第26話 夢うつろ
そこは何も無い真っ白な部屋だった。
光源は無いが自分の手足を見ることが出来る。窓や外に出るための扉も存在しない。ただ真っ白な空間がヒトナリの前には広がっていた。
ヒトナリは自分の身に起きた情報をひとつひとつ確認していく。
第1に己の身に何が起きたのか。
これは明白だった。世直し断頭台との抜刀戦に負けたのだ。
感情が動かされるほど記憶に残る。ヒトナリには敗北の後悔が色濃く残っていた。
第2にこの空間は何処なのか。
自分が意識を失ってから運ばれたのか、それとも意識を失ったからこそ辿り着く夢なのか。
ヒトナリの結論は後者だった。
何せ身体に切り傷が無い。さらに言えば痛みも無いのだ。
白い床に両足はついている筈なのに、立っている感触がしないことから、夢特有の不可思議状態だと確信する。
――そう、ここは夢なのだ。
ヒトナリは明晰夢を見ていた。感覚は無いが、自由に動ける。
彼はぐるりと空間を一周する。だがしかし何も起こらない。
「はぁ……。せっかく明晰夢を見たんだから、もっと面白みのある空間にしてくれよ」
「『次会ったら殺す』……でしたっけ?」
「うおわぁっ!?」
ヒトナリの隣にはいつの間にか目立つ緑髪をした、金色の瞳を持つ存在があった。
彼の『面白みのある空間』という言葉に反応して現れたのかは分からない。
だが、対神課E班を壊滅させた張本人が突如彼の夢に現れたのだ。
「い、イクサバァ!?手前ェどうして!」
「案外早く再開してしまいましたね、ヒトナリさん。
ワタシを殺しますか?」
「……いや、今はそんな気になれねぇ。ていうか、ひとの夢にまでで来るのは趣味が悪いぞ」
「おや、案外冷静だ。まぁ、あそこまで無様に負けたら意気消沈もしますよね」
「なんで見ても無いのに知ってやがる!?ていうか、どういう原理で人の夢に入り込んだんだ……?そういう神異もあるのか?」
「ワタシは見てただけですよ。貴方の刀を通じてね。
その刀は、ワタシの力で作ったモノだ。
偶に見えるんですよ、所有者の姿がね。
ワタシも一応犯罪者ですから。表立って物を伝えることは難しい。
だから、夢を使ってお気に入りに接触するんです」
ヒトナリはイクサバからのお気に入り認定に寒気を覚えた。
「…コワー、捨てよっかな」
「偶にですよ!偶にっ!!
……ゴホンッ!ワタシ自身の力の応用で、貴方の夢の中に存在しています」
「見たくも無い面、見せやがってェ。で、わざわざ嫌がらせをしに来てまで、何の用だ」
イクサバは呆れた様な顔をして答えた。
「アナタねぇ……武器の使い方が間違ってるんですよ。
名前、まだ付けてないでしょ?」
「名前だァ?犬猫じゃねぇーんだから、んな事するかよ」
「昔からいうでしょ?永く大切に扱った物には神が宿ると。
まぁ、今の日本の信仰は“神”じゃなくて“神異”ですけど。
付喪神、ご存知ないですか?」
「あー、名前だけは?」
「教養が足りてないっ!!」
イマイチピンと来ていないヒトナリにイクサバは思わずツッコミを入れる。
今まで飄々と何を考えているか分からない存在の表情を崩したヒトナリは、口角をあげた。
「でぇー?付喪神がなんだってぇー?」
「はー……要するに、名前を付けるってことはそのモノを大切にする第1歩でしょう?
神異使いの方々もまずは力の名を知るのです。どんなモノには名前はある。
名前には大切に扱って欲しいという願いも含まれてるんですよ」
「じゃあ、鞘から出さずに毎晩名前を呼んで、刀と添い寝しなきゃならないのか?
うっわ、嫌だわー。なんか、お前と添い寝してるみたいでやだわー」
「思考が極端過ぎませんかね?」
「って言っても、適当な名前じゃダメなんだろ?」
「そうですね。名前がつくということは、それに準ずる由来があるということ。
その刀で貴方は何を成しましたか?」
ヒトナリは春夏冬ケンとの戦いを思い出していた。
生ぬるい攻撃は完封してしまう英雄の肉体を、この刀は打ち破った。
峰の部分による打撃は、骨格をねじ曲げる。もとより骨の存在など無かった様に、この黒い刀は打ち砕いた。
ヒトナリの脳裏に1つの“銘”が浮かんだ。
「“
「黒無骨、悪くないですけどぉー遊びも捻りもないですねぇ」
「人のネーミングセンスに文句言うんじゃねぇよっ!!」
「嘘ですよ。黒の刀身にもよく似合う銘だと思います」
ヒトナリが名前を口にすると白い部屋は崩壊を始めた。まるでそうされることを待っていたかの様に。
「ヒトナリさん。どうやらお目覚めの時間です。
名前の重要さはご理解頂けましたか?」
「イクサバ。手前ェは何者なんだ?」
「次会う機会があればお教えしますよ」
イクサバはそう言うと一足先にその存在を消した。
1人崩れ落ちる部屋に残されたヒトナリは皮肉めいた口調で揶揄する。
「じゃあ、俺が知ることはねェな。その時はぶっ殺してんだから」
夢の世界が完全に崩壊し、ヒトナリの意識が飛ぶ。
それと同時にヒトナリは現実で目を覚ました
「イクミさん、ヒトナリさんが目を覚ましたよ」
ヒトナリのまだ夢うつつだった。
呼ばれたイクミがヒトナリの顔を覗き込む。
ヒトナリは見知った顔に、ごく当たり前の質問した。
「よォ、イクミ。助けてくれてありがとうな。んで、ここは?」
バチィン!!
大気を震わせる衝撃音が室内に響いた。
イクミは答えの変わりに、強烈な平手打ちをヒトナリに食らわせたのだ。
「イ、イクミさん……?」
「1人で勝手に突っ走っしてんじゃねェェ!!」
ヒトナリは未だ事態を理解していなかった。
寝起きの彼を待っていたのは、意識を取り戻したことへの安堵の言葉ではなく、ビンタと怒声なのだから。
「アタシたちはな、一緒に行動するバディなんだよッ!
それをカッコつけて『下がってろ』だァ?フザケんのも大概にしろっ!!」
「いや、あれは、その……」
ヒトナリはイクミのあまりの迫力に、言い返す言葉も出てこない。
「何が『処分の意味が分かった』だよっ!?
こーちゃんが取り付けた『確保』の選択を蔑ろにするんじゃないっ!
アンタ、1人で戦っただけでしょ?2人なら確保が出来るかもしれないとか考えないわけっ!?」
「……っ!?」
イクミの目には薄らと涙が浮かんでいた。
涙は女の武器、とヒトナリも聞いたことはあるが、17歳の純粋な涙には、彼も適わなかった。
「すまなかった……」
「……はぁ。アタシも病み上がりの人間にビンタは良くなかった。ごめん。
それにアンタと世直し断頭台の戦いに入り込む実力も無かったってのは本当。
……よく、生き残れたわね」
「身体だけは頑丈なもんで」
ヒトナリは自嘲気味に謙遜を述べた。
「で、ここは?」
「アサクサのは病院……。血みどろのアンタ背負ってたら見兼ねて声掛けてくれたんだ。先生に感謝しなよ」
細身の気弱そうな男性がヒトナリに軽く手を振る。
「ヒトナリさん。貴方が運が良かった。
あまりにも太刀筋が綺麗で、肉と肉を重ね合わせただけで殆どくっついてしまった。
一応縫って、包帯はまいてますが……あんまり派手な動きはお控えください」
「……善処する」
「イクミさんの話で貴方のお人柄はそれなりに分かっていましたが……。
まぁ、いいです。医者の仕事は治すことだ。
人の意識を束縛することでは無い。
ただ、今日だけでも安静に。明日以降はご自由に」
男はそう言い残して病室から出ていった。
残されたイクミとヒトナリは、先の言い争いもあり若干の気まずさを感じていた。
先に声をかけたのはイクミだった。
「さっきはあんなこと言ったんだけどさ、正直、世直し断頭台に勝てるの?」
「……夢の中でさ、刀に名前付けたんだよ」
「は?アンタ、イカれてんの?」
「違ェよ!!ほら、アレだ。神異使いは能力に名前があるんだろ?
銘があると無いとじゃ強さが桁違いって聞いたことがある」
「まぁ、そうだね。銘を知ると力の幅も広がる。
強くなるのは事実。でもそれは、あくまで神異の話でしょ。
刀には関係無いんじゃないの?」
「夢の中ではあるみたいなことを誰かが言ってた気がするんだよなぁ。
忘れたけど。
勿論1人じゃ無理だがな。2人でギリギリってところ?」
「さっき戦ってるアンタみたら、2人でもボコボコよ。
何一つアンタの言葉が信用出来ないわ」
「根拠が無いんだから無理もないな……。だが作戦は立てて損は無いだろう?」
「確保するんだもんね。どうすんの?」
「イクミの能力と俺の剣術……合体技編み出すっ!!」
ヒトナリは何時になく興奮していた。
合体技。それはロマン。
例えば、炎と水だ。決して交わらない力を、ミックスし更に強大な物にする。
ゲームや漫画内でよくある演出をヒトナリは提案した。
「待て待て待て、アタシの能力をどう使うのよ。
自分で言うのもアレだけど、恐怖による部分的な神経麻痺だよ?」
「その部分的な神経麻痺っていうのが、俺の剣術を強化するんだよ」
「マジでどういうことなの……?」
ヒトナリはニヤリとイクミに笑いかけた。
イクミは合体技も、自分の力の活かし方も、彼の言動も何一つ理解することができなかった。
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