11
下品な色に彩られたネオンサイン・ロードは昼よりも夜のほうがあかるく感じられた。通りに立つ夜行性の男女が熱心に客引きをしている。
この通りに濫立する店のひとつにナミがいると金子がおしえてくれたが、俺はまだ半信半疑だった。〈メリーポピンズ〉という店に入り、おしえられた通りに「アゲハ」という名前の女を指名した。
通された席でまっていると、
「ご指名ありがとうございます。アゲハです。前にお店に来てくれたことありました?」露出の多いドレスを着た女がきた。
「いや、この店ははじめてだから」
たしかにミナだった。
「そうなんだ。はじめてなんだ。なにか飲みます?」
「じゃあビールを」俺は動揺していた。
「わたしも飲んでいい?」
俺は頷いた。
ミナは俺に気づいていないようだ。それともわざとそう振る舞っているだけなのか──わからなかった。
ビールが運ばれてきた。
「じゃあ乾杯しよ。かんぱ〜い」
「……乾杯」
俺はビールをいっきに飲み干した。
「わあ、すご〜い。ビールおかわりしますか?」
「ミナ」
「へ?」
「俺だよ、ミナ。わからないのか」
「えっ、なに? ミナってだあれ? わたしの名前はアゲハだよ。アハハ。ねえ、それよりビールおかわりしますか?」
「……」
──この違和感。
「ねえねえ、お客さん。今日はこのあとどうします?」ミナはわざとらしく体を密着させてきた。「します?」
「……なにを?」
「ふふ、もう……」と呆れたようにいったあと、ミナは俺の耳に唇をよせて「セックス」と囁いた。
その言葉をきいた途端、俺の視界は現実味を失い、テレビに映る画面をみているような感覚に陥った。体はフワフワとして、まるで幽体離脱でもしているかのようだった。
「いや、今日はそのつもりじゃないから」
「ふ〜ん、そっか。残念」
さっきから感じていた違和感──ミナはおそらく心が壊れている。そしてそれはたぶん──俺のせいだ。
「やっぱり」
「え?」
「やっぱり、お願いしようかな」
「……あっそう。わかった。ちょっと待っててね」とミナは席を立った。
しばらくすると黒服がやってきて、「お客様。アゲハちゃんとのアフター希望でよろしいでしょうか」といった。
「ああ」
「そうしますと前金で五万円いただくことになります」
俺は五万円を渡しながら黒服にいった。
「なあ。いまの子、精神疾患持ちじゃないのか」
「はい?」
「本人の承諾も得られないような病人に売春行為をさせた場合、させたほうも罰せられるはずだが」
「ああ? なんだテメエ。イチャモンつけにきたのか、コラ!」
俺が警察手帳をみせると黒服は急におとなしくなった。
「あ、いや、その、売春だなんて変なこといわないでくださいよ、刑事さん。ただのアフターですよ。そのあとのことはノータッチです、ウチとしては。はい」
「そうか。じゃ、この五万はなんだ?」
「いえいえ、これは手違いで。お返しします」
俺は黒服の胸ポケットに受けとった五万をねじこんだ。
「俺がここにきたことはだれにもいうな。あの子は借りてくぞ」
俺が席を立つとミナがコートを着てやってきた。「いこっか」といいながらミナは俺の左腕に絡みついてきた。
ミナの案内でちかくの安ホテルに入った。部屋に入ってすぐにミナがいった。
「シャワー浴びてもいい? それともすぐする?」
「いや、疲れてるから今日はそういうのはいいや。ただ、ちょっとはなさないか」
「ええ! そんなのやだ!」
「……え?」
「だって、わたしがしたいんだもん。お客さんの精子がほしいの。中出ししてよ」
「……」
「あ、性病の心配してんの? 大丈夫だよ。この前、検査したばかりだから。ねえ、だからおねがい。しようよ。子どもほしいよ。子どもつくろうよ」
「……ミナ」
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