第7話 民間

 カフェ・てらすの室内は外装と同じく、和を基調とした落ち着きのあるものだった。

 座敷席が3つ。残りはカウンター席が5つ。少人数を対象とした店内はより客同士が密接になれる空間を生み出していた。


「さて、まずはカフェ・てらすの仕事内容を説明しようかな。

 聞いていると思うけど、ここは喫茶店と警備会社を兼業してるんだ。基本は喫茶店の営業。ヒトナリくんにも仕事、覚えてもらうからね。接客の経験は?」


「まぁ、学生の頃バイトで少し。この仏頂面のせいで向いてませんでしたが」


「ははは、まぁここは常連さんが殆どだからね。徐々になれこう」


「はい。分かりました」


 コウタロウはキッチンでコーヒーを入れる。挽いた豆にお湯が注がれ、蒸らされると深みのある濃厚な香りが漂い始めた。


「で、本業の警備なんだけど、依頼はひと月に多くて3回。少なくとも1回は必ず大口の仕事が入る。ありがたいことにね」


「……失礼ですが、大手民間の様な知名度が無いのに大口の依頼が入るんですか?

 ずっと疑問だったんだ。鬼一ハジメ様誘拐未遂事件も、警察を使わないとしても、もっと有名な民間に依頼するはずだ。名が売れてることが信頼へかわるんだから」


「いちいち癇に障る言い方するなぁ。ヒトナリさんよぉ」


「俺は事実を言ったまでだ。正直、どんな神異だろうが北虎が強そうには見えないな」


 ヒトナリとイクミの視線はバチリバチリと火花を放つ。

 一触即発の空気に割って入る様に、コウタロウはコーヒーを2人の目の前に出した。


「はいはいはいはい、一旦落ち着いて。

 ヒトナリくんの言うことはごもっとも。対神課が作られてから民間は不遇の時代を歩んでいる。

 だからこそしているんだ。……需要を重要視って……ふふふっ!」


「こーちゃん何も面白くないから」


「初めて北虎と意見が一致した」


「ご、ごめんよイクミくん!って、ヒトナリくんも酷くないかい!?僕たち出会ってまだ数十分だよ?」


「上の不手際の処理は得意なので」


「ギャグ言っただけで不手際扱いっ!?そんなぁ……」


「こーちゃん話を続けて」


 コウタロウはイクミの冷ややかな態度に若干傷付いた。当のイクミはそんなことお構い無しに、コーヒーに砂糖をドバドバ入れている。


「あぁ、せっかく美味しいコーヒー入れたのに……。

 そうだ、需要の話だね。

 カフェ・てらすの特徴は職員が少ないこと。それこそヒトナリくんが来る前は2人だった。この利点はなんだと思う?」


「……“情報漏洩を防ぐ”ですか」


「そう。関わる人間が多いほど防壁は脆くなってしまう。人の口に戸は立てられない。

 だからこそカフェ・てらすは特に機密情報を持つ人々に愛用されているんだ。

 先の1件もミチアケ氏から直々に依頼されてね。ただ、警察には情報が流れてしまった様だが」


「仮にも国家組織ですから。ただ、ニュースにもなっていない。一般人は知らないわけだ」


「そこはイクミくんの実力あってこそだねぇ。彼女、民間じゃ腕が立つことで有名でね。元々、好き勝手暴れていたところを僕のカリスマでスカウトしたんだ」


「それダウト。こーちゃんがしつこかったからアタシが折れたの。警察沙汰にされなかっただけ感謝して」


「はい、その節は本当に」


「はははは、その時は僕も自分の年齢を自覚したね。こんなんでも僕、若い頃はブイブイ……」


「こーちゃん、言いから続き」


「たまには僕に格好つけさせてくれよぉ」


 コウタロウは情けない声を出してイクミを諭そうとする。

 イクミは聞く耳持たずと言ったところだ。


「……えー、ヒトナリくん。何が言いたいかと言うと、カフェ・てらすにくる依頼は、超重要かつハードな物だということ。

 さらに言えば、警察の様に後ろ盾は無い。

 失敗をすると我々は勿論、国単位で損害が発生してしまう。

 そうそう、人が少ない理由はもう1つあってね。実力不足と重圧を耐え抜くメンタル。その2つを兼ね備えた人材は居なくてね。

 ヒトナリ君、君は着いてこれるかい」


 ヒトナリはコウタロウの瞳に、ミヤビと似た印象を受けた。

 彼はこの目を知っている。それは内に一つの信念を、何かしらの覚悟を決めた人物にのみ宿る光を見出していた。


「勿論。その為に警察を追われても戦いに身を投じてるんですから」


「良い答えだ。では、我々は君を歓迎しよう。ようこそ、“カフェ・てらす”へ」


「足引っ張ったら許さないから。でも、アタシの蹴りで伸びなかったことは認めてやる」


 コウタロウの言葉で、ヒトナリは初めて出されたコーヒーに口をつけた。舌触りの良い温度。そして苦味の中にあるほのかな甘味は、この店を象徴している。

 ヒトナリは一気に喉へ、コーヒーを流し込んだ。コウタロウとイクミ、そしてカフェ・てらすを受け入れるように。


「ご馳走様です。美味いコーヒーだ」


「お粗末さまでした。……君がこの味を気に入ってくれた所で早速仕事だ。

 イクミくん、ヒトナリくん行けるかい」


「了解」


「合点承知!」


 イクミとヒトナリは力強く返事する。

 コウタロウはそんな2人に朗らかな笑顔を向けた。

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