第11話 偽巧派俳優

『本日はお足元の悪い中、春夏冬ケン活動20周年記念パーティへ起こし下さり、大変ありがとうございます』


 絢爛なパーティ会場にアナウンスが響く。

 会場には50人は居るだろうか。男性はフォーマルなスーツ。女性は色とりどりのドレスを召し、歓談に花を咲かせていた。

 華やかな中心地とは打って変わって、出入口前や会場の全体が見渡せる隅の方には、黒服の人間たちが気を張っている。外側の人々のら仕事は、このパーティを無事に終わらせることだ。


「はー。着るならドレスが良かった。テンション上がんねー」


「潜入捜査じゃねぇんだ。諦めろ」


 ヒトナリとイクミもまだ、外側の人間であった。

 しかし彼らの本来の目的は他の外側たちとは違う。

 主催である春夏冬ケンの本性を引きずり出すこと。言わばこのパーティの悪役を担っているのである。


 会場の明かりが絞られ薄暗くなる。人々は一瞬戸惑うが、すぐに壇上に焦点を合わせた。

 彼らの視線を集めた壇上にスポットライトが当たる。

 荘厳な音楽が生演奏で奏でられ、上手から堂々とした歩き姿で1人の男が現れた。

 男はスポットライトの中心で立ち止まり、舞台上から会場を一瞥いちべつし、その口を開いた。



「皆さん、今宵はお集まり頂き誠にありがとうございます。

 ご存知だとは思いますが、改めて。

 本日はこの僕、春夏冬ケン活動20周年記念パーティへようこそお越しくださいました!」


 彼の挨拶と共に会場から拍手が飛び交う。

 火花の散るようなその激しさに、ヒトナリは思わず顔をしかめた。


「別段興味の無い有名人のパーティほど、この世でつまらんものは無いな」


「アタシ結構好きだよ。春夏冬ケンの顔。

 性格は……あー、実は女性にコンプレックスを抱いてるタイプとか?」


「顔がいいんだからモテるんじゃないのか?女性にコンプレックスも何もないだろう。……いや、そう言えばカツヤ班長、元上司が言ってたっけな。

 女の勘はよく当たるって」


「なにそれ。

 ま、顔が良くてもそれなりに苦労するんじゃないの。

 モテすぎるっていうのもさ、心身削っちゃうみたいな?」


「俺ァ、そこまで人に好かれたこと無いから分からんね」


「え、何、ヒトナリ羨ましいの?」


「んなわけあるかアホ」


 イクミはヒトナリの顔をニヤつきながら覗き込む。

 ヒトナリは彼女の瞳から逃げる様に顔を逸らした。


「おや?おやおやおやー?天下のヒトナリさんも一端のモテたい願望がおありですのぉ?」


「いやぁー?モテたいなんてこれっぽちも思っていませんがぁ?」


「図星ですことぉー?その中学生男子みたいな照れ隠し。

 モテたいって言ってる様なものですことよぉ?

 でもぉアタシきになりますぅ。ヒトナリさんの女性遍歴ィー。

 んーと……はっ!未だに過去の女引き摺ってるとか!?」


「……ッ!!」


 ヒトナリはイクミの言葉に言い返すことが出来なかった。

 過去の女性を引きずっている。この一言こそ、彼の図星だったのだ。

 人はこうも的確に心の一部を踏み抜かれると反論出来ないのか。

 ヒトナリは言い返そうとするも言葉が出ない。

 最後には諦めて押し黙ってしまった。女の勘は馬鹿に出来ない。


「いや、ホントごめん。撃ち抜くつもりは無かった」


「……いーよ。事実だ。気にしちゃいない」


「あー……元カノさんは?」


「結婚してガキこさえて離婚」


 イクミは思わず頭を抱えた。こうも人の地雷を撃ち抜く才能が自分にあるとは。

 そう言えば、鬼一ハジメの時もだいぶ彼を怒らせてしまった。

 今後は言葉を選ばなければ、と一人イクミは心の中で反省する。


「……とまぁ、長々と話しましたが最後に一つだけ。

 英雄アキレスvs怪物てけてけで共演させて頂いた、松島サナエさんが先日亡くなりました。大変残念に思います。

 勝手ながら、この場で追悼の意を捧げさせて頂きます」


 壇上のケンの話題は、先程まで笑みを浮かべていた参加者の表情に影を与える。

 皆各々目を瞑り、胸に手を当て松島サナエその人を心の中で思い浮かべた。

 ただ2人を覗いて。


『ダウト』


 ヒトナリとイクミの声が重なる。

 ダウト。言葉の意味通り、ケンは嘘をついていると共に指摘したのだ。

 彼らの位置からケンの表情は読めない。だが、言葉に含まれる嘘には確信があった。


「イクミ、分かるか?」


「うん。あからさますぎ。ていうか騙されてる人たちアホすぎ」


「言ってやるな。優良健康一般人にゃ分からないぜ。

 アイツ挑発してやがる。それに命のやり取りを望んでやがる。

 戦いに身を投じてる奴にだけ分かるが、殺気を向けやがった。

 本当にただのアクション俳優かよ。

 ま、残念ながら証拠にはならないけどなァ……!」


「でもサナエさん殺しの自白をしたみたいなものでしょう?目的は?」


「さぁな……ただ、今まで出てこなかった死体が今回はでたんだ。

 何かしらのメッセージを含ませてるのが妥当だろう」


 ケンが追悼を終えると、大味な芝居みたいに目元を手で覆い隠した。


「……はっー。すみません。彼女の素晴らしい芝居を思い出し涙が。

 彼女を喪ったことは、日本の映画界における大損失だ。

 僕はこの映画が彼女との初めての共演でしたが、もう二度と共に作品を作り上げることが出来ないという事実を受け止めきれません」


 彼の涙に釣られ、会場はすすり泣く声まで響き始めた。

 会場の湿度が増していく一方、反比例してイクミとヒトナリの心は乾いていく。


「茶番だね」


「それに付き合うのも仕事のうちなんだろう」


 ケンは改めて真剣な眼差しを参加者に向けた後、言葉を紡いだ。


「さて、湿っぽくなり過ぎましたね。彼女、サナエさんも皆さんの涙は望んでいないでしょう。

 では、サナエさんの弔いも兼ねて盛大にやりましょう!

 皆さん、今宵は楽しんでいってくださいね!!」


 再び会場は拍手の嵐に包まれる。先程までのお通夜ムードがまるで嘘の様だ。

 人の、まして俳優の仕事を担う人間の言葉にこれほどまでの効力があるのか。

 ヒトナリは疑問に思った。


「イクミ、春夏冬ケンは神異は使えないはずだよな」


「資料を見る限りはね」


「異様じゃないか?」


「何が?」


「あいつの言葉だよ。ギャラリーが一喜一憂しやがる。何ともない在り来りな言葉にだぞ。

 おかしくないか?」


「……言葉に宿る神異ってこと?」


「可能性は考えておいた方がいい。

 囚われすぎても動けないけどな。

 ただ俺の勘違いの可能性もある。

 俺は神異が使えないからよ。変に憶測を立てる癖がある」


「頭には入れとく。

 ……で、アタシたちはどうこの場を支配しようか」


 2人は改めて会場に目を配る。

 広いワンフロアで構成されたパーティ会場。

 出入口は1つ。

 化粧室はフロア外にあるため、1度出入口を通る必要がある。

 そして、護衛は2人を抜かして15人。


「一般人に危害は加えられない。

 奴が1人になる場面を作り出すしかないな」


「なら、考えがある……ちょっと待って。

 春夏冬ケンがこっちに来てるっ!」


「感ずかれたか?」


「まだ分からない」


 彼らの心配を他所にケンはずんずんと2人の方へ向かってくる。

 それも満面の笑みを浮かべて。

 恐ろしい程に毒気の無いその顔は、逆に威圧感を放っていた。

 彼は途中でウェイターからグラスを2つ受け取り、イクミとヒトナリの前に立った。


「楽しんでいますか?」


「あー……勘違いされていらっしゃるかと思いますので、述べさせて頂きますが、我々は警備の者です。

 楽しみたいのは山々なんですが、現在進行形で仕事をしている身でして」


 話しかけられたイクミは、ケンの大きさに思わず萎縮する。

 155cmのイクミに対し、ケンは190cm近くも身長がある。その差約45cm。

 頭2つ分は違うであろう男がにこやかに放つ威圧感にイクミが圧倒されるのは仕方の無いことだった。


「分かっています。ちょっとした冗談です。

 ただ、こちらをじっと見ている様で気になったので。

 つい話しかけてしまいました」


「あの春夏冬ケン様にお声をかけて頂けるなんてホント恐縮でふわー!おほほほほ!」


 イクミの動揺は、挙動不審かつ支離滅裂な口調となって表れる。

 額に汗はかいてないものの、彼女の背中はびっしょりと一面が水分で覆われていた。


「すみません。春夏冬さん、我々も仕事中ですので。どうかお戯れはお控えください。

 この会場にいる全ての人々の命を守らなければならないのです。

 ご理解を」


 一方、ヒトナリはとても冷静だった。

 その目はケンの特徴を捉える。

 ガタイの良さに基づいた筋肉量。重心の位置。視線。

 それらは確実な情報としてヒトナリの脳に記憶されていく。


「ははは、上司の方でしょうか。大変失礼致しました。

 ただ、ですので。

 お気を悪くさせたい訳ではありません。

 芝居、言わば人の職業を真似る仕事でもありますから。

 本職の方の雰囲気や経験談を知ることが、深みのある芝居に繋がると考えてましてお力添えを頂きたかったのです」


「なら、また別日にお願いします。

 一応我々の仕事もアポイントメントが必要でして」


 ヒトナリは懐から“かふぇ・テラス”と記された名刺を取り出しケンに渡した。


「春夏冬さんほどの方からの依頼であれば、こちらにも箔が付きます。

 何卒ご贔屓に」


「いやいや、私なんてまだまだ。

 そうだ、僕の名刺も。……どうぞ。何かとこれからご縁がありそうなので」


 ケンとヒトナリはお互いの名刺を交換する。

 それはまるで、真剣を持った武士が決闘前に行う挨拶だった。

 現代では考えられないほど緊迫感のある一連のやり取りを終えると、ケンは笑顔でまたパーティの中心に戻って行った。


「ふぅー。バレたかと思った。

 まさかアタシたちに取材の依頼を仕様だなんて、肝が冷えたわー

 」


「イクミ」


「何?狼狽えてるアタシの姿が間抜けだって?自分でも分かってますよーだ!」


「違うわ。ほら、見てみろ」


 ヒトナリは受け取った名刺をイクミに手渡す。

 表側ただの名刺。だが裏側には手書きの文字でこう書かれていた。


『22時。パーティの終わりに』


 その文字の下には恐らく春夏冬ケンの暮らす建物であろう住所が記載されていた。


「野郎から貰って嬉しくないプレゼント。ベスト10に入るな」


「コンプレックスから男に走ったのかも」


「勘弁してくれよ。俺にそのケは無ェんだ」


「でもチャンスでしょ。部外者を巻き込まないし、このホテルに迷惑もかけない。

 良い誘いだと思うけど?」


「どの道乗るしか無いか。

 お前が肝を冷やした意味もあったな」


「正直、グイッと来られるのにアタシ弱いんだよね」


 春夏冬ケンの意図を読むことは出来ないが、彼らにとってまたと無いこのチャンスを活かす以外の選択肢は用意されていなかった。


「奴はおそらく、名刺の裏をイクミに見せることも想定している。

 普段男の夜の誘いは断るんだが……今回ばかりは乗ってやろうぜ」


「春夏冬ケンの行動は自信の裏返しとも見て取れる。

 アイツ、やっぱり神異使えるのかな?」


「さぁな。だが奴の弱点なら分かった」


「ホントに?」


 イクミは怪訝そうな顔をヒトナリに向けた。

 ヒトナリは得意げな表情で彼女に応える。


「左踵だよ。本人は隠しているようだが、若干引き摺ってる。

 鼠にでも噛まれたのかもな……」


 ヒトナリは口角をニヤリと上げ、パーティの中心で和気藹々わきあいあいとするケンを睨みつけた。

 その眼光は鋭く、まさに獲物を狙う肉食獣の眼だった。

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