5

 四日間の入院となった。わたしは左足首の捻挫だけだったけど特区内の総合病院に入院となった。通常なら特区外の者がこの病院で治療したり入院したりはできない。そのためか、わたしの行動は厳しく制限され、入院している東棟四階以外のフロアへいくことは固く禁じられていた。




 入院初日から田中という軍人が事情聴取をとりにきた。


 仕事帰りに銃撃戦に巻きこまれたことをこまかく正直に話した。問題は、あの奇妙な体験については話すべきかどうか、ということだ。飛んでいる弾丸をみたとか、体が空間に溶けて同化したとか、頭のおかしい話をするべきか。わたしは迷った。が、結局話すことにした。


 どうせ馬鹿にされるか相手にされないだろうとおもっていたが、田中という軍人はその後も三日連続でわたしの病室に来ては、わたしの頭のおかしい話について訊いていった。




 退院日の朝、病室のベッドの枕元にエイリアンが立っていた。


「あなたのことはしゃべらなかったわ。さすがにね。ピット星人と知り合いだとかいったら確実にキチガイ認定されちゃうから」


 わたしは横になったままエイリアンを見上げていった。


「あの子がタバタカスミだったの?」


(そうデイス)


「写真なら撮れなかったわ。ごめんね」


(ソレは……コレから……デス)


「これから? どういうこと?」


(タバタカスミという個体ハ選ばれマシタ……地球人ハ選ばれマシタ……我々ピット星人ハ選ばれマセンでしタ……進化のチャンスを……ナゼ……タバタカスミで研究……実験)


「選ばれた? だれに選ばれたっていうの?」


(ソレヲ我々は……情報生命体……マタは……集合思念体……ト呼んで候)


「情報……生命体?」


(地球語に変換スルと……神サマ)


 強制終了で暗転──




 目を覚ますと枕元にあの安物のフィルムカメラが置いてあった。




   ×   ×   ×




 退院日。看護師と警備員に見送られ、わたしは病院をあとにした。


 なぜかふと思いあたって、病院のちかくにある海をみにいこうと、わたしはゲートとは反対の道に進んだ。


 空はよく晴れていたが、海の水はまだ冷たそうだった。海岸にはだれもいなかった。わたしはしばらく海岸を歩いた。砂を踏む感触が心地よかった。


 遠くに子どもがみえた。二人。一人はパジャマ姿で、もう一人は制服を着ていた。二人ともピーマンヘッドをかぶっていてわからないはずなのに、わたしは確信していた。


 あのとき交差点にいた二人だ──と。


 わたしはしばらく二人をぼうっと眺めていた。すると突然、制服の子がかぶっていたピーマンヘッドを脱いだ!


 わたしはびっくりして咄嗟に逃げようとした。子どもの顔をみたなんて知られたらクビになるかもしれない。


 でもわたしは逃げなかった──いや逃げられなかった。その子があまりに美しかったから。


 その子は女の子だった。栗色のやわらかそうな髪が汐風に揺れていた。あどけなさのなかにも大人になりかけている女の子特有の色気があって、わたしは彼女に見惚れていた。


 ふと鞄のなかに隠していたフィルムカメラを取り出す。理性ではこんなことは自殺行為だとわかっていながらも、彼女を──その美しさを──永遠にとどめておきたいという衝動に勝つことができなかった。


 安物カメラの性能ギリギリまでズームにして、彼女の顔をとらえようとした。


 そしてわたしはシャッターを切った。

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