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金子は別のクラスだったが、どうやらその後クラスメイト全員から無視され、クラス内で孤立していたらしい。
故意ではなかったとはいえ、ミナにぶつかり階段から突き落としたのに、その場から逃げようとした行為がみんなから嫌われたようだ。
そのうち学校で金子をみかけなくなった。金子に対するいじめがエスカレートし、不登校になったらしい。
一方、俺のまわりの状況も(金子の場合とは真逆の意味で)一変していた。
これまで教室の隅でおとなしくしていた俺が、いまではクラスメイトの中心にいた。だれからも一目置かれるようになり、事あるごとに意見をもとめられた。
その状況は部活でもおなじで、三年生が引退すると、実力がともなっていないのにも関わらず(俺は控えメンバーですらない選手だった)、俺は男子バレー部部長に推薦された。自分ではとても無理だとおもったが、顧問や同級生、後輩たちからもつよく薦められてしぶしぶ承諾した。
環境は人を変える──と、だれかがいったように、部長の役割をこなしていくうちに俺自身も変わっていった。人を引っぱり、ときには背中を押し、人と人との関係を調整していくうちに、自然とリーダーシップがとれるようになっていった。
ちなみにミナも女子バレー部の部長に就任した。もともとスタメンの選手で実力もあり、部員からの信頼もあつかったから、当然といえば当然の就任だった。
三年になってもミナとおなじクラスになれた。しかも俺が学級委員長、ミナが副委員長に選ばれてしまった。
あの事故のときは二人の距離が一気に縮まったとおもったのだが、自意識過剰さが災いして結局もとの距離感にもどってしまっていた。
しかしそれも、いっしょに学級委員をしていくうちに少しずつだが親しくなっていき、いつしか学年トップクラスの学力を誇るミナに勉強をおしえてもらえる仲にまでなっていた。
ある日、放課後に図書室で数学をおしえてもらっているときだった。
図書室では声を落として話さないといけないため、ミナは俺の隣の席にすわり、顔を近づけてヒソヒソと小さな声で三平方の定理について教えてくれていた。
ミナの息にふれられそうな近さに、俺は内心ドギマギしていた。
(菊池さんも俺に好意をもってくれてるはず──)
と確信しているときもあれば、
(いやいや、そんなの俺に都合のいい妄想だ。菊池さんはだれにでも親切なんだ)
と怖気づくときもあった。
自分の気持ちを伝えたい衝動はあった。しかしいまの関係性がくずれることをおそれて、なかなか一歩を踏み出せずにいた。
(告白の結果の未来予知ができればいいのに)
と何度もおもったが、そんなに都合よく未来予知は降ってこなかった。
数学の勉強がひと段落したとき、ミナが俺に訊いてきた。
「真田君は高校どこいくか決めた?」
「ううん、まだ……でもぼくの成績じゃC校かD校くらいが合格ギリギリだとおもうから──菊池さんはA校が第一志望でしょ。すごいよね」
A校はこの地区で一番偏差値のたかい高校だった。当然、俺の成績では無理だ。中学卒業後、ミナと別の学校になることは覚悟していた。
「うん、そうなんだけど……そっかあ、真田君とは離ればなれになっちゃうのか──なんか、さみしいな」
その言葉をきいて俺のなかで何かが
「菊池さん! もしぼくがA校に合格したら、ぼくと付き合ってくれますか!」
静寂の図書室のなか、俺の声が反響した。
「え……なに……急に……はずかしいよ、真田君」
ミナは顔を真っ赤にしていた。
我に帰ってまわりをみると、図書室にいた全員がこっちをみていた。
「あ……ご、ごめん……」
自分の顔が熱くなるのがわかった。
(やっちまった……)
公衆の面前で告白してしまった。正直この場から逃げ出したかったが、
(菊池さんを置いてはいけない)
というおもいだけでなんとかその場にとどまった。
しばらくしてから俺にだけきこえる小さな声でミナがこういった。
「うれしい……真田君。ありがとう。いっしょに勉強がんばろうね」
こ、これは──
「え? マジ? マジ! やったあー!」
ふたたび俺の声が静寂の図書室に響いた。至るところからくすくす笑いがきこえてきた。
「真田君!」
「あ……ごめん」
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