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その日もなにごともなく無事に仕事を終えた。それなのに胸のあたりがざわざわとして、なにかいやな予感がした。
わたしはいつも通り公共自転車に乗り、ゲートにむかっていた。
前方に十字路がみえたときだった、左の道からピーマンヘッドの小学生が二人歩いてくるのがみえた。下校中だろうか。タバタカスミ、という名前が頭をかすめた。
右の道にも人がいるのがみえた。男二人組だ。不穏な印象をうけた。どこかダウンタウンにいそうな男たちだ、とおもった。
そのときだった。突然サイレンが鳴り響いた。
『コードC。コードC。各自配置につけ。繰り返す。コードC……』
サイレン音と重なって、そんな町内放送が流れた。
わたしは無意識に十字路の真ん中で自転車を停めていた。子どもたちのほうをみた。ふたりも足をとめ、こちらをみているようにおもえた。逆側に視線をむけると男たちと目が合った。赤いキャップをかぶった男と口髭を生やした男だった。赤キャップの男が右腕をまっすぐのばしてわたしを指さしていた。しかしそれは指をさしているのではなく、わたしに拳銃を向けていたのだとわかった。
「パンッ」と乾いた音がした。わたしの顔の横をなにかがフッと通過していった。
(撃たれた!)
わたしは逃げようとこころみたが、みごとに自転車ごと倒れてしまった。すぐに起き上がろうとしたが足が自転車の下敷きになってぬけない。わたしは必死になって足をぬこうともがくがうまくいかなかった。
銃声がふたたび鳴った。わたしは頭をかかえて伏せた。すこし顔を上げて前方をみると、一人の男が子どもたちを守るようにして立っているのがみえた。あれはおそらく軍人──特区のなかには警備のために住民のフリをした軍人がまぎれこんでいるという話をきいたことがある。
軍人が二発撃った。後方から「待て! 銃は持ってない!」と男が叫んだ。軍人は「両手をあげたまま地面に伏せろ」と怒鳴った。そしてわたしのちかくまでくると「怪我は?」と訊いた。わたしのうしろで男の叫び声がした。なんていったかは聞きとれなかった。
──そのときわたしは不思議な感覚におそわれた。
時間がゆっくりとながれていた。わたしのうしろで赤キャップの男がもっている拳銃から弾丸が発射される光景がみえた。このときわたしは、
(拳銃の弾って回転してるんだ。しらなかった)
と悠長にかんがえていたことをおぼえている。
その弾丸は軍人の右の腹に命中し、そのまま背中へぬけていった。このままだと子どもの頭に弾丸は当たることはわかっていた。
(あの子が死んでしまう!)
そうおもったとき、わたしは光につつまれた。よくわからない空間のなかにいた。体の感覚が消え、空間と自分が溶けあって同化しているようにかんじた。軍人と子どもたち二人と口髭の男とも同化しているようにかんじた。赤キャップの男はすでに死んでしまったようだ。時間の感覚が伸びたり縮んだりしていた──
気がつくと交差点にもどっていた。わたしはアスファルトの道路に這いつくばったまま、ぶるぶるとふるえていた。目の前には軍人が腹を押さえて倒れていた。出血している。
子どもたちをみた。一人だった。二人いたはずだが一人消えていた。たぶん消えた子のほうがタバタカスミだ。わたしは不思議と確信していた。
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