第2話 対神課

 神異かむいが日本国民に顕現してから程なくして、神異を使った異能力による犯罪、通称“神異犯罪”が蔓延する。それに伴い警察も新たな犯罪対策課を設立した。


 その名も“神異犯罪特別対策課かむいはんざいとくべつたいさくか”。

 それは神異によって引き起こされる様々な事件を優先して対応する特殊部隊。隊員は神異使いたちで構成されており、AからEの班に分けられている。一班15人程でで形成されている精鋭部隊だ。

 だからこそ個々の実力が求められており、神異の力は一般的な神異使いよりも格段に秀でている。警察内の所属としてはSATやSITと同じ日本の実行部隊として機能している。

 他の実行部隊に組み込まれる事も多いため、仕事の幅が広いことが特徴だ。


 そして今回の事件もSATと共同で行われる犯罪集団への強襲であった。

 その内容は、“彼誰かわたれ灯火ともしび”と海外商人による武器取引。その現場を抑え、一斉検挙すること。現場を摘発すれば大元まで近付ける警察の維新を掛けた事件でもあった。


 彼誰の灯火の大元は、神異による生活格差を訴え、神異そのものが自然の摂理から逸脱していると説く、使から産み出された宗教だ。

 その活動は公演会や本の出版による布教が主で、武力行使によるテロリズム的活動は御法度だった。


 しかし、その宗教も一枚岩では無かった。御法度である武力に頼る派閥が目立ち始めたのだ。それこそが彼誰の灯火。

 彼らは本来の教義と矛盾して、神異使いさえも利用する。

 それ程までになし得たいこととは一体何なのか。警察さえその全容は知らない。

 唯一彼らが掴んでいる情報は、“イクサバ様”なる者が彼誰の灯火の背後にいること。その存在が示唆されて以降、彼らは過激さを増し、その活動は歯止めを知らない。

 そして今回の一件もまた、彼誰の灯火によるものだった。


 ――時は3日前に遡る。

 日本に神異の恩恵がもたらされたことにより、外国に日本政府は強気な姿勢に出た。海外軍の撤退はもちろん、交易の優劣、その全てに至るまで日本優位に国交は執り行われた。

 それ程までに神異の力は未知数かつ恐ろしいものと認知されているのだ。

 例に違わず、これまで国内で派閥を利かせていた海外マフィアも一斉に取り締まられた。彼らからすれば商売を奪われ、面子にも泥を塗られの二重苦だ。彼誰の灯火はそこに上手く取り入ったのだろう。

 元来神異を持たない彼らは武装手段の容易な獲得。商いの場を日本で得た海外マフィア。双方の利害関係は正にウィン・ウィン。警察からすればこの上なく厄介だろう。


 件の取引先は都心から少し離れた郊外の倉庫。警察はその情報を元に対神課E班を派遣した。


 E班最大の特徴は少数精鋭だ。班の人数を5人に絞ることで得た機動力は、迅速な対処が求められる現場で重宝されている。そのため各班員の個人技もずば抜けている。

 班長である出井でいカツヤを筆頭に、小寺おでらカナ、近松ちかまつライト、冬道とうどうメヱコの癖のある3人に加え、極めつけは対神課唯一の藤實ふじみのヒトナリで構成されている。

 この問題児たちを警察が従えられているのは、一重にカツヤの人望と言わざるをえない。またE班の監督官である若くして優秀な野々村ののむらミヤビの手腕も相まって上層部は目を瞑らざるをえない。

 他班からの評価はE班を文字ってEND終わってる。しかし実力は折り紙付き故E班は成り立っているのだ。


 だからこそ重要なこの一件にE班は抜擢された。

 突入時刻数分前だというのに彼らはいつも通りマイペースに過ごしている。


「今回ばかりは失敗の2文字は許されんぞ。気ィ引き締めていけよ」


「カツヤ班長ー。さっさと終わらせてライトくんとご飯行きたいでーす」


「自分もカナの意見に賛成でーす。2人きりでご飯行きたいでーす」


「アホか!E班は仕事終わった後は皆で飲み行くんだよ!あと職場でイチャつくのは感化できんぞ!……だが二次会からは許す!早めに一次会は終えるから我慢しろ」


「やったー!カツヤ班長最高です!」


「私カツヤ班長の元で働けて幸せです!」


「厳禁な奴らめ。お前らはまだ良いとして、冬道のヤツめ。アイツ、面倒臭い任務と分かるとすぐ逃げやがって!自由人にも程があるぞ」


「メヱコはガチで重要な任務じゃないと参加しないんですよねー。実際アイツが煙たがる任務って簡単なのばっかじゃないですか。今回もイツモノなんじゃないですか?」


 ライトはスーツのネクタイを弄りながら片手間に答えた。


「だといいが、慢心は良くない。どの任務も成功させなきゃ意味無いからな。

 俺たちE班が求められるのは人望でも情でもない。成果だ。成果を上げ続けているから上層部も目を瞑ってくれてんだぞ」


「でもメヱコさん、この任務のバックれる理由すごい曖昧だったなー。嘘でも理由だけはちゃんとしてたのに。それに目的が“対象の殺害”でしょ?

 確保して情報をゲロって貰ったほうがこっちとしては得なのに。なんかキナ臭くなーい?」


 カナの一言にカツヤは頭を抱える。


「こういう時、女の勘って何故か当たるんだよな。くわばらくわばら」


「カツヤ班長、奥さんとなんかありました?」


「こういうとこで察しの良さを発揮するじゃあない!

 ……まぁ、いい。アイツには俺が追って話を伺おう。

 ヒトナリは大丈夫か?」


 カツヤは1人集中しているヒトナリに気をかける。


「カツヤ班長、俺はいつも通りですよ。

 俺の通り名、班長もご存知でしょ?」


「フッ、気合十分だな!期待してるぞ。

 ……お前ら、あと数分で突入時刻だ。未だ対象の動きは無い。

 だが、やることは変わらん。仮に俺たちがダメでもSATが制圧してくれる。信じて動くぞ。」


 突入時刻は数十秒前。現場はより緊迫感を増す。E班は日常から非日常へスイッチが切り替わる。それに伴い、明らかにその目付きも変化する。

 標的に対する躊躇無い殺意。任務遂行のためなら殺しも厭わない対神課としての側面が浮き彫りになっていた。


「突入まで……3、2、1。行くぞお前ら!!神異降身かむいこうじん!!」


 カツヤの手に大きなついが現れる。カツヤはその槌をシャッターに向かって思い切り打ち込んだ。


「“破滅破壊破局槌インパクト・ハンマー”ァ!!暴れろお前らっ!」


 彼の怒号に他の班員は身構える。鬼が出るか蛇が出るか、彼らの緊張感は極限に達していた。

 しかし、実態は違った。たった1人。そう、たった1人だったのだ。たった1人の男が彼らを待ち構えていた。

 男はとても目立つ緑の髪に、金色の瞳を有していた。


「いやぁー警察は優秀ですねぇ。見事見事。まさかこんなに早くボクに辿り着くとは」


「お前は?」


 意表を突かれながらも、カツヤは冷静に向き合う。相手の存在、力量さは未だ彼には測れていない。


「ワタシの名前は……そうだな、対神課にはこの名前が分かりやすいか。

 改めまして。ワタシはイクサバ。

 残念でしたね。取引相手はもう居ませんよ」


「お前を捕まえれば全て済む。そういうことだろ」


 イクサバはカツヤの言葉にクツクツと笑う。その態度に真意は見えない。


「その通り、ワタシを捕まえれば大団円。ワタシ自身、掴まれば全てを話すつもりさ。

 無論、捕まえることが出来れば、ね」


 その言葉共にイクサバの空気が変わった。攻撃性を含んだ意図にカツヤ身構える。


「尚更お前を捕まえたくなったぜ!」


 カツヤの覇気に当てられ、ライトとカナは神異を呼び覚ます。ライトの手には長銃、カナの手には細身の剣が握られている。


「カツヤ班長!アイツやばいです!」


「んなこたぁ分かってんだよライトォ!しっかり動き止めとけよ!」


「人使い荒いなぁ!そもそもコイツゥ殺る覚悟無いと当たる気しないでぇすぅ!!」


 ライトはイクサバの頭部を標準に収め長銃を放つ。標的を捉えた弾丸は鋭い軌道を描き頭部を目指す。イクサバへ到達するまでわずか0.5秒。

 だがイクサバに焦りは無い。彼は足で地面を小突く。

 その瞬間、石細工の盾がイクサバを守るように迫り上がった。

 弾丸は石盾に着弾し、弾け飛んだ。

 虚しいくらい簡単に単純にライトの攻撃は防がれてしまった。


「いくら殺傷力が高くても当たらなきゃ意味は無い。可哀想に、その銃も弾も無用の長物に成り下がってしまうね」


「それが神異なら話は変わるってもんでしょう!」


 そう、ライトの言葉通り彼の武器はによるものなのだ。それは発射される弾丸も例外ではない。

 砕け散った欠片は個々にエネルギーを放ち、互いを繋ぎ合わせ立体を形成する。


 それは1匹の大きな熊へ変貌した。弾丸1つの体積からはおおよそ考えられない物質のことわりを凌駕したその力は、まさに神異だ。


「これはなかなか……マズイね」


 弾丸から産まれた熊は、力の限り強靭な腕を振り払った。

 その攻撃はなんと石盾ごとイクサバを吹き飛ばしたのだ。


「“無駄嫌い《アンチ・》の《ウェイスト・》狩人ライフル”……。狩人は命を無駄にしない。

 その血肉からの骨髄の一滴に至るまで僕は更に無駄を嫌う。しつこく、陰湿的なまでに。それこそ細胞の一片まで。

 この銃は狩った生き物を再現し従える。究極に完全な無駄の排除。僕にとっての至高の狩りだ……!」


「ライトくんの力は相変わらず凄いねぇ。先週の狩りデート、マジでツマンナカッタけど、行った甲斐があったね!!」


「えっ!?つまんなかったのぅー?ウソォ?」


「あーあ、デートプラン意外は最高なんだけどなぁ」


「2人とも集中しろ……


 ヒトナリが前に出て刀に手をかける。彼の発言に虚偽は無かった。

 砂埃が晴れた先には無傷のイクサバが立っていた。


「熊に殴られたのは初めての経験だ。感謝するよ」


「うっそぉ!?アンタ本当に人間!?」


「動きを止めるなライト!カナ、ヒトナリ行くぞ!」


「了解!」


「合点承知!!」


 間髪入れず、カツヤはありえない速度でイクサバを強襲する。


 破滅破壊破局槌。その名の通り、全てを破壊することの出来る武器だ。それは概念さえも当てはまってしまう。


「重力、筋力上限破壊!リミッター解除ォォ!!」


 カツヤは己の重力と筋力の上限を破壊した。

 今のカツヤにとって自身の感じる重みは無に等しく、筋力を底上げして得た運動能力は天井知らずだ。

 それはの肉体から繰り出されるを可能とする。矛盾どころか意味を理解することさえ脳が拒む難儀なこの力を、カツヤは『何となく』で扱っている。つまり本人さえ理解出来ていないのだ。

 しかし、その攻撃一つ一つが必殺の一撃であることに違いは無い。事実彼の攻撃をその身に受けて立っていた者は、今に至るまで存在していないのだ。


 だが次の瞬間、カツヤは驚愕することになる。。目の前の標的イクサバの視線は、カツヤの動きを捉えていた。彼の口元は余裕を象徴する様に笑みを浮かべていた。


「なにっ!?」


「熊には驚いたけど、来ると分かる攻撃を避けない阿呆はいないだろう?」


「普通は避けられないもんなんだがなっ!!」


 目にも止まらぬカツヤの連撃を、イクサバは意図も容易く躱し続ける。徐々にカツヤの額を汗が流れ始める。決して彼のスタミナ不足では無い。イクサバの存在に動揺が隠せないのだ。

 そして、それを見逃す程イクサバも甘くは無かった。


「ここかな?」


 イクサバ手にはいつの間にか剣が握られていた。カツヤがそれに気付くには一足遅い。その剣は、既にカツヤの鼻先3寸まで迫っていたのだ。


「“嘘表皮ライアースキン”!!」


 カナがそう唱えると、カツヤが突然破裂する。その衝撃にイクサバは堪らず目を覆った。


「カツヤ班長。私メエコさんみたいに今から有給貰っていいですか?」


「俺もそうしたいのは山々だ。お前の神異の力も無くなったしな……」


 カナの真横には先程破裂したカツヤがいた。

 先程破裂したカツヤはカナの力に身を包まれた表面部分のみ。彼女は対象の外見を模した重さの無い鎧を生み出すことが出来る。また、その鎧が破壊される際、彼女のプログラミング通りに自壊する。先程はバクハツ。その通り小規模な爆発は見事イクサバの視界を奪い、カツヤは休止に一生を得た。


「非常に厄介な神異だ。それ故に脆い」


 イクサバは爆風で身に付いた埃を手で払い、未だ余裕の表情を見せつける。

 カナは対照的に苦虫を噛み潰したような顔をした。


「なぁに?舌戦?私ぃ、興味無い人の話は耳に入らないんですけどー!」


「なら独り言をお聞きください。いくら神異と言っても強すぎる力にはリスクが伴う。『残機』と先程おっしゃいましたが、恐らく身を守ることが出来るのは1度だけ。

 貴女を含め、残り3人には残機が付与されている。つまるところ、1度で全員分剥がしてしまえば問題ないでしょう?」


「……ッ!?来るぞ!!」


 ヒトナリが刀を抜こうとした瞬間、E班全員の身体は鋭く思い石の槍に貫かれた。四方八方から逃げ場の無く埋め尽くす槍に3人分の嘘表皮が破られる。

 一瞬にして鎧から放出された3人は、死のイメージに額から多量の汗を流す。

 だが唯一汗を流していない者がいた。

 否、流せないのだ。


 ――出井カツヤはその身を無数の槍に貫かれ既に死亡していた。


「カツヤ班長ぉぉぉ!!」


「ライト!待てっ!」


 ライトは悲痛の叫びを上げカツヤに駆け寄った。


「おっと余所見厳禁」


「しっかりしてくださぁぉぺっ!!」


 残忍なイクサバが背を向けたライトの隙を逃すはずが無かった。手に持つ剣から放たれた一閃は鋭い斬撃となり、ライトの上顎と下顎を分断する。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「カナ!イクサバから目を逸らすなっ!!」


「もう遅い」


 イクサバの宣言通り、ヒトナリの真横で叫び声を上げていたカナは半身が消失していた。痛々しい断面図がヒトナリの目に飛び込む。ヒトナリの脳は現実に拒絶反応を起こし始めた。頭痛と吐き気。そして暗転仕掛ける視界。


「ふっざけんなぁァァ!!」


 割れかけた己の心を立ち直らせるため、ヒトナリは懐から取り出した切れ味の鋭いナイフを、自らの太腿に思い切り突き刺した。


「がぁぁぁぁ!!痛ってぇぇぇ!!」


「おーやおやおや、貴方なかなかイカれてますねぇ」


「ハッ!手前にだけは言われたか無いね!畜生ぉ!クソ痛てぇなぁ!!この痛みィ……仲間の分まで晴らさせて貰うぜェ……!!」


 突き刺さったナイフを足の甲から引き抜くいた。ヒトナリの呼吸が荒く乱れる反面、徐々に彼の意識はハッキリとし始める。


「さぁ、最後はイカれた貴方ですが……そうだ。貴方にはこの事件の首謀者になってもらおう」


「……何考えてんだ手前ェ」


 イクサバの思い付きに、ヒトナリは朦朧とした思考が追いつかなかった。だが、その思い付きが己の破滅へと繋がることだけは辛うじて理解する。


「させるかっ!!」


 ヒトナリは腰に携えた刀を引き抜いた。

 刃物の擦れる音が鈍く響く。彼に所作や作法を気にする余裕はもは存在していなかった。

 中段に刀を構え、思い切り踏み込む。踏ん張りを効かせた足が大量に出血する。だが、お構い無しにヒトナリの身体は止まらない。

 むしろ加速する。どんどん加速する。

 速度と力、そして全神経を集中し、イクサバへ刀を振り下ろした。


「そんなに動くと死んじゃいますよ?」


 だが、そんな渾身の一刀も軽く避けられてしまう。


「ハァハァハァ……俺は死なねェ。だから安心して斬られろよォ」


「息切れと台詞合致していない。故に根拠が微塵も感じられない。無謀と勇気は天と地ほどの差がある。

 貴方の行動は無謀そのものだ」


「今の俺はぁ、手前ェにィ、一太刀浴びせねぇと死ねないしィ、死なねェんだよォォ!!」


「度を越した思い込みは身を滅ばしますよ?せっかくワタシは貴方を生かそうとしているのに」


「うるせェ!!」


 イクサバは赤子の手を捻る様にヒトナリの攻撃を躱す。ヒトナリも本来の実力を発揮することは出来ていなかった。

 仲間の死、イクサバの強さ。

 一度に受け入れるにはあまりにも酷な現実ばかりだった。


「貴方を見ていると、その、言い難いのですが、とても痛々しく恥ずかしい。ワタシの心も痛みます。

 なので、終わりにしましょう?」


 瞬間、ヒトナリの顎に強烈な衝撃が走る。イクサバの蹴りが、ヒトナリの顎を見事に捉えたのだ。

 完璧な角度に突き刺さった一撃は、彼の脳に昏倒の2文字を刻む。

 ブラックアウトする視界は、無情にもヒトナリの“一矢報いる”という思いを塗り潰した。





 ……どれくらいの時間が経っただろうか。ヒトナリは未だ自分が夢の中に居るように思う。だが徐々に五感が覚醒し始めている事に気づき始めた。


 彼の腕に暖かい感触が生まれる。知覚と同時に瞼が自由になり、手に持つモノの正体を確かめようと、彼の脳は瞳から信号を受け取ろうとした。


「……は?」


 頭。それも見知った顔が3つ。

 ヒトナリの腕の中には出井カツヤ、小寺カナ、近松ライトの三つ首がしっかりと眠っていたのだ。


「うおわぁ!?」


 思わず3人の頭部を落としてしまう。ヒトナリは冷静さを取り戻すために、彼らの死を受け入れようと脳をフル回転させる。

 その過程で巻き戻る彼の記憶はイクサバとの対峙、仲間の死、そして無力な自分。

 一つ一つが鋭く胸を貫く。だがその痛みがヒトナリに1を与えた。


「皆の頭部に損傷が無い……?」


 ヒトナリは周りを見渡す。彼の周囲を結界の様にスーツ姿の首の無い遺体が取り囲んでいた。どの遺体も首先から多量に流血し、遺体の置かれたコンクリートの床は赤く染っている。また首と頭部の断面は、名刀で切られた様に寸分の凹凸も無い。


「ライトは兎も角、カツヤ班長とカナの死体は明らかに損傷があったはずだ……。イクサバの力か?いや、今考えるべきはそこじゃあない。この状況が示す俺の未来は何だ?」


 目の前に転がる首3つ。見事な断面。損傷の無い遺体。ヒトナリはこの情報が指し示す先にあるを見出してしまった。


「俺の刀は!?」


 腰に身に付けた刀を鞘から抜く。その刃には多量の血液がベッタリと付着していた。

 ヒトナリは今回の事件において一度もイクサバに攻撃を当てることは叶わなかった。それなのに刀には血が付着している。

 ヒトナリの最悪な仮説は、血塗られた刀を最後のピースにへと変わった。


「この状況……3人を俺が殺したみたいじゃないか?」


 不味い。何とかしなくては。ヒトナリが動き出そうとした時、彼を眩い光が包んだ。


「い、いたぞ!?居たぞぉぉお!!藤稔ヒトナリ確保ォォォォ!!」


「待て!俺は何も!!」


「何もだぁ!?さっきなぁ、お仲間さんから連絡が入ったんだよ!『ヒトナリに殺される』ってなぁ!?しらばっくれんじゃねぇ!!」


「そんな訳……!!」


「汚ぇ口を開くんじゃねぇ!!仲間殺しが!!」


「がぁっ!?」


 複数人の警官に囲まれたヒトナリは限度を知らない暴力に屈する他無かった。ヒトナリ自身その行為を無意識に受け入れていた。仲間も救えず、あまつさえ敵に利用されてしまった事実。今のヒトナリには罰でも無ければ生きていける気がしなかった。

 肉体は悲鳴を上げるが、痛みと認識することさえヒトナリには難しかった。

 警官の罵倒が聞こえる。だが、何を言っているのか頭に入らない。自分が欲している時ほど、罪に見合った罰は降り注がれないないのか、とヒトナリは自嘲気味に笑みを浮かべた。


「な、ななな何笑ってんだヒトナリィ!!」


「がはっ!?……ふふははは、俺はよぉ、もういいんだ……好きにしてくれよ」


「あ?そうか、そうなんだな!?望み通りぶっ殺してやるよぉ!」


「ぐおぇっ!」


 鋭い蹴りがヒトナリの鳩尾みぞおちを捉える。痛みは無いが、無理矢理引き起こされる拒否反応によって血液が混ざった吐瀉物を地面にぶちまけた。


「先輩ダメですって!本当に死んじゃいます!!」


「離せぇ!」


「これ以上は先輩が捕まっちゃいますよ!」


 名も知らない警官のやり取りが辛うじて耳に入る。しかしヒトナリには全てどうでも良かった。自分が生かされるのか、殺されるのか。その権利さえ既に彼は手放した。

 身体が疲弊し、脳が信号を止め、意識が落ちるその時まで、ヒトナリは背負いきれない罪に後悔を重ねることしか出来なかった。

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