第22話 処分

 メヱコはコーヒーを手に持ち、その芳醇な香りを鼻腔いっぱいに楽しむ。

 香りに満足すると、カップに口をつけその舌触りと味に意識を集中した。


「これは……美味しいですねぇ。私常連になっちゃうかも」


「来んなっ!」


「イクミくん、お客様だよ。……一応ね」


「コウタロウさん。ホント、すいません。

 これでも優秀な先輩なんです」


「ヒトナリ君。君、過去一番に申し訳なさそうにしているね?」


 メヱコは底に残った最後の一滴まで飲み干すと、合掌した。


「ご馳走様でした」


「まともな常識も兼ね備えている所が逆にキモい」


「私何やってもイクミちゃんに嫌われちゃうなぁ!?おかしいなぁ!?」


「冬道先輩。依頼内容は? 」


「あーそうだったそうだった!

 まずひとつ店長さんに確認なんですけど……ここって警備意外の依頼も受けてくださいます?」


 コウタロウは考え込んだ。

 警備会社と名乗る以上、それを遵守した仕事内容を受けなければならない。

 だが、公安からの直々な仕事依頼となるとある程度の後ろ盾がつく。

 つまり、法的なルールを無視し自由に活動できる民間となれるのだ。

 本来、警察が動かなければならない依頼を民間に委託するメリットは、身から出た錆を内部に知られずに処理できること。

 警察とて、他派閥に弱点は見せたくない。


「……警察内部で派閥争いかね?」


「正解です。“世直し断頭台”はご存知ですか?」


「今世間を賑わせている時代錯誤の思想反だね」


「彼の身柄を巡って警察内部で争いが起こっています。

 久住くすみ派閥と瑞木ずいき派閥。どちらも警視長の役職を担っています」


「久住……審問会で俺にアレコレ言ってきた奴か。

 また点数稼ぎですか?」


 ヒトナリは聞き覚えのある名前を出されて、苦い思い出を振り返った。


「そうそう、私の時もあの人でねぇー話の長さと文句だけは一級品だよ」


「じゃあ、もう1人の瑞木って奴は?」


「瑞木警視長は警視長の中ではまだ若い40歳のやり手だね。とても温厚な方だよ。

 裏の顔は焦がしたトースト見たいに真っ黒けっけ。

 コウタロウさん、3年前にあった“首塚事件”って覚えてますか?」


「あぁ、覚えているとも。世直し断頭台が自国完全完結党を惨殺した事件だね。

 僕も縁があって、25人の首で建てられた塔を見たが……思い出すだけで、嫌な気分になるね」


「そうです。その事件。

 瑞木警視長は警察の動きを知らせる代わりに、多額の報酬金を貰っていた。

 彼のせいで、取り逃した汚職議員は少なくない。

 今となっては土の中だけど。

 ただ、瑞木警視長も正義感はあるっぽくてね。何があったか私は知らないけど世直し断頭台には怨みがあるみたいで。

 彼はずっと世直し断頭台を追っかけてるのよ」


「それで、点数稼ぎと汚職警官。2人して何をそんなに争ってるんです?」


「元警察なら嫌でも予想つくでしょヒトナリくん。

 理由は単純、警視監のポストが空いたんだよ。

 世直し断頭台なんて大物ひっ捕らえたら、簡単に上がれるでしょ。

 ただ身内を裁く公安としては、そのポストにどちらが着くことも看過できない」


「つまり?」


「つ2つの派閥より先に、世直し断頭台を処分しろ」


 冬道メヱコは冷たく鋭く殺気を込めた要求をした。

 彼女は『処分』という言葉を使った。

 すなわち、“殺せ”ということだ。

 先刻まで文句を言っていたイクミはピタリと黙り込む。


「“処分”という言葉を使ったね。

 それはメヱコくんの言葉かい?」


 普段温厚なコウタロウが、珍しく語気を強めた口調になった。

 彼はメヱコ以上の覇気を醸し出している。

 ヒトナリは額に一滴の冷や汗をかいた。


「私の言葉……と言いたい所なんですが、私がコウタロウさんに殺されたくないので素直にお伝えします。

 これは上司の津田つだの言葉。

 民間において“対象の殺害”はルールに抵触しています。

 ですが、今回の依頼に関しては津田自身が責任取って、皆さんに殺人許可証マーダー・ライセンスを付与するとの事です」


「冬道先輩、俺たちが対神課にいた時は殺人許可証の効力は使いましたっけ?」


「いや、E班は誰も殺しはやってないよ」


「カフェ・てらすも殺しの依頼は受け付けてないんです。

 今回は聞かなかったことにするので、一旦帰ってください」


 イクミはヒトナリの対応を、意外だと感じた。

 誰もよりも復讐心を燃やし、復讐の為なら殺人に躊躇いも無かった男が、数ヶ月でこうも変わるのか、と。


「ヒトナリくん。それを決めるのはコウタロウさんだよ。

 コウタロウさん、どうしますか」


 コウタロウは再び考え込む。

 その時間は数秒にも、数時間にも感じさせた。

 カチカチと、時計の音だけが店内に響く。

 癖の強い歌声のアーティストも、純粋な愛を語った楽曲も.今この場には存在していなかった。


「分かった引き受けよう」


「ちょっ、こーちゃん!?」


「ただし、殺害許可証は付与しなくていい。

 カフェ・てらすのやり方で捕まえる。

 メヱコくん、津田にそう伝えてくれるかい?」


「分かりました。では、空気を悪くしてしまったみたいなので今日はこれにて。

 後日津田から詳細が届くと思います」


 言い終わるとメヱコはきびすを返し、出口へと向かう。

 来店した時とは打って変わって、その面立ちは静寂に包まれる冬の道の様だった。

 まさに名は体を表していた。

 メヱコがドアノブに手をかけた時、コウタロウは彼女に声を掛ける。


「メヱコくん……。慣れない役割をさせてしまったね。

 そう言う依頼は、津田本人が来るように伝えといてくれないかい?

 またコーヒー、飲みに来てね」


 コウタロウの言葉にメヱコは2秒程押し黙った後、くるりと振り返った。


「いやぁーコウタロウさんめちゃくちゃ怖ったですよー。

 実は、私が本当に公安に所属するテストみたいなものでして。

 無事、依頼をすることも出来て私も安心しました。ありがとうございます。

 それじゃ、ヒトナリくん。イクミちゃん。またね」


 メヱコは笑顔で手を振り、店の外へ向かった。

 バタンと音を立てて扉が閉まると、イクミはコウタロウに駆け寄った。


「ねぇ、こーちゃん本当に依頼を受けるの?」


「首塚事件には、僕も思うことがあってね。

 少しワガママを通してしまったよ。

 イクミくん、安心しなさい。津田は条件を飲んでくれる」


「根拠が何かあるんですか?」


 ヒトナリはコウタロウの発言に追求する。


「そうだね……根拠と言うにはあまりにも薄いけど、津田は僕に借りがある。

 まだこの借りに効力があれば、彼は条件を飲み込むよ」


 コウタロウはいつもの温厚な口調でそう言った。

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