第9話 事件はいつだって日常野の中にある
西日が照らす午後、ヒトナリは花壇を手入れしていた。
雑草を見つけては抜き、見つけては抜くを繰り返す。綺麗に整えられた土に、種を植える。
一連の動作が終わるとヒトナリは重い腰をゆっくり上げ、叫んだ。
「なんで庭いじりしてんだ俺ェ!!」
「ヒトナリうるさい」
隣で手際よく枝の選別をしているイクミは、片手間にヒトナリに返答した。
「まさか、最初の仕事が花壇の手入れとは思わなかった」
「地域密着型だからね。常連さんの手伝いも仕事のうち」
「お前は不満とかないのか」
「最初はあったよ。アタシ人嫌いだったし。だから気に食わない奴らしばき倒して生きてたんだもん。
でもこーちゃんと出会って、カフェ・てらすで働いて、自分が人嫌いになってるつもりだったって気づいた。
本人には言い難いけど、アタシは感謝してる。
だから頼まれた仕事はちゃんとこなす。それがアタシの出来る感謝の伝え方だから。
で、ヒトナリは警察で何があったの?アタシも話したんだから教えてよ」
手を動かしながらも、イクミの言葉は真剣だった。
ヒトナリは花壇に向き直り、土を見つめる。そして思い立った様に話し始めた。
「……俺は仲間を皆殺しにした濡れ衣を着せられた。別に警察は恨んじゃいない。
恨んでいるのは、俺の仲間を殺したイクサバって男だ。そいつに復讐するのが目的だ。
カフェ・てらすの依頼が大口と聞いて嬉しかったよ。大きな事件には絶対に奴の影があるからな」
「否定する訳じゃないけど、復讐なんて意味ないよ。
警察と違って、民間に
アンタが捕まって、ハイ終わり。決して何も残らないし、残せない。
それに、イクサバって名前はアタシも最近聞いたけど、現状関わらない事が1番の得策だよ。ヤツに関してはろくな話を聞かない」
「関係ないね。俺ァ、スッキリしたいだけだ。その後は捕まろうが、どうしようがどうでもいい」
「勘弁して。ウチの看板に泥が付くのは嫌だから、その時は全力で止める」
「やれるもんならやってみろ」
静かな緊張感が2人の間を渦巻き始める。だが、その空気に割って入る人物がいた。
「あっついわねぇー。2人ともごめんなさいねぇ。お茶用意したから一旦休憩しましょー!」
歳を召した白髪の女性が、火花を散らしている2人に声を掛けたのだ。
盆に乗せた2つのグラスは結露を纏い、陽の光をテラテラと反射している。
「キミさん、ありがとう!ほら、ヒトナリも頭下げろっ!」
「お前よりは礼儀正しいわ!
正直この暑さには参っていたんで、助かりました」
松島キミはカフェ・てらすの常連客だ。御歳60歳。芸能界で活躍する1人娘がいる初老の女性である。
年齢よりも若々しいその姿は自家製ハーブティによるものだろう。
「キミさん、今年は綺麗なラベンダーが咲いたね」
「そーなのよ!イクミちゃんが去年植えてくれたおかげね。今年も頼んじゃってホント悪いわー」
「いいよいいよ。アタシ、キミさん
「そう言われると私も花が高いわー。ところでヒトナリさんはいつからカフェ・てらすで働き始めたのかしら?」
「今日からです。俺ににとっては、松島さんが初めての客ですかね」
「んまぁー嬉しい!ヒトナリさん、良かったらさっき採れたウチのキュウリ食べてって!味噌、持ってくるから」
「ああ、いえお構いなく」
ヒトナリの静止を聞かずにキミは颯爽と家の中に駆け込んでいった。
苦笑いを彼女の背に向けながら、ヒトナリは何処か暖かい気持ちを感じていた。
「……イクミ、確かに悪くない仕事だな」
「んふふ、でしょ。
……さっきの話だけど、復讐はヒトナリの自由だけど、アタシは止めるよ。もう仕事仲間だからね。
仲間を止めるのは仲間の役割だからね」
「そうか……。俺も止められないように上手くやるさ」
2人は共に悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら、夏の風にその身を委ねていた。
適度に披露した身体にはそれがとても心地好く、穏やかな時が過ぎていく。
「イヤァァァァァ!!」
だが、一つの悲鳴がつんざいた。室内の中から聞こえた声を誰が発したのかは明確だった。
松島キミその人の声と理解するや否や、ヒトナリとイクミは室内へ飛び込んだ。
「キミさんっ!!」
イクミが声のする部屋に駆け込むと、そこにはテレビ画面に釘付けになるキミの姿があった。
彼女は腰の力が抜け、床にへたり混んでいる。イクミは駆け寄り、彼女の肩を抱いた。
一方、ヒトナリは現状を理解するために、キミの見ているテレビ画面に意識を向ける。
そこには、キミが悲鳴を上げるに値する事実が無機質にまとめられていた。
『本日午後、女優の“松島サナエ”さんが遺体となって発見されました。外傷があることから、警察は殺害の可能性もあるとの見解を出しています。
松島さんは先日公開された映画【英雄アキレスvs怪物てけてけ】に主演女優として出演しており……』
「松島サナエって、もしかして松島さんの……」
「そんなぁ!嘘よこんなの嘘ぉ!」
「キミさん、落ち着いて!!」
「嫌よぉぉぉぉ!サナエぇぇぇ!!」
夏の雲を切り裂く雷鳴の様に、悲劇は突然舞い降りる。
後に“松島サナエ殺人事件”と語られるこの出来事が、ヒトナリとイクミが挑む最初の神異犯罪だった。
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