100年後の魔王

なめなめ

第1話 100年後の魔王

 とある古城……地上を蹂躙じゅうりんせし闇の魔王であるワシは、恐るべき強さを誇る若き勇者と世界の命運を賭けた戦いを繰り広げていた!!


「ダークネスバースト!!」

「アルティメットブレイク!!」


 互いにボロボロになるまで傷ついても、全力で必殺技を駆使くししての激突。それはこれまでの魔族と人間達との戦いを終わらせるに相応しい戦いだった!


「はぁ、はぁ……ゆ、勇者よ、何故そこまでしてワシにあながうのだ?」

「ぜぇ、ぜぇ………そ、そんなのは決まってる。ひ、人々の平和の……ためだ!!」


 もはや互いにに喋るのも辛い状況。だが、それだけに決着は近い予感はあった。


「フフフ……平和か。そんなつまらぬものは、ワシが支配する闇の世界には必要ないわ! くらえ!ダークネスバースト!!」


 両手から、黒く巨大な魔力の球を放つ!!


「まだだ! 人々の平和を勝ち取るまでオレは負けない!!」


 一方の勇者は己が握る聖剣に光が宿し、その輝きを爆発的に強くする!


「バ、バカなぁ!その剣はまさか!?」


 ワシはヤツの剣から発する光に一瞬怯んだ!


「今だ! 偉大なる精霊達よ。今こそ、ボクにその力を!!」


 勇者の剣はさらに輝きを増す、そして……


「これで終わりだぁぁぁーーーーーー!! アルティメットブレイク!!」

「な、なんだとぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!」


 まぶしいまでに光輝く剣は、容赦なくワシの身に襲いかかる!


 ズブッ!!

 身体の中を何かが通った。


「ごはぁ……」


 口から大量に吐き出した青い血液が、その“何か”を伝って地面にどんどんと流れ落ちる。


「み、見事だ……勇者よ……」


 剣で心臓を貫かれたワシは、勇者を称える言葉を残して意識を失う……はずだった。


「魔王よ、貴方あなたに一つだけ頼みがある!」

「た、頼み……だと? この死に逝くワシに対して……か?」


 フッ、最後の最後に面白いことを言う……


「ああ、そうだ!」

「フハハハ……こ、こので、其方そなたの期待に応えら……れるとは思わんが、まぁいい……言ってみろ」


 冥土めいど土産話みやげばなしにはちょうど良いかも知れんしな……


「いつの日か必ず復活し、また地上を蹂躙してくれ!」

「はぁ!? そ、その言葉、本気か勇者よ!?」


 あまりのことに、思わず失いかけた意識が覚醒かくせいする!


「ま、待て! 其方そなたは地上の勇者ではないのか!? そんな者が、どうして宿敵しゅくてきであるワシにそんな頼みをする!?」


 まったくわからん! この者の真意がまったくわからんぞ!!


「魔王よ……今は、その意味をわからなくてもいい。いや、本当は絶対にわかってもらえない方がいいんだ……」

「な、何を言って……?」

「でも、おそらく……魔王、キミが復活した時には、ボクがそれを頼んだ真意がわかるはずだ……決してわかって欲しくない真意が……ね」


 絞り出すかのように言葉を吐き出す勇者。その様子はある意味で心臓を貫かれているワシよりも苦しそうに見えた。


「……ゴホッ、い、いいだろう。真意はわからぬが、其方の頼み……か、必ず聞き入れよう……」


 ワシはそこで意識を手放した。



 ――――それから100年後、ワシはどうにか復活を果たしていた。


「さぁて、手始めに適当な国か都市でも滅ぼしにいくか……」


 魔力を集中し、大量に人が集まる気配を探る。すると……あったぞ! 南西二〇キロの地点に五〇万程度が集まる都市が!!


「フム……復活の花火を上げるには、ちょうど良い数だな」


 目的地とやるべき行動が決まったワシは、迷うことなく空を飛んでそこへ向かった!


「ハハハーーーー!さぁ喜べ人間どもよ! 今、この瞬間から貴様等へ100年ぶりの恐怖を思い出させてやるぞ!!」


 ワシはこれから先の楽しい未来に歓喜しつつ、気持ち良く青い空を突き進む。


「グフフフ……ここだな?」 


 都市の上空へあっという間に到着すると、さっそく虐殺を開始する……がその前にだ。


「一応、今の人間どもの暮らしぶりくらいは知っておくかな?」


 ほんの好奇心から、人々の様子を上空から覗いてみる。


「フフフ……見えるぞ見えるぞ! 人間どもの希望と平和に満ちた間抜け顔が……顔が……顔……はて?」


 すぐにでも、奴等の希望溢れる顔を絶望の色に塗り替えてやろうと思っていたのだが……


「どういうことだ? ここの人間は何かが、おかしい……」


 違和感を感じたまま、取り敢えずは様子を探りを続ける。


『オラーーー! 殺してやる!!』

『ヒャハハハハーーーー! 金だ!金だぁぁぁーーー!!』

『助けてぇーーーー! 誰か助けてぇーーーー!!』


「な、何だ……この人間どもの殺伐さつばつとしたは有り様は? こんな醜く傷つけ合う者達が本当にあの人間なのか?」


 予想外の光景に戸惑うも『、こういった場所に当たったのか?』と納得し、ワシは何も手を出さずにその場から飛び去った。


「う~む、既に絶望してる者どもを痛ぶってもつまらんしな……」


 初っぱなからケチがついたことで少々気を落としたが、やむを得ず他の人間どもが集まる場所を再び探し始める。


「さてと、人間、人間と……ん、これは街か? 南西に数千程度の反応があるな?」


 規模的には前の都市に比べてずいぶんと劣るが、この際だ。贅沢は言うまい!


 ――――数分後に街の上空へ到着すると、例によって人間どもの様子を探ってみる。


「さぁ、ここならさっきの都市と違って……なに?」


 街の住人達を眺めると、誰も彼もが以上に痩せ細って見えた。


「な、何じゃ、こ奴等は? ちゃんと飯を食っとらんのか?」


 まさかの連続した予想外な現状を疑問に思いながら探ると……


「畑らしきものは見当たるが、どれもこれも荒れ放題……いや違うな。あれは畑を整地するための人手が全く足りておらんのが原因じゃ。その証拠に、周りには老人と小さな子供等の僅かばかりしか確認出来ん」


 ではそうなると、若い世代の人間達はどこへ……?


 ワシはまたもや空からの探索を開始する。すると……


『わーーーー!! やぁーーーー!!』

 ドオオォォォンーーーーーー!! スガアァァァンーーーーーー!!


「ん、あの騒がしい大勢の人間達は一体? 祭でもやっておるのか?」


 だが、よくよく観察してみるとどこかおかしいことに気づき始める。


「もしや……人間同士で戦争をやっておるのか?」


 この光景には多いに驚愕した。何故なら100年前は勇者をはじめ、様々な多種多様な者達が手を取り合って魔王であるワシへ懸命に挑んでいたのだから……


「じゃが、現にヤツ等は人間同士で戦争をしておる。相手は魔族でも魔物でも……ましてや魔王でもないというのに?」


 上空をふよふよ漂いながらこれまでのことを冷静に考えてみるも、明確な答えは出てこなかった。


「何か解せぬな。たかだか100年しか経っていない地上で一体何が起きたというのだ?」


 勇者が平和のためにと言ってワシを倒したが……待てよ? 


「そういえば勇者のヤツ、ワシを倒す時におかしな頼みをしておったな? 確かアレは……」


『いつの日か必ず復活し、また地上を蹂躙してくれ!』


「だったかな? 今思えばかなりおかしな頼みだったような……」


 ワシは今一度考えてみる。しかし、それでも何かがわかることはなかった。


「仕方ない。ちと面倒臭いが調べてみるか」


 そう思って、上空を適当に飛んでいると……


「む、あれは?」


 見つけたのは大量の墓石ぼせきが集まった場所だった。


「墓地か……こんな場所に何かあるとは思えんが……一応調べてみるか」


 ワシは久方ぶりに地上へ降り立つと、何気に墓地の中を歩き回る。


「……ずいぶんと墓石が多いな。まぁそれだけの死人があったということなのか?」


 取り敢えずは軽く見て回るが、どの墓も荒れ放題な状態で放置されていることに気づく。


「何だ何だ? 100年後の人間は墓参りもろくにせんのか?」


 あまりの無残な放ったらかしの状況に、大して興味もない人の信仰をがらにもなく心配してしまった。


「おや? この墓だけはわりと手入れが行き届いて……なるほど、そういうことか」


 墓標を確認すると、そこにはかつての宿敵でる勇者の名前が刻んであった。


「ふむ、やはりヤツでも寿命には逆らえんか……」


 多少は感慨深い気分になるも、特にやることもないのでこの場を立ち去ろうとする……


「む? 墓石の隣にも何かある……石碑か?」


 刻まれた内容を確認すると、どうやらワシを倒して以降から数十年程度の歴史が記されているらしかった。


「ほう、どれどれ……」


 冷やかし半分で読んでみたら、今の人間達の事情が垣間見かいまみえてきた。


「ふむふむ……ここに記された範囲でだが、ワシが倒れた後の人間達は、どうやら自ら滅びの道を歩んでいったらしいな。

 特にワシが倒れたからの三年後がひどい。平和になった世界の覇権を誰が握るかで大国同士の大きな戦争が始まっている」


 ここでふと思い出した。


「そういえば、ここに来る途中でも人間同士の争いを見たが……あれもこういった事情が絡んでのことだったのか?

 だとしたら勇者よ。お前は何のために世界を救おうとしていたんだろうな?」


 あまりにも意味のなかった彼の行動を皮肉気味に揶揄やゆしながらも、石碑の文字を読み進めていく……すると?


「お、この記述は?」


 ワシは最後の一文に目を止める。


『頼む魔王よ、早く復活してくれ。さすれば人類はあなたに立ち向かうために再び一つになれるのだから……』


「なるぼどな。勇者はワシを人類共通の敵として戦わせることで、皆に手を取り合わせることを考えていたか。

 ならばそれは悲しいものだな。敵がいないと仲良く一つにもなれないバカ者達のために、お前はあんなにも必死になっていたのだから……」


 宿敵に与えられた理不尽過ぎる現実。それに対してワシは、心から同情し、涙を流すしかなかった。


「ハハハ……死して尚、この魔王を泣かすとは勇者め。さすがにやりおるわい!」


 どうしようもない世界になっていた100年後の地上。それは最早、滅ぼす価値が何も残っていないただの荒廃こうはいした世界でしかなかった。


「さて……もう、地上ここに用があることはあるまい」


 何もかもに呆れ果てたワシは、宛もなくどこか遠くへ飛び去ることにした……

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