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 そのあとは配属地を転々として、七年前に東海圏にある特区に配属された。階級は伍長になっていた。




 大災厄以後、子どもたちがおかれている状況は悪化の一途をたどっていた。未成年者の誘拐事件が多発し、誘拐された子どもたちは海外の奴隷市場で売買された。


 二〇四二年、人身売買組織に対抗するために各国は共同して世界児童保護機関(WCPO)が発足した。


 二〇四九年、WCPOが発展して現在の世界政府となった。


 世界政府は極端な児童保護政策に舵を切った。街ひとつを壁で囲い、そのなかに子持ち世帯を住まわせた。その隔離された街を〈特区〉とよんだ。




   ×   ×   ×




 特区境界付近の監視任務をおこなっていたときのことだ。




 私は両側を金網のフェンスにはさまれたパトロール専用道路を巡回していた。


 右側には、無人地帯がひろがっている。対車輌障害物が等間隔で置かれ、そのあいだを有刺鉄線が張り巡らされていた。


 有刺鉄線の外側に幅五十メートルほどのベルト帯があり、地面の下には無数の地雷が埋まっているはずだ。


 そしてその無人地帯を見下ろすように、コンクリートの壁がそびえ立っていた。高さ八メートル。壁の向こう側が外界で、こちら側が特区だ。


 この冷たい景色がこの街をぐるっと一周囲っているとおもうと、


(なんとも殺風景だな)


 というのが私の率直な感想だった。


 左側をみれば、こちらもまた雑木林が延々とつづいていた。雑木林には──特区内の住民に無人地帯の殺伐とした風景をみせない──というパーテーションとしての役割があった。


 パトロール専用道路は、五百メートルごとに建っている監視塔をつなぐように、敷設されていた。


 私の任務は、交代時間がくるまで監視塔と監視塔のあいだを行ったり来たりする、というものだった。


 歩けど歩けど変化のない風景。


 雲ひとつない青空。


 生あたたかい陽気。


 止まらないあくび。


 この緊張感のないパトロールは眠気との闘いでもあった。


 壁を乗り越えようとする人間は滅多にあらわれない。パトロール任務を一年ほどやってきても侵入者に遭遇したのは一回だけだった。


 そのときは、爆発がしたとおもったら片足のない人間が宙を舞っていた。そいつは空中で一時停止したあと、地面にズドンと落下した。


 運が悪いことに、そいつが落下した場所にもまた地雷があり、そいつはふたたび宙を舞うことになった。そのときには上半身と下半身に分かれてしまっていたが……。


 私は睡魔と闘いながらも、なんとか任務を遂行させようとしていた。


 そのときだった。私の眠気を吹き飛ばすものが視界に飛びこんできた。左の雑木林側──私の巡回しているフェンスのすぐちかくに子どもが二人立っていた。


「え」


 私の思考回路はフリーズして、しばらく状況が飲みこめなかった。


 私がかたまった原因は、不意を突かれたこともあるが、もうひとつは──子どもたちの姿の異様さだった。


 ふたりとも頭部に緑色の物体を被っていた。


(あれが……ピーマンヘッド、か)


 フルフェイス型情報端末装置──その見た目から「ピーマンヘッド」という俗称でよばれていた。


 大災厄以後、児童の個人情報を搾取する事件が急増、厳罰化しても効果がなく、苦肉の策としてとられた措置が──顔そのものを隠す──というものだった。


 若い頃に東京の任務でみた子どもたちの姿が頭に浮かんだ。


(ああ……子どもをみるなんて、いつ以来だろう……)


 外界に子どもはいなくなったし、特区のなかでの任務といったって住宅地区へ入ることは禁じられていた。


 あのとき我々に手をふってくれたあの男の子は、いまも元気にしているだろうか──


「君たち」


 私はなるべく怖がらせないように声をかけたつもりだったが、ふたりとも飛び上がらんばかりに驚いていた。


 身長からすると園児か、小学校にあがったばかりだろう。ふたりともおなじ制服を着ていたせいで男女の区別はつかなかった。


「まって。そこをうごかないで」


 無線で管理室を呼び出した。


『こちら管理室。どうした』


「東A4監視塔付近に児童二名を発見。どうぞ」


『な、なに? 児童……』


「くり返す。東A4監視塔付近に児童二名を発見。指示を請う。どうぞ」


『児童二名……了解。し、しばらく待て』


 管理室でも混乱しているようだ。おそらくこんな事態は想定してなかったのだろう。


 二分ほどしてやっと応答があった。


『いま応援を行かせる。待機せよ。児童から目を離すな。以上』


 しばらくして私の同僚が二人きた。知らない大人にかこまれてふたりの子どもは泣き出してしまったようだ。それなのに子どもたちはピーマンヘッドを脱いで涙をぬぐおうとしない。。保護者以外に顔をみせてはいけないと教えられているのだ。この子らはそれを守っているだけだ。


(東京で護衛をしたあの子たちでさえ窮屈そうだったのに……なんだ、これは……)


 私は、大人につれられて去ってゆくふたりの子どもの背中から、目をはなすことができなかった。


 その小さな背中はやがて雑木林のなかに消えていった。

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