14

 三日間で作戦を練り、二週間の訓練を経て、この日決行することとなった。


 二人一組ツーマンセルを三ユニットつくり、それぞれ別の場所から侵入をはかる。決行時間は夜ではなく、昼間をえらんだ。特区の壁周辺の警備は、侵入者が多い夜間帯に監視の人員を多く配置して、厳重に備えている。一方、昼間の警備は夜の三分の一まで人員を削減していて、監視塔も三棟うち一棟だけしか監視員がいない状態だ。


 侵入経路は昼間でも人目のすくない場所を三ヶ所選んだ。人目がすくないといっても壁外を巡回している警備班がいる。まずそれに対処しなければならない。


 俺と金子はバンの後部座席でウェットスーツを着て待機していた。作戦開始時間はとっくにすぎていたが、連絡はまだない。金子は拳銃の点検を何度も繰り返していた。


「真田。お前ほんとに銃はいらないのか」


「いらない。射撃は下手クソだしな。それに相手は陸軍だぞ。銃撃戦になったら勝てるわけがない」


「そんなのやってみないとわからんだろ」


「やってみなくてもわかるよ」


「お前なあ……あ、そうだ。そういえば今朝連絡があってな。菊池さんだけど無事だったぞ」


「……そうか」


「菊池さんを人質にしてお前を捕まえることもできたろうに。柳葉も重傷でそこまで頭がまわらなかったみたいだな」


「……」


「彼女はウチの東北支部のほうへあずけることになっている。そこまでいけば安全だろう」


「金子……ありがとう」


「今回は逃げなかったぜ」


「え?」


「いや、なんでもない」


 トランシーバーが鳴った。


『カモメよりメダカへ。どうぞ』


 運転席にいる男が答えた。


「こちらメダカ。どうぞ」


『イヌは池を離れた。どうぞ』


「了解。池に向かう」男はトランシーバーを切ると後部座席にすわっている俺と金子のほうへ振り向き、「はじまったようだ」といった。


 陽動部隊が壁のちかくで騒ぎを起こすことになっていた。騒ぎは交通事故でも喧嘩でもなんでもいい。壁外警備の兵士が応援によばれ、持ち場を離れることを狙っていた。どうやらうまくいったようだ。


「ああ。出してくれ」金子がいった。


 バンを走らせ、侵入予定地点へ向かった。特区の外周には高さ八メートルの壁が立ちはだかり、さらに外濠が設けられていた。


 バンを外濠に横づけて停車させ、バンの荷台に積んであったゴムボートを三人で運び、濠に投げ入れた。ゴムボートには伸縮式の梯子が縛りつけてあった。つづけて俺と金子が濠に飛びこむ。


 ゴムボートにつかまりながら泳いで壁の側面に着くと、ナイフで梯子を縛っていた縄を切った。梯子は十メートルまで伸ばすことができたが、重量が二百キロちかくあったため作業は難航した。訓練の成果もあり、なんとか梯子を壁に立てかけることができた。


 ゴムボートにナイフで数ヶ所穴をあけ、濠の底に沈めた。


 梯子を登り、壁の頂上に達する。壁の頂上は丸みを帯びていて不安定だった。俺は壁にしがみつきながら梯子を蹴り倒し、濠のなかへ隠した。バンの運転手はそれを見届けると手を振って、車を発進させた。


 特区のほうへ視線をむける。広大なベルト地帯がみえ、そこに等間隔で監視塔が建っていた。下をみると八メートル下に地面がみえた。死ぬことはないとわかっていても、下をみると恐怖で体中がムズムズした。


「先いくぞ」金子が飛び降りた。練習通りのきれいな五点着地だった。


 俺も意を決して金子のあとにつづいた。俺が着地した瞬間、


 ドゴーン!


 という爆発音が響いた。地雷の上に落ちたかとあせったが、地雷を踏んだのは俺ではなかった。


「真田。あの音は」


「伏せろ」


 俺たちは遮蔽物もなにもない場所でできるだけ身を低くした。


 ジリリリリリリリリリリ……


 警報ベルが鳴り響いた。


 昔、陸軍との合同訓練のときにきいたことがある──センサーにふれたときに鳴るベルの音だ。他の実行部隊がセンサーに触れたか?


 約五十メートル前方にあるパトロール専用道路を陸軍兵士が一人走っていくのを目視した。


 おそらく三ユニットにわけた実行部隊のうちのひとつが地雷を踏んだのだろう。あの兵士は応援によばれたにちがいない。


「どうする、真田。いくか?」


 この先は地雷原だ。だが地雷の埋まっている場所を確認しながら進んでいく余裕はない。


「いましかない。突っ切るぞ」


 地雷原に一歩踏み入れようとしたときだった──力が降ってきた。


 前のめりになっていた金子を引き止めた。


「待て。そこじゃない」


 金子が地雷を踏んで吹き飛ぶ未来がみえていた──しかし未来をみるなんて、いつぶりだろうか。


「金子。俺についてこい。俺が足を置いた場所を歩け。わかったか? 俺が踏んだ場所を踏むんだぞ」


「……ああ、わかった」


 一歩進むごとに未来が降ってきた。こんな頻繁に力が降ってくることははじめてだった。足を踏み出そうとするたびに〈爆死する未来〉と〈なにも起きない未来〉がみえた。


 地雷原をぬけた。しかしまだ安心できない。地雷原の次は対車輌障害物と有刺鉄線でつくられたバリケードだ。有刺鉄線でウェットスーツを破きながらバリケードを乗り越える。


 警報ベルはまだ鳴りつづいていた。


 パトロール専用道路の両側にある金網のフェンスを越え、俺たちは特区の内部に入った。と同時に警報ベルが止んだ。


「金子! 走れ!」


 俺たちは目の前の雑木林へ飛びこみ、身を隠した。

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