤独なシロウサギか……。この話を聞いたら、早くシロウサギに会いたくなったわ」

「うん」

冬香の顔が一気に暗くなった。なんだかこの話は触れない方が良かったのかもしれない。これ以上話すと、冬香が可哀そうだと思い、違う話をすることにした。

「冬香って彼氏いるの?」

「居ないよ」

「そうか」

心の中で小さくガッツポーズをした。これはチャンスかもしれない。色々な話で盛り上がった。やっぱり冬香は面白いなあ。この時間が無限に続けばいいのに。

「ねえ、何か声が聞こえない?」

冬香が僕に向かって言った。声?僕は目を瞑り、周りの音に神経を研ぎ澄ましながら聞いた。

「ブーブー」

シロウサギの鳴き声が聞こえてきた。もしかしたらどこかにシロウサギがいるのかも知れない。目を開けると、そこに冬香は居なかった。

「冬香?何処にいるの?」

辺りを見渡しても冬香の姿はない。

「ブーブー」

目の前に一匹の小さなシロウサギがやってきた。周りに他のシロウサギの姿が見つからない。結局、二匹のシロウサギにも会えなかったか……。それより、冬香を探しに行かないと。

ドドドド

この時、僕は気づかなかった。後ろで雪崩が発生していたことに。





それからニ年後、この山に登る人は誰も居なくなった。この町に存在する山の名前は、「白兎山」。白いウサギがたくさん住んでいることから、その名前が付いた。初心者向けの登山とインスタ映えのスポットとして流行っていた山は、静寂に包まれていた。


この白兎山に新たな言い伝えが広まった。「一匹のシロウサギを見ると不幸になる」と。

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