第4話 審問会
ヒトナリが警察病院で目を覚ました翌日、早くも彼は上層部から呼び出された。
メエコの口添えもあって、彼は特に動じること無くそれに了承した。
そしてヒトナリは現在進行形で審問会へ向かっている。その道すがら、ヒトナリの心はそう息苦しくは無かった。
強いて言えば、癒えきってない傷が体に響いて足取りが重いくらいだ。
「フゥー……」
ヒトナリは一度大きく吐き、目の前の扉に向き合う。そして模範的かつ正確に4回ノックを行った。
『入りたまえ』
「はっ!」
入室の許可を得た後、ヒトナリは扉を開き歩みを進める。室内の雰囲気は白塗りの廊下とは打って変り黒く染められてある。青白いライトも相待って厳格な雰囲気を出すその場所を、一言で表現するなら“敵地”そのものだ。事実ヒトナリは、不本意ながら裁かれる立場にあるのだ。
「失礼します!神異犯罪特別対策課E班、不死實ヒトナリ警部補。ただいま参りました」
ヒトナリはキレの良い所作で敬礼をした。彼の目の前に長机があり、2人の人物が座っている。初老の男性と、歳若い女性の2人だ。少し離れた場所に記録官が無言で机に向かっていた。
「楽にしろ」
「はっ!」
初老の男性の声でヒトナリは手を後ろに組み、足を肩幅に開いた。
初老の男性こと、
「さて、ヒトナリ警部補。まずは意識が無事回復したことを喜ばせて頂こう。無事で良かった」
「はっ!恐悦至極であります」
心にも無いことを、とヒトナリは心の中で悪態をつく。無意識に寄ってしまった眉間の
「さて、本題に移ろう。君は君の仲間であるE班のメンバー、出井カツヤ、小寺カナ、近松ライトの3人を惨殺した。間違いわないかね?」
ヒトナリはこの審問会に意味が無いことを見出していた。ヒトナリが何を言おうと最終的に下される判決が覆されることは無い。彼は自らの置かれた状況を受け入れるが如く、非常に挑発的な意味合いを含む声音で返答した。
「間違いしかありませんね。俺ァ、誰も殺してない」
立場に相応しくない『俺』という一人称に、警視長は明らかに苛立ちを覚える。
「巫山戯ているのかね?ヒトナリ警部補。事実君に殺されそうになったとの連絡が確保班には届いているんだが」
「神異の可能性って選択肢を見落としてるんですか?警視長殿は神異は使えましたっけ?俺ァ使えないですけど、そこの可能性を捨てるほど阿呆じゃない。現場に出なくなると錆び付くってのはジンクスじゃないみたいですね」
「……使えないがそれがどうと言うのだ。私が君の立場なら、その様な発言は恥ずかしくてとても出来ないぞ。悔いて事実を受け入れることが己にも、警察全体にとっても最善と考えるがね。君は反省することさえ出来ないのか?」
「自分が反省すべき点は仲間を救えなかったことです。やってないことを反省するほど、警視長殿ほど真面目じゃないんですよね」
「いい加減にしろっ!!貴様の処遇は今確定した。3人の優秀な人間を殺した事による殺人罪だ!!牢獄で一生悔いるか、処刑されるかの2択だ!!」
「それを決めるのは警視長殿じゃないでしょうが。自分の役割を間違えるくらい錆びておられるので?」
「舐めてるのか貴様ァ!!」
久住は怒鳴り声を上げ、力強く机を叩いた。ヒトナリにとってその行為は脅しにもならないが、記録官だけは驚き体を震わせた後、咳払いを1つしてまた筆記作業に移行した。
今のワンシーンも記録するのだろうか。ヒトナリは久住の怒りより、議事録の内容に惹かれていた。
「まぁまぁ久住警視長。ヒトナリ警部補が殺した確証も無いのは事実でしょう?それに彼の言うことも一理ありますよ。神異が日本に誕生して10数年、未だ神異の限界は測りかねていない。声音を変える能力者が居たとしてもおかしくは無いですし。もとより、その程度は能力が無くても音声編集で簡単に作り出せますしね。そうそう、機械音声が歌う音楽がネットで流行ってるらしいですよ?」
「ミヤビ警視!君の意見は今聞いとらん!だいたい君もE班の監督官だったんだぞ!?部下の失態について思う所は無いのかね?」
「久住警視長、お言葉ですが部下は仕事を全うしただけです。その過程にイレギュラーがあっただけのこと。上司が部下を信用しないのも可笑しな話ですしね。
私の責任は部下を死なせてしまったこと。本来話し合うべきはヒトナリ警部補の失態解明ではなく、“イクサバ”についてではないでしょうか?
イクサバの名はひと月ほど前に起こった“鬼一ハジメ襲撃事件”の際も上がっています。事件自体はとある民間警備会社が対処しましたが、我々警察からすれば、その場に居合わせることが出来ない自体、テロに屈しています。私としてはコチラの対処を優先したい」
「俺もそう思います」
「黙れ!!今は……だいたいこの私が過密な日程を割いてまでこの場にいるんだぞ!敬意は無いのかね!?」
「私としてもこの場を早く切り上げて、山の様に積まれた書類に向き合いたい所存です。ですので件の本質に対する抜本的解決を提示させて頂いたのですがお気に召されなかった様ですね。誠に申し訳ございません。
久住警視長は防衛大臣とゴルフのご予定したよね。対神課への予算増減、ご期待しています」
久住の威圧的な態度にもミヤビは変わらぬ慈愛の笑みを浮かべ対応する。対照的に久住は茹で蛸の様に赤みを増していき、最終的に黙り込んでしまった。数秒の沈黙の後、ミヤビがヒトナリに声をかけた。
「では私から。ヒトナリ警部補、よく聞いてください」
「はっ!」
「結論から言いますと既に貴方の処遇は決定しています。貴方は懲戒解雇です。今日付けで対神課……いえ警察を辞めることになります」
「……わ、分かりました?」
懲戒解雇という言葉にヒトナリは疑問を抱いた。不満故の疑問ではない。懲戒解雇で済んだことが疑問だった。彼の思う落とし所は、それこそ先程、久住が言っていた豚箱行きか、最悪極刑だった。だからこそ懲戒解雇の4文字は彼の意表を付く処罰だった。
「フンッ!上も考えが甘いんだ……!!」
「久住警視長、彼の処遇は警視総監直々の決定ですが……何か問題でも?」
「……私は何も言っとらん!」
「ならこちらから言うことは特にありません。ヒトナリ警部補は審問会後、荷物を纏めエントランスへ来てください。私から個人的に話があります。ヒトナリ警部補、何か質問は?」
「いえ、ありません」
「分かりました。では、以上で審問会を終わります。皆さんお疲れ様でした」
ミヤビのその言葉で審問会は幕を閉じたのだった。
ヒトナリは言われた通り、E班部署に戻って荷物を整理を始めた。恐ろしい程静かな部屋は、ヒトナリの整理する荷物の音だけが虚しく響く。
ヒトナリには時折、仲間の騒々しい声が聞こえる様な気がした。事実、聞こえた気がしただけだった。彼らの物は既に処分されており、目に映る伽藍堂の部屋が現実だ。カツヤ班長の家族写真、冬道先輩の漫画本の山、カナのメイク道具、ライトの持ってくる鹿肉。今となっては全てが無くてはならない物だったのだ。
在って当然の価値は、失った時に真価を発揮する。当たり前の事だがとても大切な事にヒトナリは今更気付いた。
後悔先に立たず。その言葉が脳裏によぎった時、ヒトナリの頬を一筋の涙が伝った。
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