第20話 世直し断頭台

 綺麗に整地された高速道路を1台の護送車が走っていた。

 車内には武装した警官が3人。スーツ姿の神異使いの女性1人。

 そして、拘束具で固定された男が1人乗っていた。


「皆さん、今回の護衛任務に参加して下さりありがとうございます」


 女性が3人の武装警官に会釈をする。


がご同行するとは……我々も気を引き締めねば」


「そんなに畏まらないで欲しいです。同じ階級なんですか」


「とは言っても、我々がE班に助けられたのは事実です。

 その恩を返すためにも、を買ってでたんですから!!」


 ミヤビはE班壊滅の責任を取って、警視の階級から警部の階級へ降格処分を受けた。

 また、彼女をうとむ人間が上層部には多く、ここぞとばかりに過去な任務を言い渡されているのが現象だ。


 今回の任務は、誰彼の灯火のメンバー、“ナポリタン”と呼ばれる男を囮に使い、とある思想犯を捕まえる作戦だった。

 そして、ミヤビは今ナポリタンを護送している車にいるのだ。


 傍から見れば、警視だった頃の彼女は見る影も無いだろう。

 だが、ミヤビは久々の実戦に心が踊っていた。

 皮膚を刺す緊張感が堪らない。

 思わず零れそうになる笑みを、隠すのに必死だった。


「ミヤビ警部?体調が悪いのなら……」


「いえ、大丈夫です。

 それより、気を引き締めましょう。

世直よなお断頭台だんとうだい”が何時現れるか分かりません」


“世直し断頭台”。


 指名手配犯として大々的に公表されているら犯罪者である。

 彼によって殺された人数は49人。

 そこに含まれる人間の殆どが、汚職政治家や神異犯罪者など、世間一般で言う悪人と称される者ばかりだった。

 そのせいもあり、世間は彼のことを持てはやしている。


 世直し断頭台と呼ばれ、世間を賑わせ始めた事件が“首塚事件”であった。


 それは、日本の政党である【自国完全完結党じこくかんぜんかんけつとう】の党員が、皆殺しにされてしまった事件である。


 自国完全完結党は、海外との繋がりを限りなく断ち、国内のみで全て賄うと言った大胆不敵な公約を掲げていた。

 彼らを支持している人々は、主に上層階級の人間だ。

 神異の力で富を築いた人々は、その力の海外流出を恐れていた。

 だからこそ日本にのみ焦点を当て、あわよくば世界のトップにたち、過去になし得なかった富国強兵を成し遂げんとしていた。


 強大なバックを持つことにより、自国完全完結党は潤沢な政治資金を兼ね備えていた。

 また、次の与党はほぼ確実と言われており、我が物顔で国会議事堂を歩んでいた。


 その反面、庶民からの支持は得られておらず、神異を異端とする新興宗教からも『金を回さねば国は回らない』と揶揄される始末だった。

 ただ、誰も手が出せず、自国完全完結党を止めるより強大な政党が居ないことも事実だった。


 その自国完全完結党をたった1人の男が壊滅させたのだ。

 彼らお抱えの優秀な神異使いを含め、殺戮の場となった事務所には25人が居た。

 だが、警察が事件を聞き付け、たどり着く頃にはその場にいた全ての人間の、首と胴体が分断されていた。

 さらに言えば遺体には無駄な傷が無く、首と胴体を一太刀で切り離す致命の一撃のみで25名全てが殺されていたのだ。


 何より凄惨なのは、切り離された25名の首で祭壇が造られていたことだ。

 その祭壇の下には、和紙に墨汁で『天誅』と書かれていた。


 太平の世に似つかわしく無い、思想犯ダークヒーローはこうして誕生したのだ。


 だが、国家としてのプライドは丸潰れだった。

 警察に下った指示は『生け捕り』。

 何としても法の裁きを受けさせたい、国家の面子を掛けた事件捜査が3年続いている。


 世直し断頭台を誘き寄せる作戦は単純だった。


 ――それは大規模な事件を起こした神異犯罪者を餌にすること。

 世直し断頭台は、犯罪者の生命を断罪するため絶対に現れたのだ。

 逆を言えば、ターゲットを殺して尚且つ、警察のエリート部隊から逃げ切ることが出来るという自身の表れだった。


 また、この作戦内で死亡する者は犯罪者のみであった。

 警察の死亡者は無し。

 対象のみを殺す暗殺のエキスパートなのだ。


 彼の50人目の対象として選ばれたのが、鬼一ハジメ暗殺未遂事件の首謀者ナポリタンであった。


「んんんんっ!!」


「うるさいぞっ!お前は世直し断頭台を捕らえるための囮だ。

 静かにしていろ!!」


 口元を拘束されたナポリタンは必死に意志を伝えようとするが、警察は聞く耳持たずだった。


「上手く護送が出来ればそれでよし。

 彼が殺されても、警察は手間が省けてよし、なんてよくまぁ上はこんな作戦を思いつきますね」


「警察もある意味では、世直し断頭台に裁かれるべき存在なのかも知れませんなぁ」


「そう、ですね……。気を引き締めて行きましょう」


 目的地の収監施設まで残り5キロメートル地点。

 未だに、世直し断頭台の影は無かった。

 緊張感の中に穏やかな時が流れている。

 それも気が抜けてしまう程に。


「……っ!?この揺れはっ!」


 突如、護送車が急ブレーキを掛けた。身体が重力に沿って護送車に打ち付けられる。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


「えぇ、我々は防護服を来ているので。

 ミヤビさんは?」


「私も大丈夫です。……ナポリタンは、気にする必要は無いですね」


「ンンンんっんんんんっ〜!!」


「うるさいぞナポリタン!黙っていろ!!」


 ナポリタンは塞がれた口で『ふざけんなクソ女ァァァ』と叫んでいたが、歯牙にもかけて貰えなかった。


 先ほどとは打って変わって、車内は緊張感に溢れる。

 外に出て迎え撃つべきか、車内でナポリタンを護るべきか。

 ミヤビは決断を迫られていた。


「待って、……」


「ミヤビさん、どういうことですか?」


「皆、車を降りて!運転席を調べなさい!!ガンマは待機!」


『了解ッ!!』


 ミヤビの指示に従って、部隊は行動を開始する。

 アルファ、ベータ、そしてミヤビが車から降り、警戒をしつつ護送車のフロントへ、運転席側と助手席側の2方向から進行する。


 先にフロントへたどり着いたのは助手席側へ進んだベータだった。

 助手席には黒服の警官が伸びて座席に着いていた。

 その奥にはボロボロの着物を纏い、鬼の面を付けた男がベータを見つめていた。


「かっ、確認ッッッ!!首切り断頭台でぶぅっ!?」


 声を出したベータの防護ヘルメットが、世直し断頭台の投げつけた分銅で叩き割られる。

 予想だにしない攻撃に、ベータは一瞬で意識を奪われてしまった。


「ベータっ!?くっ……ミヤビさん指示を、指示をお願いしますっ!!」


「相手の間合いに銃は不向きです。今更距離をとった所で意味は無い。

 警棒を構えて」


「り、了解しました!」


 アルファは腰に装着されている警棒を取り出す。

 それはバチバチと電気を走らせ闇夜に光を放っていた。

 人を昏倒される程度の電圧が付与された電磁警棒は、対象の攻撃に備え、左右に向けられる。


「ど、何処から来るんだっ!?」


「……ッ!?上ですっ!!」


 ミヤビの言葉通り、世直し断頭台はいつの間にか護送車の上に立っていた。

 品定めをする様に、真上からミヤビとアルファを眺めている。


 緊張のあまり、アルファが瞬きをするとその眼前には鬼の面があった。


「ひぃっ!?」


「くっ!!」


 ガキィと打撃音が響き渡る。アルファに振り下ろされた刀の峰を、ミヤビは支給された警棒で防いでいた!!


「あ、ありがとっござ…!!」


「礼はいいから!電磁警棒ォ!!」


「りょ、了解!!うわぁぉぁぁあぁぁ!!」


 アルファは叫びながら警棒を世直し断頭台に突き付ける。

 世直し断頭台はその身に多量の電気を浴びた。

 彼の身体の小刻みな震え方から、視覚的にも感電していることは明白だった。


「警棒を下ろして」


「はっ、はいぃい!」


 警棒へ伝わる電気が切れると同時に、世直し断頭台は膝を付いた。


「はぁ……はぁ……科学の力万歳ってね……ははは!」


「っ!?まだですアルファ!!」


 ミヤビの声がけは虚しく、気付けば世直し断頭台はアルファの側面にいた。


「……ははっ?」


 アルファの横目に世直し断頭台が映ると、彼はその場でくるりと一回転をする。遠心力の加わった刀の柄を、アルファの後頭部に打ち込んだ。


「がァっっ!?」


 一点集中の打撃攻撃を受けたアルファは、重力に身を任せたまま前のめりに倒れ込んだ。

 打撃を受けた瞬間にはもう既に意識無かったのだろう。


「……世直し断頭台、貴方感電しない体質とか?」


「……」


 ミヤビは軽口を言いつつ、じわりじわりと間合いを開ける。

 だが世直し断頭台は一切の反応を示さない。


 2人の間に緊迫した空気が流れる。まさに一触即発。

 片方が動き出せば、その時点で決着が着くことが確定していた。


「……さてとっ!久々にギアを上げないとかなっ!」


 ミヤビは警棒を一瞬で逆手に持ち替え、高速のフェイントを入れつつ世直し断頭台に攻撃する。


「……」


 金属のぶつかる音が幾度となく響く。

 目まぐるしい攻防が始まった。

 ミヤビの高速の連撃を見誤ることなく、世直し断頭台は受け切っている。


「まだ届かないかっ!!」


 更にスピードを増す、ミヤビの攻撃に世直し断頭台は後退りを始めた。

 ミヤビは距離を取らせまいと、一定の間合いを保ち続ける。

 それは武道を極めた達人の域に達していた。

 戦いにおいて目を向けるべきは足元である。

 どれだけ威力のある攻撃を持っていたとしても、間合いで有利を取られれば一方的に倒されてしまう。

 だからこそ、ミヤビのように細かいステップを維持しつつ、絶対に距離を取らせない技巧派のインファイターを相手にするのは骨が折れるのだ。


「もういっちょっ!!」


 ミヤビの攻撃速度が更にもう一段階あがる。それに比例して、世直し断頭台の後退する足捌きも早くなった。

 表情が見えないからこそ彼の余力が測れない。

 だとしても、ミヤビには攻撃を続ける意外の選択肢は無かった。


「……!?」


 初めて、表情らしき物を見せた世直し断頭台の背には壁があった。

 彼の意識が一瞬、背後に取られる。

 ミヤビはその隙を見逃さなかった。


「取った」


 ミヤビは逆手に構えた警棒の先端を面に叩きつけた。

 しかしその面が割れることは無かった。

 彼女の手を世直し断頭台が掴んでいる。鬼の面まであと数センチと言った所で、ミヤビの攻撃は止められてしまった。

 だが、彼女の反応は意外なものだった。


「やっと右手、使ってくれた」


 ミヤビがそう言い終わると同時に、世直し断頭台は彼女の鳩尾に、思い切り膝蹴りを入れる。

 ミヤビの肺は圧迫され、空気を全て吐き出した。

 脳に供給する酸素が一瞬で無くなり、ミヤビはその場で意識を失ってしまった。


 世直し断頭台は倒れ込んだミヤビなど意に介さず、護送車へ向かう。


「ミヤビさんまで……お前ぇ!!」


 ガンマは手に持つ銃でゴム弾を発射する。

 だが、着弾地点には世直し断頭台はいなかった。

 そのまま、後頭部に打撃を受け、ガンマさえも地に伏してしまった。


 残る者はナポリタンただ1人だ。


「ンンンっんんんんっっ!?」


 世直し断頭台は目の前の煩い男を見つめる。

 ナポリタンは届かぬその声で、必死に命乞いをしていた。

 その声が奇跡的伝わったのか。世直し断頭台はナポリタンの拘束具を一刀両断する。

 弾力性と衝撃性に優れ、刃物を通さない太いベルトは、一瞬にして紙切れのように切り落とされた。


「いやぁぁぁぁ!!すげぇなぁ旦那はぁ!?」


 解放されたナポリタンは体を伸ばし、世直し断頭台を手放しに褒める。


「噂に違わぬ腕っぷしお見事っ!!旦那は俺を殺しに来たんだろう!

 任務か?それとも趣味か?いやぁーどっちでもいいんだ!どっちでも!

 ただよぅ、あのよぅ!命だけは、命だけは勘弁してもらえねぇか?

 ほ、ほら、俺ぁ誰彼かわたれ灯火ともしびっつー組織で結構幅きかせててさ!

 旦那も、ほら、色々生きにくいだろう?指名手配犯なんかになっちまってよ!!

 だからよぉ、ここは2人で力を合わせてな、な?

 俺ぁ、ここで旦那に見逃して貰えたら一生ついて行くぜぇ?

 そらもう、風呂炊きも飯炊きも全部やるさぁ!

 だからよぉ!!殺さないでくれよぉぉ!!」


 ナポリタンが一方的に命乞いをしている最中、世直し断頭台は懐から取り出した和紙にサラサラと筆を乗らせていた。


「おっと?旦那、そいつぁなんだい?請求書とか……?

 か、金は勘弁してくれっ!俺はそんな持ってないんだ!

 でもよぉ、仲間には恵まれ……?」


 世直し断頭台はいつの間にか刀を抜いていた。

 音すら乗らない静かで精密な素早い抜刀には、殺意すら感じることが出来なかった。

 ナポリタンがそれに気づいた時には、世直し断頭台は既に刀を鞘へ納めていた。


「まれれれれれれれれれれれれれっ!?」



 ナポリタンの頭は最後に発した一音を反射的に繰り返しながら、その胴体と別れを告げた。


 世直し断頭台は、ナポリタンの胴体に、先程文字を綴った和紙を落とした。


『天誅』


 その2文字を押し付けると、ナポリタンは闇夜の中へその身を投じていった。




 ――ミヤビが目覚めると、その傍らにはナポリタンの首が置かれていた。


「うわぁ……悪趣味ぃー」


 だが、ミヤビは動じることなく生首を回収する。

 そして無線を開き、作戦本部へ連絡を入れた。


「こちらミヤビ。世直し断頭台には逃げられ、ナポリタンの護衛も失敗しました。

 救護班の要請します」


『なにぃ!?貴様はぁそれでも元対神課の管理官かっ!だいたいなぁ……』


「すみませーん。電波悪いみたいなので、一旦通信を終了します」


『おい、まてっ!まだ話は……』


 容赦なく無線機をぶち切りしたミヤビは、懐から煙草を1本取り出した。

 口に加え、ライターで火をつける。

 最初の一服は深く、肺に馴染むようにじっくりと吸い込んだ。



「ふぅー……」


 心地よい緊張感と疲労感を久々に味わったミヤビには何処か満足感があった。

 肌に触れた秋を感じさせる夜風もまた、彼女をリラックスさせる要因だった。


「あっ……神異使うの忘れてた。

 ……ま、いっか」


 彼女は惚けた様な顔して、また煙草の煙を深く吸い込んだ。

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