9

「柳葉さん」


 仕事を終え、帰ろうとしていた柳葉を呼び止めた。


「おう、真田か。どした」


「この前あずけた通帳のことなんですけど──」


「ああ、経理部に出しといたぞ」


「え?」


「だから、お前の通帳だろ? ちゃんと経理部に渡したって」


「いや、でも──」


「わりぃ。今日ちょっと用事があって急いでんだわ。じゃあな」


 柳葉はさっさと行ってしまった。


「……」


 訳がわからない。まあいい。明日また柳葉に話を訊こう──そうおもったとき、未来がみえた。




 ──柳葉が外界にある歓楽街のなかをあるいている──地元ヤクザの幸田組の事務所──組員と親しげに話す柳葉──




(なぜ柳葉がヤクザと?)


 俺は柳葉を尾行することにした。




 柳葉は歓楽街をぬけ、幸田組の事務所に入っていった。俺は事務所の出入口がみえる場所でしばらく様子をみることにした。


 刑事がヤクザとつながっていることは別段めずらしいことではない。犯罪を見逃す代わりに情報を取ることは昔からよくあることだ。しかし未来予知でみた柳葉とヤクザの関係性に俺は違和感をおぼえた。両者の距離感が近すぎる気がする。本来、刑事とヤクザはもっとビジネスライクな関係で──


「コラァ! ここでなにしてんだテメェ!」


 振り向くと組員らしき男が三人立っていた。


「ここは幸田組の縄張りなんだオラァ! なにウロチョロしてんだゴラァ!」


 あっという間に三人に囲まれた。


「ああ! 俺は警察官だぞ! わかっ──」


「やかましい! こっち来いコラァ!」


 俺は強引に事務所へ連れていかれた。


「おやおや。なにやってんだよ真田」事務所のソファーにすわった柳葉が嘲笑しながらいった。「お前、尾行も下手くそだな。すぐわかったぞ」


 事務所には八人の組員がいた。柳葉の向かいにすわっているのが組長か。ソファーの前にあるガラス製のテーブルの上には、テキストが印刷されたペーパーや写真が無造作におかれていた。写真にうつっていたのは、子どもの姿だった。


「柳葉さん、あんた……」


「あ? ああ、これか。ビジネスだよ。本業よりもいい稼ぎになるんでね」


「あんたが外部に情報を売ってたのか」


 おそらくペーパーに書かれているのは子どもたちの個人情報だろう。


「なんで俺をけた?」


「……」


「柳葉さん、こいつ以外にも勘づかれたりしてないでしょうね」組長らしき男がいった。


「それはない」


「しかし──」


「しつこいぞ。俺がないっていったらないんだよ」柳葉の恫喝に組長も黙ってしまった。


「で、真田。お前はどうする。本部に報告すんのか」


「当然だろ」


「そうか。残念だ……しかしそれで捕まるのは俺じゃなくて、お前だけどな」


「なにいって──」


 柳葉の手には俺の通帳があった。それを俺にみせつけながら「副業の金のやり取りはこの口座でやってる。これをみた本庁の連中は俺とお前、どっちを犯人だとおもうかな」


「ふざけんな」


「ここにいる奴らはお前を行方不明にすることなんて簡単にやるぞ。専門だからな。行方不明になったお前を犯人として俺が処理してやろう」


 組員たちはニヤニヤと下品な笑みを顔に浮かべている。俺は気が遠くなりそうになるのを必死に耐えた。


「が、正直なところ俺としてもそんな面倒臭いことはしたくない。で、提案だが──俺のいうとおりするなら、お前を悪いようにはしない」


 柳葉は怯える俺をたのしそうに眺めながらつづけた。


「どうする、真田?」

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