第12話 餃子

 記念パーティは事無く終わり、時計は21時を指していた。

 約束の22時まであと1時間。

 ヒトナリとイクミは、目的地近辺の餃子屋で打ち合わせをしていた。


 彼らの話し合いの傍ら、餃子屋の店主はロボットの様に精密な動きで、大きさ、焼き目、羽の数、その全てが1寸の狂いもない餃子を生成している。

 その業は、そういう神異と言われたら信じてしまうほどだ。


「初めて来たけど上手いな。ここの餃子」


「でっしょー。こーちゃんとアタシのお気に入り。

 たまたま現場が近くて助かったわー。

 あそこのホテルが支給した弁当、正直高級感が溢れすぎてて食べた気しなかったわ!

 なんだよキャビアが入った弁当って!初めての体験だわ!」


「確かに。見た目が良すぎるが故に、箸が止まるな。

 芸術品を切り刻む気分だったよ」


 イクミとヒトナリは餃子を1つ飲み込むと、すぐさま再び皿に箸を伸ばす。ただその動作を熱心に繰り返した。

 店主は横目でちらりと2人を見ると、彼らの箸の進み具合に満足してまた餃子へ向かう。

 己の料理に対する客の姿勢に満足し、微笑むその姿はまさにプロフェッショナルを体現していた。


「で、どうするんだ。

 素直にインターホンを押して中に入れてもらうか?」


「うーん……。思ったんだけど、アタシたちが春夏冬ケンを狙ってるんじゃなくて、って考えるのはどう?」


「考えたくないんだが、情報が筒抜けってことか?」


「そうそう。あの場に居た黒服はアタシたち含めて15名でしょ。

 わざわざ1番遠い場所にいたアタシたちを選ぶかなって」


「無作為に選ばれたとしたらおかしくはないだろう。

 第一、アイツは芝居の糧になれば誰でも良いってタイプだ。

 自分の人生に自信があり、自分が底辺だと思う職業には偏見の目を持つタイプ。

 成功したから良いものの、上手くいかずただ他者を妬み恨み犯罪に走る。

 典型的なプライドの高いやつって感じだ。

 彼にとって見下される立場の俺たちは、顔の認識もつかないだろう。

 サングラスもかけてたし」


「だとしてもだよ。いくら無作為と言っても無意識は働く。

 ほら、アタシたちだって無意識に最短で道を曲がろうとするでしょ?

 人とか、物とか外的要因が加われば話は別だけど、なるべくインコースを攻めたがる」


「人によりけりじゃないのか?」


「他に例えが思いつかなかったの!

 でも絶対に無意識は支配できない。

 あの位置から私たちを選ぶ可能性は限りなく低かった。

 それなのに、春夏冬ケンはアタシたちを選んだ。

 ご丁寧に理由まで付けてね。

 あれが咄嗟に出る嘘だったら、俳優は転職だね。

 外的要因も一応あるよ。アタシが女だってこと。

 警備員はアタシ以外男だったし、性別が違うだけで目を引くでしょう?」


 イクミは話が終わると、餃子をまた1つ口に放り込んだ。


「じゃあそれが事実だとして、俺たちを売ったのは誰だ?」


「うーん、と言ってもキッペイさんがアタシたちを無理矢理ねじ込んだらしいし。アタシたちを売るにしても、情報が足りないんじゃないの?」


「じゃあ、?」


 ヒトナリはリスのように餃子を頬張るイクミに、真剣な眼差し向けながら質問した。

 イクミは咀嚼止めない。


「ほれってぇ!?」


「うわっ汚ぇ!!」


 驚きに食べ物を含んだまま喋ったイクミは、口内の餃子を涎と共にヒトナリへぶっかける。

 ヒトナリの顔には刻みネギとニンニクの欠片が付着した。


「食ってから喋れ!行儀悪いぞ!」


「……ゴクンッ!ごめん!驚いて……って臭ッ!?ニンニク臭ッ!ヒトナリちょっと離れて」


「お前のせいじゃい!!」


 餃子屋の店主は急な客の怒鳴り声に思わず顔をしかめる。

 客席を見ると、自分の作った餃子の残骸がテーブル中に散らばっていた。

 プロフェッショナル故に彼は客にもマナーを求める。

 彼の目にはそのテーブル席がまるで戦地の様に思えた。

 我慢ならない。流石に看過できない。

 ガラの悪いスーツの男女2人組だろうが知ったことじゃない。

 手に肉切り包丁を携えたまま、店主は戦地に赴いた。


「お前たち、ここは神聖な餃子屋だぞ!俺の領域を汚す奴はどんな立場の人間であれ許さ……臭ァ!!ニンニク臭ァ!!」


「アンタもかいっ!!」


 ヒトナリから放たれる激臭は、店主であっても耐え難いものだったのだ。

 美味さある所に激臭あり。ふんだんに使われたニンニクはもはやある種の狂気だった。


「こ、こんなに臭いとは……我ながら驚きだよ」


「いや、アンタの作った料理だからねっ!?」


 店主の心は怒りを通り越し、においに対する敬愛へ変わっていた。

 自分の生み出す料理はこうも臭かったのか。人の心さえ、意図も簡単に動かしてしまうのか、と。


「君のおかげで私はまたひとつ餃子の高みへ登ることが出来た。ありがとう」


「親父、気にしないでよ。アタシはここの餃子に世話になってんだ。

 ちょっとした……お返しサ」


「そこのアホに感謝はいいから、早くタオル持ってきてくれないかなぁ!?」


 作戦開始まで残り20分。

 ヒトナリの体は未だ臭みの取れないままでいた。

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