親としては無理でも、人として

red13

本文

 始まりは、父から母が癌であることを聞かされたことであった。


 僕の両親は別居中だった。そうなったきっかけは「僕の教育方針に対する対立」、「価値観の違い」などであった。

 父は母との離婚を望んだが、母は望まなかった。幼い頃は、「僕を手放したくない」から、母は離婚を望んでいないと思っていた。今にして思うと、それだけではない気がする。

 離婚を望む父と「母から離れたかった」僕は母を置いて父の実家へと身を寄せた。


 それから、十年以上たった今、父から母が癌を患っていることを聞いた。その時僕は……。正直、なんとも思わなかった。むしろ、当然の結果とすら思った。父からの援助を受け取れない彼女は、数少ない自分のお金から賄わなければならず、電気代やガス代などを払えていない可能性が高かった。そのため、何らかの病気にかかることは容易に想像できた。事実、エアコンなどは故障していて、使えない状態だったらしい。

 だが、そんな冷めた感情を抱く僕とは異なり、父は母を放置したことを後悔していた。


「死ねばいいと思っていた。でも、実際には違った。やっぱり、彼女には死んで欲しくない」


 父はそう言った。それを聞いた僕が抱いた感情は怒りだった。


(そんなこと、初めから分かっていたはずだろう? 彼女を放置すれば、どうなるかくらい……。その上で、そうなっても良い。そう思っていたはずじゃないのか?)


「お母さん。『お父さんとゆう君にひどいことをした。だから、孤独に一人でしぬしかない』って言っていた」

「えっ」


(あの母が?)


 僕はその思いで一杯だった。

 母は情けない人だった。男である僕を少女趣味全開のベッドで寝かせたり、夜眠れないと字幕なしの洋画を見させたり、こちらが言うことを聞かないと癇癪を起こしたりと、そういう人だった。その裏には、母のコンプレックスがあったと思う。自分が望んでいた生活や夢を僕にさせようとしていたように思える。本人もそんな自分が嫌だったのか、僕に対してよく


「ゆう君はママみたいな人にならないでね」


 と言っていた。そんな、自分の叶えきれなかった夢を子供に押し付ける親を心底軽蔑した。

 それに加えて、別居する時、


「ゆう君の自由にしていいよ」


 と言った直後に、


「ゆう君。ママと一緒に来て」


 と自分の願望を誤魔化して、良く見せようとした母に対する印象は最悪だった。


 だが、そんな母が「一人で死ぬ」。そんなことを言ったのか? 以前の母であれば、「なんでこんな目に」や「ひどいよ。どうして、そんなことをするの!」と叫びそうなのに……。そんな母が当然のこととして、一人で死ぬことを受け入れている?

 目の前の父も


「ゆうが大人になっても、良い関係を築きたいな」


 と言っていた。その時、僕は父を軽蔑した。


(家族だからって、仲良くする理由がどこにある? 仲が良くなくたっていいじゃないか。それぞれの道を歩めば……)


 そう思った。過去の経験からなのか、僕は親という存在が嫌いだ。自分の親がではなく、「親」一般が。


(子供が生まれれば、自分たちが幸せになれると勘違いしやがって……)


 そんなふうに思ってきた。

 だから、今でも母を親として尊敬できるかと言われれば否だ。それは父も同様だ。「親」一般を嫌っている僕に、「親」としての信頼を勝ち取ろうなど無理な話なのだ。

 だが、そんな僕の気持ちなど知らず、母は常に僕の前で「母親」として振る舞おうとした。それも、僕と彼女が合わなかった原因なのだろう。

 でも、今なら「彼女と新しい関係を築いてけるのでは?」と僕は思った。なぜなら、彼女は「僕の母親」であることを諦めたからだ。「一人で死ぬ」。つまりは、「親として受け入れられずに死ぬ」ということだ。その発言は、むしろ、父よりも頼もしいと思ってしまうくらい、僕が今まで望んでいた言葉だった。


(親子が別々の道を行っても構わない)


 そう思いながら、モヤモヤしていた僕にとって母の言葉はとても響いた。

 いや、響いていたどころか、今まで彼女を見下していた自分が恥ずかしいくらいだ。

 そう。だから、「親として受け入れられることを諦めて絶望している彼女」とは、むしろうまくやっていける気がする。

 僕は彼女に対して、人としては尊敬できそうな気がするから……。


おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親としては無理でも、人として red13 @red13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ