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 私は特区内の総合病院に入院していた。特区内の住民以外が(つまり子どもとその親以外が)この病院に入院することは特例中の特例だった。


 私の病室は東棟の六階にあったが、このフロアに私以外の患者はいなかった。そしてもちろん他のフロアへ行くことは固く禁止されていた。


 私はけっこう重傷だったらしい。右脚に痺れがあったので、入院中は車椅子生活だった。


(そろそろ辞めどきか)


 前々から考えていた除隊をこのとき決心した。なにしろ負傷除隊なら恩給が上乗せされ、死ぬまで悠々年金生活だ。悪くない。しかしまあそれも、この星に〈国家〉というものが存在できていればの話だが──




 退屈な入院生活は二週間つづいた。


 脇腹の痛みはもうなかったが、右脚の痺れは依然としてのこっていた。退院のときは右脚を若干引きずるような歩き方で病院を出た。


 病院のまえに軍用車両が停まっていた。


 後部席のドアがひらかれた──乗れ、ということか。


 近づいて後部座席をのぞくと海軍の制服を着た男がすわっていた。


「海軍の田中です。ご自宅まで送ります。どうぞ」


 襟の階級章をみる。少佐だ。私は理由を訊かず車に乗りこんだ。


 車が走りだしてからしばらくして田中少佐がはなしはじめた。


「除隊希望を出したそうですね。辞めるのですか」


「え……あ、はい。歳も歳ですし、そろそろ引き際かと考えまして」


 私は陸軍で田中少佐は海軍だから、少佐といえども上官ではない。必要以上にへりくだる必要もないだろう。


「岸辺さんは優秀な兵士なのにもったいない」


「いや、そんなことは……」


「そんなことはあります。自分の身をていして子どもを守ったではないですか。勇敢な行為です」


「……恐縮です」


「田畑カスミさんのことはきいていますか」


「……はい」


 その名前は、見舞いにきた小杉隊長からきいていた。


 田畑カスミとは、あの銃撃の現場にいたピーマンヘッドの子ども二人のうちの女の子のほうだ。田畑カスミはあのあと消息不明となっている。


「簡単にいえば、私はその田畑カスミさんを探しています。


 岸辺さんが提出した報告書は読ませていただきました。事件について客観的に書かれていて、当時の状況がよくわかりました。しかし──」


 田中少佐はかたわらにあったアタッシェケースを膝のうえに置いた。


「私が知りたいのは岸辺さんが体験したであろうな出来事のほうなんです」


「主観的?」


「はい。岸辺さんの報告書に記載はありませんでしたが、私はひとつの確信をもっているんですよ」


 田中少佐は私の目をしっかりとみつめていった。まるで隠された真実をみつけ出そうとしているかのように──


「岸辺さんは事件の際、神秘的といえるような体験をしたはずだと」


 その言葉に刺されたような衝撃をうけた。銀河サイズの体になった感覚をおもい出した。


「それで、ですね。見ての通り私は海軍に属している人間なんですが、現在は出向中の身でして」そういいながら膝にのせたアタッシェケースを開けて、一枚の紙を取り出した。「いまは国立宇宙局で働いています」


 田中少佐はその紙を私にわたした。紙にはこうあった。




   陸軍曹長 岸辺〇〇

   東海方面軍第三特区附キヲ免シ

   国立宇宙局出向ヲ命ス




 とあり、そのあとに今日の日付と〝陸軍省〟とあった。辞令だ。


「まずは昇級おめでとうございます。そして残念ながら岸辺さんの除隊希望は受理されませんでした。これからは私と一緒に働いてもらうことになります」田中少佐はそういうとアタッシェケースを閉めて、金具をパチンと鳴らした。


 昇級? ああ、階級が軍曹ではなく曹長になっている。いやそんなことよりも出向だと? この俺が国立宇宙局だって? というか、そんなもんがいまだに存在していたことのほうが驚きだ。


「……」


 私の頭のなかはぐちゃぐちゃにこんがらがり、訊きたいことが山ほどあるのに言葉が出てこなかった。




 そしてこのころの私はまだ知る由もなかった。このあと自分が宇宙を股にかける任務に参加することになろうとは!


 しかし、それはまた別の話──

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