外宇宙からの第一〇計画

1

 ──なぜこんなことになってしまった?




 いつからか俺の人生はハズレばかりを引かされた。そしていま、俺は誘拐犯に成り下がろうとしている。


 夜闇の雑木林のなか、俺たちは息を殺している。〈特区〉内の住宅のセキュリティーは厳重だ。芝生を踏むだけで四分以内に警官がやってくる。だから家に忍びこんで子供をさらうことは不可能だろう。いまはただ、夜があけるのを待つことしかできない。日中に子供たちが外に出てきたときにしかチャンスはない。


「おい、金子。交代の時間だぞ」


 巨木の幹によりかかって眠っている金子の体をゆする。


「あ、ああ……」


 金子は気怠そうに体を起こした。


「眠れたか?」


「ああ……で、変わりは?」


「ない」


 時折遠くに、〈壁〉の巡回をしている兵士のフラッシュライトの光線がみえたが、まだ俺たちの存在は気づかれてなさそうだ。


「つぎはおまえが寝ろ、真田。二時間後に起こす」


 金子はエンゼルスの赤いキャップをかぶりなおした。


「ああ……でも俺は眠れそうもないな」


「眠れなくでも体を休めとけ。明日が本番だぞ」


「……わかった」


 俺は体を横にして目を瞑った。




 ──なぜこんなことになってしまった? 俺の人生にケチがついたのは──そう、あの出来事のせいだ。


 約三十年前、俺が小学五年生のとき──




   ×   ×   ×




 あのころはまだ、子供がいまのように隔離されてはおらず、街中まちなかふつうに存在していた。俺は公立の小学校に通っていた、どこにでもいるふつうの小学生だった。その日、学校がおわってランドセルを玄関に放り投げると、ちかくにあった河川敷のグラウンドで友達とサッカーをして遊んだ。


 夕暮れになりチャイムとともに帰宅をうながす町内放送がながれた。友達はみんな帰っていったが、俺は遊び足りず一人のこってボールを蹴っていた。


 そのときだった。まわりが不自然なくらい急激に暗くなった。俺はこわくなって走って家に帰ろうとしたが、そのときにはすでに宇宙人に捕まっていた。




 ──気がつけば不思議な空間のなかにいた。ここには重力がないようで上下左右がわからなかった。色はゆらゆらと変化していて、「ブーン」という電子音に似た音がきこえた。


 体の感覚はなかった。体が消えて意識だけになったような気分だ。


 この異空間には〈核〉のような中心があるようだ。そして自分がその〈核〉にむかって吸いこまれているのがわかった。このままだと〈核〉に吸収され、自分は自分でなくなるだろう。それを直観的に理解すると恐怖した、と同時に不思議と安堵もしていた。


 諦めに似た気持ちで流れに身をまかせていた俺の右手を、何者かが握った。その手は人間のものとはすこしちがう気がした。肌触りはまるでゴム手袋をした手のようにツルツルとしていて、そして異様なほど大きかった。


 その手は異空間の〈核〉とは逆方向に俺を引っ張った。〈核〉の力に抗うように──俺をこちらの世界へ引き戻した──




 病院のベッドの上で目が覚めた。母親の話によると、俺が河川敷で倒れているところを通りがかりの人がみつけて救急車を呼んだらしい。外傷はなかったが検査のため一晩入院となった。診察してくれた医者に不思議な空間のなかにいたことをはなすと、


「臨死体験かもね。ああ、でも大丈夫だよ。検査結果に異常はなかったから。ただの夢じゃないかな」


 といった。退院したあとに〝臨死体験〟という言葉をしらべた。どうやら死にかけた人が生き返ったときに報告する不思議体験のことらしい。俺もそのときは、


(臨死体験だったのかもな……)


 と、納得していた。でもあれが臨死体験ではなかったことは、わりとすぐに判明した。


 あの体験以来、なんとなく外で遊ぶのがこわくなった俺は、学校がおわったあと家ですごすことが多くなった。その日も居間のちゃぶ台で一人で宿題をしていたときのことだった。夕日が差しこむ時間になったころ、宇宙人があらわれた。宇宙人はちゃぶ台を挟んで俺の向かいに当たり前のようにすわっていた。


「え」


「こんにちわ」


「あ……こんにちわ」


「驚かせてしまったかな」


「……はい。びっくりしてます」


 宇宙人の顔は馬のように長く、白く光るふたつの目が顔の横にあった。両目のうしろに円筒形の突起物が付いていて、まるでヘッドフォンをしているようにみえた。頭頂部から後方にむかって生えている山羊の角のようにみえていたものは、どうやら二本の触覚だったようだ。ゆらゆらと動いているのがわかった。


 首から下は人間とおなじような形をしていたが、衣服のようなものは身につけていなかった。光沢のある真っ黒な皮膚をしていて、胸や肩や腕には赤い紋様があった。それは民族的なタトゥーのようにもみえた。


 腰から下はちゃぶ台に隠れてみえなかった。


「私は地球から遠く離れたがい宇宙うちゅうから来ました、いわゆる宇宙人です。君は最近、不思議な体験をしたとおもうけど、その記憶はある?」宇宙人は流暢な日本語をはなした。


「不思議な体験……て、臨死体験のこと?」


「臨死体験?」


 宇宙人はなにやら考えこんでしまったが、しばらくして「はい」といって右手を差し出した。その手は、てのひらと指が妙に長く、指の数は四本だった。


「え?」


「握手」


「あ……はい」


 いわれるがまま俺は宇宙人の右手を握った。


「あ」


 この手の感触に覚えがあった。この手は、あの不思議な異空間のなかで俺を引き戻した手だ!


「これって……」


「あのとき私もあそこにいたんだ」


「あそこに……」


「うん。君は別の宇宙人に誘拐されそうになっていたから、私が助けた」


「誘拐? なんでぼくが?」


「なぜ? うーん、それはたまたま……としかいいようがないかな。数万年という時間の拡がりにまたがって存在できる〈彼〉は、ずっとこの惑星をみている。そこで波長があったものをランダムに誘拐しているだけだから」


「数万年……」ほとんど理解できなかった。「でも……ぼくを誘拐してどうするの? どこへつれていくつもりだったの?」


「どこにも。〈彼〉とおなじ場所で〈彼〉と一緒にいるだけ。〈彼〉の生存本能がことだから。派閥によってはそれを〝進化〟とよぶものもいるけど、我々は〝侵略〟と捉えている。だから君を助けた」


「……」


「まあとりあえず、君はたすかった。でも〈彼〉と一時的だとしてもしまったわけだから、生命体としてなにかしらの変化があるだろう。それは地球人の能力を超えたものになるとおもう。その力を君がどうつかおうとかまわない。地球人の倫理観というものにゆだねるよ。じゃあ、がんばってくれたまえ」


 宇宙人はそういって体全身から一瞬閃光を放ったかとおもうと、次の瞬間には姿が消えていた。

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