第10話 死人
3人がカフェ・てらすに戻ると、彼らを待ち望んでいたようにコウタロウはコーヒーを用意して待っていた。
落ち着く香りが室内に漂う反面、コウタロウの顔は焦っている。
「イクミくん、ヒトナリくんおかえり。……そしてキッペイ、君はどうしてこうも勝手な行動をとるんだい?
君の用意周到すぎるお膳立てはありがたいが、この一件明らかに警備の範疇を超えている。
僕たちに後ろ盾は無いんだ。下手をすれば捕まってしもうんだぞ!」
「そう怒るなよコウタロウ。たまたまタイミングがあっただけなんだ。
下手に警察内でチームを作るより、信頼出来る民間の手を借りた方が早い。
それだけの話だろう。それに、殺されたのは常連さんの娘だって?
なら尚更解決したいだろう」
「そういう問題じゃあないだろう!僕には彼らを守る義務がある。
神異使いでもない相手に、民間は手を出せない。悔しいが、どれだけ親しくしている人間が不幸にあったとしても、こちらが制裁を加えることは出来ないんだ!
それに、今回は俳優の春夏冬ケンだろう。有名人であり社会的地位も持っている。
民間がでしゃばることで、余計に事がややこしくなるかもしれないんだぞ」
「資料は渡しただろうが!
春夏冬ケン。32歳。離婚歴1回。
デビューしたのは5歳CM『けんけんぱのケンちゃん』のフレーズで人気になる。
キャリアを着実に積上げ、動ける俳優として映画にも多数出演。
彼の最新出演作品は【英雄アキレスvsてけてけ】」
「そんなことはネットで調べたら分かるだろ!
もっとこっちが安心して働ける情報をくれと言ってるんだ!」
「確証ならあるさ。
あの男に過去半年以内に関わった女性が次々に行方不明になっている。
死体も証拠も出ていない。だが、怪しさ満点だろう?」
「確証が無いことに巻き込むんじゃない!!」
コウタロウとキッペイの言い争いは、その対称的な見た目も相まって、狸と狐が喧嘩をしている様だ。
年甲斐もなく躍起になる彼らを横目に、ヒトナリはイクミに質問した。
「イクミ、あの2人知り合いだったのか」
「うん。キッペイさんならうちの常連だよ。
たまに来て、ふらっと居なくなる人だけど。
アタシはこーちゃんの昔馴染みだって思ってたけど、ヒトナリとも知り合いなんだ」
「……あの人は俺の元上司だ。刑事やってた頃によく面倒見てもらったんだ。
殉職したけどな」
「殉職って……死んだってこと?」
「ああ、業務中に轢き逃げって聞いた。
その頃の俺はもう対神課に居たからな。結局、葬儀に行くことも出来なかった。
正直、まだ幽霊を見てる気分だ」
ヒトナリはコーヒーに口をつけキッペイを見つめる。
死人に口あり。文字通りの矛盾に、持ちたくも無い元上司への猜疑心をヒトナリは抱えていた。
「あー!もう分かった分かった!コウタロウ分かったから!なんも隠さないから!!」
「最初からそうしろ。君の今の階級がなんだろうと、僕の前では正直でいろ。
それに僕と君の間で化かしあった所で意味は無いだろう?
お互い腹のうちは20年前にさらけ出しているんだ」
「おいおい、何年経った思ってんだ。お互いジジイだぜ?
そんなアオハルじみた説教すんなよ。
……まぁ、いい。お前らがこの依頼を受けるに値する理由を作ってやる。
最近、イクサバが春夏冬ケンに接触した」
イクサバ。
その言葉が耳に入った途端、ヒトナリはガタリと音を立て勢いよく立ち上がった。
「津田さん、イクサバが関わってるんですか?」
「ほれみろコウタロウ。若人の食い付きはいいぜ?
俺たちが机上で言い合いするより、こういうのは勢いに任せた方がいいんだよ」
軽口を叩くキッペイを今一度力強い視線でコウタロウが睨んだ。
「……冗談だからそんなら怖い顔すんな。
春夏冬ケンにイクサバが接触しているのは事実だがな。
過去の写真が今になって役立つとは」
キッペイの取り出した写真には春夏冬ケンと黒いコートに特徴的な髪型をした、あからさまに怪しい人物が写っている。
「この時はこいつがイクサバだなんて思ってなかったがな。
ヒトナリは……借りしかないよなぁコイツには」
「確かにイクサバです。
ていうか、なんで俺の退職理由まで知ってるんすか?
しかもイクサバが関わってることまで……。津田さん、アンタ一体……!?」
「言ってなかったけ?俺さ、今、“公安”のワンコロなんだわ」
公安。所謂、警察においての諜報機関だ。
彼らの仕事もまた神異によってより必要性を増した。
対神課に流される仕事の数々は、公安の活躍があってこそ得られる任務でもある。
情報が物を言う現代戦において、警察にとって彼らは最重要の人材だ。
「おっと、一般人になったヒトナリには言っちゃいけないんだった。いっけねー」
「死を偽装してまで生きてることにも納得しましたよ。この目で遺体を見るまで、殉職の2文字は信用するもんじゃないですね。
……コウタロウさん。俺はイクサバを追いたい。
彼に関わる人間は善であれ、悪であれ辿るための糸になる。
自分でもワガママだと思う、この依頼を受けさせて欲しい。お願いします」
ヒトナリは恥じる様子もなく、地面に頭を付ける。
潔い土下座は、全てを失った男の覚悟の表れだった。
「ヒトナリくん。気持ちは分かるが……」
「あー、なんかー、アタシもーこの依頼受けたくなってきたなぁー!」
ヒトナリの頭上で芝居がかった声が聞こえる。
ヒトナリがそちらを見ると、ニヤついたイクミと目が合った。
「いいでしょこーちゃん。アタシだってキミさんを傷つけられてイライラしてたんだ。
たまには健康優良一般市民として警察を手助けしようよ。
借りも作れるしね。そうでしょ、キッペイさん?」
「女の子に借りを作んのは良くないんだけどねぇ。
返す時に3倍の労力が必要なんだ。
……コウタロウ。彼らはこう言っているがどうする?」
コウタロウは大きくため息を付いたあと、諦めたように困った様な笑顔を見せて言った。
「……分かった。依頼は受けよう。
ただし、2人とも民間のルールは守るんだよ。
絶対に自分から仕掛けてはダメだ。正当防衛にのみ、我々には攻撃権が与えられている。
法に触れたら僕でも庇いきれないからね。
そして、ヒトナリくん。君の目的がなんであれ、まだ話さなくてもいい。
ただ一つだけ。僕たちは君の仲間だ。仲間の死の辛さは君もよく分かるだろう?
生き急ぐんじゃないぞ」
「……了解です」
「よし。それじゃあ会場の間取りを確認するぞ。この資料が……」
そしてキッペイが主体となり、打ち合わせが行われてく。
春夏冬ケンの情報。会場の状態、そして神異使いの能力。
今できる磐石の状態を作りあげ、彼らは当日を、迎えるのであった。
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