第6話 カフェ・てらす

 ヒトナリは都心のオフィス街から少し離れた場所にある住宅街へ足を運んでいた。

 彼の目的地はミヤビから紹介された新たな職場、“てらす”なる民間警備会社だが、一向にそれらしい建物は見えない。


「結構歩いたな……。いくら喫茶店も兼業しているとは言え、こんな住宅街に民間警備会社が居を建てるか?

 ただでさえ、民間は競争が激しいのにここまで離れた場所だと事件どころか、太客なんざいないだろ?」


 ヒトナリの言うとおり神異を扱う民間警備会社は仕事の競争率が高い。

 元来、神異犯罪というものは民間の神異使いが各々に自警団を組織し対処していた。その発展系として神異専門の民間警備会社の設立したことが始まりである。

 しかし民間に対抗する様に事件の規模も、能力の強さも拡大した。

 戦争が化学を発展させると言うが、神異もまた然りだったのだ。


 10年前ら国家存続に関わる大規模なテロが決行された。

 首謀者は数千人の神異使いを従え、国家転覆を掲げていた。あまつさえその抜き身の刀身は、国の喉元数ミリまで差し迫ってしまったのだ。

 だが、その刃は文字通り寸での所で砕かれた。

 テロリスト壊滅の背景には“雷霆らいてい”と呼ばれる1人の神異使いが携わっていたとされる。

 が、彼に対しての情報は既に抹消されていて、今や夢物語として神異使いの間で語られるだけだった。

 唯一確かな情報は、対神課設立まで漕ぎ着けた男が雷霆だということ。それ以外の情報は警察の資料からも抹消されている。

 ただ雷霆という名だけがまことしやかに語られており、その存在の全容はブラックボックスに包まれてるのが現状なのだ。


 そして対神課が公的に組織されて以降、神異による事件の8割は警察が取締っている。結果、多くの民間がお家取り潰しとなった。今や残っている会社は大手民間警備会社に絞られる。

 それによって大量にリストラされた民間の神異使いが、神異犯罪に身を堕とす事件も多発している。


 結論を言うと、神異専門の民間警備会社と言うのはなのだ。


「果たして趣味か道楽か。ミヤビさんのことは勿論信頼してるんだがなんかパッとしないんだよなぁ。特にカフェと兼業ってのがなぁ……っと、ここか」


 住所に記載された場所は、普通の一軒家に両脇を挟まれたこじんまりとした建物だった。

 外壁は温かみのある木片を模しており、その佇まいは和風な印象を受ける。そして携えた看板には大きく“カフェ・てらす”と記されていた。

 分かりやすい。確かにこの場所だ。

 この場所なのだが、ヒトナリにひとつの疑問が生まれた。


なのにテラス席無ェじゃねぇかァァァァァ!!」


 そう、カフェテラスなのにテラス席が無いのだ。住宅街であるが故に、屋外スペースを取れない飲食店が彼の目の前に建っていた。


「いくらミヤビさんが斡旋してくれた職場だって言われてもよォ……。

 流石にを名乗っておいて、テラス席が無いのはしっくり来ないなァ。

 俺ァ、そういうとこキッチリしてない店は良くないと思うなァ!!」


 ヒトナリは独自の理論に紐付けられた謎の拘りを口にする。傍から見れば、ままならない事に文句を垂れる悪質なクレーマーだった。


 すると、突如カフェ・てらすの扉が勢いよく開かれた。

 ヒトナリが扉に視線を向けると、そこにはメイド服の少女がいた。

 和風な建物に相反した洋風なメイド服。それも伝統的な物でなく、ミニスカートで露出の多い、所謂コスプレ風メイド服だった。

 突然の奇妙な装いをした少女の出現に、ヒトナリは驚きを隠せなかった。


「あー、えーと……ここの従業員さん?俺は今日から……」


「……しゃ」


「え、何だって?」


 ヒトナリは謎の少女に聞き返す。

 が、彼女の返答は言葉ではなくクラウチングスタートのモーションだった。

 ヒトナリが『待て』と言うには時すでに遅く、気付けば彼女の両足が目前に迫っていた。


「不審者制裁キィーックゥ!!」


「グボエェェェェ!!」


 それはとても見事なドロップキックだった。

 速度の乗った打点の高い一撃は、ヒトナリの顔面を捉え、その勢いのまま後方へ吹っ飛ばした。

 もしも観客が居たのなら、このプロレスラー顔負けの1発にスタンディングオベーション間違い無しだろう。


「痛ってェなァ!?手前ェ何すんだ!!」


「店の前でぶつくさ独りで喋って……アンタ何が目的!?先に言っとくけどウチの売り上げは雀の涙だから!!」


「いや聞いてねェ!?目的って……口より脚が出る暴力メイドさんにゃ話すことは無いね!」


「はぁー?アンタ、マジで何なの!?不審者のクセに正論語んなっ!!あー、もうキレた。完全にキレた。絶対泣かす。完膚なきまでに泣かす」


「おーおーやってみろよ!返り討ちにしてやらァ!!」


「はいはい、2人ともそこまで」


 身構えた2人に割って入る様に、1人の男性が声を掛けた。声の主は割腹の良い中年の男性だった。


「こーちゃん、でも!」


「イクミくん、その人は君が求めてやまないウチの新人さんだよ」


「は?」


 イクミは驚きに目を見開く。そのままヒトナリへ視線を移すと、彼は中年男性の意見に同調するかの如く、うんうんと頷いた。


藤實ふじみのヒトナリくんだね」


「はっ!神異犯罪特別対策課E班。藤實ヒトナリ警部補です。……っと、まぁ形式的に名乗らせて貰いましたが、既に退職済みなんで敬称はいりません」


「よろしくね。僕の名前は“正汽まさきコウタロウ”。しがない中年男性ですが、一応カフェ・てらすの店長マスターです。こっちの女の子は……」


「イクミ。北虎イクミ。歳は16。あと、蹴ったことは謝らないから」


「手前ェなぁ!?」


「イクミくんっ!……はぁ、すまないね。年頃だから多めに見てやってくれないかい?」


「まぁ……所詮子供のやらかしですからね。気にしませんよ」


「むっかー!やっぱアンタ嫌い」


「安心しろよ。俺もガキは嫌いだ」


「君たちねぇ……。とりあえず中で話そうか」


 ヒトナリとイクミはお互いに睨み合いながらも、カフェ・てらすの中に入っていった。


「ミヤビくん、君の目的がなんであれ僕はヒトナリくんの味方でいるつもりだよ」


 コウタロウは青い空に語りかけ、扉に【本日休業】と書かれたプレートを掲げた。

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