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 その後、力の恩恵にあずかり三件の事件を解決することができた。そのおかげで二階級特進し、東海地区の〈特区〉内の配属となった。


 特区──高さ八メートルの壁により外界と遮断された街。子どもの生命を守り、人類というしゅを存続させるためにつくられた街──




「これより捜査会議をはじめる。ええ……近年、特区内部の情報漏洩事件が増えている傾向にあり、本庁としてはこれを重く受け止めている。特区内の情報──とりわけ児童に関する情報の外部への持ち出しは児童保護法により禁止されている。内務省情報部の調査によると、ここ東海第二特区とおもわれる内部情報がネット上に流出していることが判明。本日、本庁命令により現地にて捜査本部を設立するに至った。まずは特区内労働者への聞き取り調査を本庁捜査官がおこなう。所轄は後方支援にあたれ。配置の詳細はペーパーにあるとおりだ。それでは解散」


 会議室にあつめられた刑事たちが次々と退室していく。


「あ~あ、また後方支援かよ」


「まあそう愚痴るな、真田。本庁のお手伝いだって立派な仕事だぞ」


「そりゃそうですけど……でも柳葉さん、俺は前線にでてこそ活きるタイプなんですよ」


 柳葉は現場叩き上げのベテランの刑事だ。俺とおなじノンキャリアでもある。


「あはは、威勢がいいな。そのうちチャンスもくるさ。……ああ、それよりお前、経理部からいわれてた口座はつくったのか」


「あ、はい。つくりました。でも、なんでふたつも口座が必要なんですか? いままでの口座じゃだめなんですか?」


「お前しらないのか? 特区に配属された警察官には特別年金がつくんだよ。そのためにもうひとつ口座が必要なんだ」


「はあ、そうなんすか」


「ほら、通帳よこしな。俺も経理部に用があるから、ついでに渡しといてやるよ」


「ああ、すんません。お願いします」柳葉に通帳をわたした。




 それから二週間、本庁による特区内労働者への聞き取りがおこなわれたが、これといった成果はなかった。その期間、俺は本来の業務と並行して本庁捜査官らの運転手兼雑用係などをしていた。本庁の連中は俺を召使い程度にしかおもっていないようだった。


 今日は学校関係者の聞き取りだ。といっても俺が捜査に加わることはない。車を学校内にある駐車エリアに停め、車内で待機と命ぜられただけだ。


 チャイムが鳴った。俺にも聞き覚えのある学校のチャイムだ。俺が学校にかよっていたころに世界はガラッと変わってしまった。いま一年間に産まれる新生児の数は、世界中合計しても一万人に満たないらしい。子どもはそれほど希少な存在となった。それゆえに危険に晒されることも多くなった。犯罪組織はいまでも資金源として児童をねらっているし、最近ではあらたに過激派左翼団体が〈平等〉の名の下、児童とその保護者を攻撃対象にしているとの話だ。


 子どもとその保護者を隔離し外界から守るために特区がある。もし子どもができた場合、その両親は特区へ移住することが義務付けられている。特区外への移動の制限が課せられる代わりに、生涯をとおしてあらゆる支援が受けられ、生活が保障されている。


 俺はミナを思い出す。そしてこの世に生まれることのなかった赤ん坊のことを──もしあのとき子どもを諦めていなかったら──


 突然、後部座席のドアが開いたせいで俺は飛び上がるほどびっくりした。


「うわあ!」


「なっ、なんだよ。寝てたのか」本庁の捜査官たちだった。


「……い、いや」


「呑気でいいな、所轄は。まあいい。署にもどってくれ。収穫なしだ」


「……はい」俺の心臓がまだ激しく脈打っていたが、なんとか車を出すことができた。


 俺の存在を無視して、後部座席で会話がはじまった。


「しかしあれが噂のピーマン頭か。はじめてみたぜ」


「お前、特区はじめてか。俺は二回目だけど、あの緑のお化けみたい姿にはゾッとしちまうよ、いまだに」


「たしかにありゃ不気味だな」


 ピーマンヘッド──正式名称、フルフェイス型情報端末装置。


 特区建設計画に先立って施行された児童保護政策のひとつで、児童の個人情報(とくに顔情報)がネット空間に大量流出した問題に対応するために開発されたデヴァイス。頭部全体を樹脂製のフルフェイスヘルメットで覆うことで児童の顔情報を守る。その色(緑色)と形状から「ピーマンヘッド」「ピーマン頭」という俗称がつけられている。内部には外部映像などを表示するゴーグル型モニターやヘッドフォン、各種センサー、空調装置などが搭載されている。外部ネットワークとは完全に断絶された、ピーマンヘッド同士の独立したネットワークが構築されており、相互通信が可能。


 ピーマンヘッドの外殻が緑色なのは各々の顔情報を投影するためだ。つまり、ピーマンヘッドを装着した児童同士には独立ネットワークをとおしてお互いの顔が仮想現実的にみえているらしい。それ以外の人間には緑色のピーマン頭のお化けにしかみえないが──




 署にもどると、最近ねらっている経理部の女の子と遭遇した。


「ねえ、仕事終わったら飲みいかない?」


「はあ……何度もいってますよね? 彼氏がいるからダメですって」


「俺、彼氏とか気にしないタイプだから大丈夫だよ」


「相変わらずサイテーですね、真田さん」


「そんなに褒めんなよ」


「褒めてないって……」


「あ、そうだ。通帳の件、どうなった?」


「通帳の件? なんですか、それ?」


「え? 特別年金とかのために新しい口座が必要って」


「は? 特別年金? そんなもの知りませんけど」


「だって特区に配属されると特別年金がもらえるんでしょ?」


「なにいってんですか。そんなものありませんよ。じゃ、わたし忙しいので」


「……」


 どういうことだ──

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