7
四年間の怠惰な大学生活をおくったあと、俺は国家公務員採用一般職試験を受け、警察学校へとすすんだ。
大災厄以後、慢性的な不況と社会不安から治安悪化がすすんでいた。犯罪数は年々増加し、警察官の増員がおこなわれたがそれでも足りず、陸軍の応援をたのむほどだった。
なぜ警察官を志望したかといえば、──不況でも安定したお堅い職業──というのも理由のひとつだが、なにより能力を活かせるかもしれないとかんがえたからだ。〝未来予知〟で事件を未然に防ぎ、〝過去透視〟で事件を解決できるかもしれない──と。
しかしまだ、つかいたいときに力をつかえるようにはなってない。それでも俺の能力を一番有効活用できる場所は警察しかない、と当時の俺は信じていた。
一番はじめの配属先は都内の下町にある警察署だった。
二十四時間交代の交番勤務──そのながい勤務の最後は、朝のパトロールでおわることになっていた。人が動きはじめるこの時間、とくに通学する子どもたちが被害にあうような事件を未然に防ぐため、朝のパトロールが強化されていた。
俺は先輩とパトカーに乗り、通学路に重点をおきながら周囲のパトロールをおこなっていた。
「昨日またロサンゼルスで暴動があったらしいから、触発されて真似する馬鹿があらわれるかもな。真田、警戒していこう」助手席の先輩がいった。
「はい」
世界では暴動が頻発していた。比較的おとなしい国民性といわれるこの国でさえ凶悪事件がふえていた。
「学者の計算では、このまま子どもが生まれなければ今世紀中に人類は絶滅するらしいな」
「そう……らしいですね」
「終わりがみえてる世界で生きていくには、自暴自棄になるか馬鹿になるかしか道はない」
「……」
パトカーの車窓から数人の子どもたちが一列にならんで登校する姿がみえた。列の前後を戦闘服を着た兵士にはさまれている。
大災厄以後、組織的な児童誘拐事件の増加が世界的な問題になっていた。人身売買市場では子どもは高く売れたから、犯罪組織の主要な資金源となっていた。その結果、警察と犯罪組織の重武装化のイタチごっことなり、いまでは陸軍に通学の引率をお願いしている状況にまでなっていた。現に、パトカーで巡回中の俺でさえ機動隊並の防具の装着を義務付けられていた。
無線が入った。
『管理室から各局。陸軍引率部隊より連絡。不審人物を発見したとのこと。場所にあっては、〇△町三丁目三十番地にあるコインパーキングに駐車中の車輌内。対象車輌、ベージュ色、■■■(メーカー名)、□□□(車種)。ナンバーは、足立ナンバーで〝お〟の5■―22。足立ナンバーで〝お〟の5■―22。二十代後半くらいの男性一名乗車。対応できる局あるか。どうぞ』
先輩が応答のボタンを押した。
「えー、こちら下谷一〇五。現在、〇△町付近巡回中。対応可能です。どうぞ」
『下谷一〇五へ。位置データを送る。対象者へ職質を実施せよ。どうぞ』
「下谷一〇五。了解しました」と無線を切った。「真田、いくぞ」
「了解です」
送られてきた位置データがナビに目的地と現在地からの経路を表示した。俺はナビに従って目的地に向かった。
目的地付近でパトカーを停め、パーキングには徒歩で向かった。
パーキング内に当該車輌を確認する。車内に男が乗っていた。
先輩はパーキングの出口で待機し、俺が職質する役回りだ。俺は車に近づき、運転席の窓ガラスをノックした。
「すいませーん。ちょっとお話いいですか」
車内の男は俺の姿をみて、あきらかに動揺していた。
「……なんですか」
「窓、開けてもらっていいですか」
男はしぶしぶ窓ガラスを下ろした。
「なんですか」
「いえ、こちらでなにをなさって……あれ?」
この男の顔──見覚えがある。どこかで……あ!
「金子! 〇×中の金子だよな」
中学校で同じ学年だった金子だ。ミナにぶつかり階段から突き落とした、あの金子だ。
「あ?」
「同じ中学だった真田だよ。クラスはちがったけど──」
瞬間、過去透視が降ってきた。
これは──
「……金子、お前……盗撮してただろ」
「な、なにいってんだよ、急に!」
「通学中の子どもたちを盗撮してたな」
「はあ? 証拠あんのか!」
「児童保護法の改正で許可のない児童の撮影は禁止されています。いま手にもっている携帯電話、みせてもらっていいですか」
「ふざけんな。拒否する」
「しかたないな……先輩! ちょっといいですか!」
──このあとすったもんだの末、金子を署まで連行した。
二十四時間の勤務が終わり、休憩室で一服をしていたとき、先輩がやってきた。
「真田。さっきの盗撮犯、お前の同級生なのか」
「……まあ、そうです。親しくはなかったんですけど」
「そうか。金に困っての犯行みたいだな」
「そうなんですか」
「いまのご時世、子どもの画像は高く売れるからな」
「ええ」
「どうやらあいつ、中学のころからずっと引きこもってたらしいぞ。あいつの家庭、シングルマザーで親一人子一人だったそうだが、知ってたか?」
「いえ」
「その母親が去年死んだらしい。仕事に就くこともできず、生きてゆく術がなかったみたいだな」
「……」
「それにしてもお前、なんで奴が盗撮してるってわかった? 自信満々だったよな」
「あ、いや……手元の携帯がチラッとみえて、そこに子どもの写真がうつってたんですよ」
「ふーん、そうか」
「ええ」俺は冷や汗をかく。
金子は初犯のため執行猶予がついたらしい。
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