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 人々は感染症の恐怖に怯えていたが、意外にもすぐにワクチンが開発された。ワクチンは世界中に配られ、その効果はてきめんで感染者数はみるみる減少していった。人々は安堵し、歓喜した。このことがのちに〈大災厄〉とよばれることになるとは知らずに──


 この急拵えのワクチンには致命的な欠陥があることがわかった。それも人類というしゅが絶滅の危機に陥るほどの欠陥だった。


 ワクチン接種した人間は生殖機能を遺伝子レベルで破壊されていた。ワクチンの副反応で精子と卵子にかかわる遺伝子がきれいに消去されていたのだ。ゆえに、人工授精も、バイオ工学によって精子卵子をつくることも、できなかった。


 生殖可能世代のほぼ全員がワクチンを接種しており、そのうち九十八パーセントの男女が生殖機能を失っていた。例にもれず私もその一人だった。




   ×   ×   ×




 戦後、私は東京下町地域の治安維持警備部隊に配属された。


 大災厄以後、世界中で暴動がおきていた。大人しく礼儀正しい国民性といわれているこの国の人々でさえ、みんな殺気立っていた。


 機動隊並みの重装備をした警察官たちが街を巡回していたが、慢性的な警察力不足のため陸軍も駆りだされた。


 私もある任務に配属された。




 朝、私は同僚とともに住宅地のなかにある集合地点で待機していた。二人とも肩から九ミリ短機関銃をぶら下げている。


 しばらくすると地域の子どもたちが一人、二人とやってきた。みんな怯えているようにみえる。七人全員がそろったところで私が挨拶をした。


「おはようございます。朝の引率を担当します岸辺と申します。うしろにいるのは同じく中井です。よろしくおねがいします。それでは、出発します」


 私たちの任務は、だ。


 学校までの道程は約八百メートルだが、下町特有の住宅密集地の路地を通るため、死角も多い。先頭をいく私は曲がり角ごとに丁寧にクリアリングした。殿しんがりをつとめる中井も後方の警戒を怠らない。


 途中、駐車場に停めてあった軽自動車に人影を確認した。私はヘルメットに内蔵されている無線機をオンにした。


「こちらB4班。どうぞ」


『こちら管理室。どうした』


「いま通過したパーキングに停車している軽自動車。車内に不審人物あり。対象車輌のナンバーは──二十代後半男性一名乗車。どうぞ」


『了解。位置情報を確認した。付近巡回中の警察官を向かわせる。ひきつづき周囲を警戒せよ。以上』




 その後はなにごともなく無事に小学校の校門がみえる地点まできた。校門前には陸軍の装甲車が二台、バリケード代わりに停まっていた。


 私たちの任務は校門の手前までだ。校門のなかには教師たちが待っていて、


「おはようございます」


 と子どもたちに声をかけ、学校の敷地内に迎えいれていた。


 教師の一人が私と中井に、


「ありがとうございました」


 と礼をいった。私たちは軍隊式の敬礼でそれにこたえた。


 私は内心、


(こんなに緊張を強いられる登下校を毎日しなければならないなんて……俺が小学生だったころをおもえば考えられないな)


 とおもっていた。


 ふとみると、私たちが引率してきた子どもたちのうち、一番小さい男の子がふりむいて私たちに手を振っていた。


 私と中井はその子に向けてもう一度、軍隊式の敬礼をした。




 私が待機所にもどったとき、上官によばれた。


「お呼びでしょうか」


「楽にしていい」


「はい」


「君が任務中に報告した不審者のことだが、あのあと警察によって逮捕された。どうやら児童たちを盗撮していたようだ」


「盗撮……」


「最近では子どもの個人情報が闇サイトで取引されているらしいからな。とくに顔写真は高値がつくそうだ。子どもの個人情報を悪用する輩もふえている。よい判断だった」


「ありがとうございます」


「任務ご苦労であった。下がってよし」


「はい」

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