第14話 コーナーで差をつけろ
23……22……21……。
踊り場に表記された数字は確実に数を減らしていく。
だが常にケンの殺意に晒され続ける脅威に、イクミは極度の精神疲労を患っていた。
平常時の彼女でさえ息が絶え絶えになる距離を、バットコンディションで駆け下りるのはまさに狂気の沙汰だった。
ヒトナリの安否確認と、己の生存。
たった2つの強い意志のみがイクミの肉体を動かしていた。
だが疲れを知らない怪物は今なお彼女の命に手を掛けようとしている。
「ハァハァハァハァ……!」
彼女の踵は靴擦れを起こし、ソックスに血が滲んでいる。痛みを感じる余裕も無い。気だるく重くなる脚に疑問を持つが、答えに辿り着かない。
理由は明白かつ単純なのに、解答を出すことが決して出来ない。
肉体も脳も限界を超え、気力だけが彼女の歩を進めていた。
「あぐっ……!」
だがその気力も底を着いてしまった。
前のめりに力なく倒れた彼女は、必死に身体を起こそうとする。
しかし何をどう頑張っても力が入らないのだ。
今まで蓄積された疲労感を一身に受けた彼女は、まさにまな板の鯉であった。
視界に映る『13F』の記号が惨たらしく脳裏に刻まれる。
あと13階、されど13階。
イクミは悔しさに唇を噛む。
歯は乾燥した薄皮を破り、肉に到達する。痛々しく滲む血液でさえ苛立ちを覚えた。
諦めと後悔の念に押しつぶされながら、何一つ成すことの出来ない自分への戒めの様に、彼女は“死”の裁きに覚悟を決めた。
「女、なかなかこの僕を手こずらせてくれたな」
「はっ……はっ……はっ……」
「顔は上記し、息も絶え絶え、言葉を発することすら出来ない。最後は女って武器を使って誘惑かぁーい?」
んな訳ねぇだろ脳みそピンク野郎。
たった一言の悪態をつくことすら、今のイクミには難しかった。
悪魔の様にニヤけた面が気に食わない。その舐る様な視線が気に食わない。好きにさせている自分が気に食わない。
気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。気に食わない。
「気に食わない」
心に血が滲むほど反芻した言葉は、掠れた音で現界した。
何が変わると言うわけでは無い。
けれどイクミは一矢報いたという自己満足を得ることが出来た。
謎の達成感か、はたまた首に宛てがわれた死神の鎌に気が狂ったのか。
少なくともイクミは高揚していた。
「……最後の一言がそれですか?拍子抜けだなぁ。つまらないなぁ。
でもそれが普通の女か。僕の認めたサナエさんは、命が果てるその時まで死に抗ったと言うのに……。
残念だよっ!!」
今、処刑台に繋がれたイクミの首に、かかと落としという名のギロチンが振り下ろされた。
――だが、彼女の
イクミの目には1人の男が映った。その姿に彼女の瞳は大きく開かれる。
「悪ぃなイクミィ!変態の相手を1人でさせてよォォォ!!」
ヒーローは遅れて現れる。もとい、ヴィランは良い所で邪魔をする。
どちらとも言えない男の名は藤實ヒトナリ。
死んだはずの男の手には、漆黒の刀身が握られていた。
「……クソ遅い」
「まずは生きてることを褒めやがれ」
ヒトナリは右手を柄に、左肩に刀身を食い込ませ、峰でケンの一撃を受けている。
重みに耐えかねた左肩に更に刃が深く突き刺さる
鮮血を吹き出しながらも、ヒトナリはイクミを護ることを止めなかった。
「貴様ァァァァッ!!なぜ邪魔をする!!なぜ生きている!!
30階だぞっ!?100メートルだぞ!?
この
ケンは刀に幾度も蹴りを打ち込む。その度に左肩は刀に傷つけられ出血をする。
彼の足元には、おおよそ人体が流してはいけない
だが、ヒトナリはニヤリと笑った。大胆不敵な笑みをケンにむけていたのだ。
瞳孔はかっ開き、腕には青筋が浮かび上がる。
そして先程まで沈みかけていたヒトナリの体は、徐々にケンを押し返していった。
「あぁそうだァ……!全くその通りだぜぇ……!!俺がァ!!不死身ィヒトナリだァァァァ!!!」
それは対神課内で藤實ヒトナリに付けられたあだ名だった。
どんなに致命の一撃を受けたとしても絶対に生還するこの男は、本当に神異を持たないただの人なのだ。
何も持たないが故に、命に刃が届くその瞬間を感じることが出来る。
ヒトナリの火事場の馬鹿力は、今発揮される。
「だぁらっしゃァァァァァ!!」
ヒトナリ力任せにケンを吹っ飛ばした。
大きな音を立てケンが壁に叩きつけられる。
「打撃は効かなくてもよぉ……内部に浸透する衝撃は流石にしんどいよなぁ!?」
苦しそうに咳き込むケンは、鋭い眼光でヒトナリを睨みつけた。
「ヒィィィィィトォォォォォナァァァァァァァリィィィィィィ!!」
「来いよォ!!最終ラウンドだぜェェェェ!!」
2人の決着は刻一刻と迫っていた。
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