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俺が高校三年のときに新型変異ウイルス感染症の大流行があった。
国内だけでも毎日数万人の新規感染者が発生し、累計死者数も二十万人を超えていた。学校は閉鎖され、結局卒業式の日まで学校にいくことはできなかった。
しかしそのころの俺は感染症よりも深刻な問題をかかえていた──
その日、俺は感染対策をして外に出た。街はほとんど人がおらず、道路を走る車の数もすくなく、
駅前にミナが待っていた。ふたりで電車に乗り、一時間かけて目的の駅までいった。そこから徒歩で二十分ほどいったところに産婦人科の診療所があった。
「十時に予約している菊池です」
ミナが受付をした。俺はミナのうしろで立っていることしかできない。
待合室にはお腹の大きな女性や小さな赤ちゃんをあやすお母さんの姿があった。俺たちのような未成年の男女がいるべきではない場所におもえた──実際そうなのだろう。
「菊池さん、こちらにお願いします。付き添いの方はこちらでお待ちください」
待合室に一人のこされると余計に場違いな気がしてきて居心地がわるかった。
三十分ほどして部屋に通された。ベッドにミナが横になっていた。
「菊池さん、こちらで二時間ほど安静にしてくださいね。時間になったらまた来ます」
看護師が去ると二人きりになった。沈黙がつづく。
「……なんかいってよ……わたし、がんばったよ」
「……うん……ごめん」
ミナは声をたてずに泣いていた。
× × ×
妊娠していることがわかったとき、ミナはすでに気持ちが決まっていたようだった。
「わたしたち高校生だし、まだ子どもだよ。子どもが子どもを育てるなんてできないよ。それにわたし、夢を諦めたくない」
つまりミナは中絶すると覚悟を決めていた。
(ほんとうにそれでいいのか──)
俺は正直迷っていた。ミナのいっていることは理解できる。そして正しい。何者にもなれていない俺たちが子どもを育てていくなんて無理だ。現実的ではない。しかしそれでも──
頭のなかでもう一人の自分が叫んでいた。
『絶対にダメだ! 子どもを堕ろしちゃダメだ!』
ミナはなにもいえないでいる俺の手をとり、いった。
「子どもは大人になったらそのときにつくろう。だからわたしと結婚してよね、ヒロアキ」
「……うん」
『ダメだ! ダメだ! ダメだ!』
頭のなかの声を無視して、俺はミナを抱きしめた。
未来予知が降ってきた。
──みたことがないほど取り乱して泣き叫ぶミナの姿──
血の気がひいた。俺は選択を誤ったのではないか──
× × ×
中絶手術を終えた一週間後、俺とミナは新型変異ウイルスのワクチン接種をおこなった。これで感染症で死ぬことはなくなった、と安心していたとき信じられない報道があった。
〝ワクチン薬害
接種者の98%が生殖能力を失う〟
この事件を人々はのちに〝大災厄〟とよんだ──
未来予知でみたミナの取り乱した姿が脳裏に浮かんだ。
(これ……だったのか)
俺はミナに連絡することができなかった。ミナから連絡が来ることもなかった。
大災厄のせいで世の中は混乱していたが、卒業式だけはおこなわれた。俺は憂鬱な気分で学校に行った。式に参加した三年生は半分もいなかった。
ミナの姿もなかった。そのことに俺は正直ほっとしていた。
俺は高校を卒業した。
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