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 十五時には仕事がおわる。夜シフトのスタッフと交代し、着替え、公共自転車に乗ってゲートまでいく。ゲートで朝とまったくおなじ検査を受け、特区の外に出る。特区は高台になっていてまわりの風景を見下ろすことができる。特区のまわりには──残飯に群がる鼠のように──大小の住宅が密集していた。わたしも元々あそこにいた。しかしいまはちがう。特区内労働者は特区の壁にちかい周辺地区に住むことを許されていた。そして周辺地区の治安はダウンタウンにくらべてだいぶマシだった。




 コンビニで夕食を買ってアパートにかえると、エイリアンがリビングにすわっていた。


(オかえりなサイませ)


 わたしはすぐに反転して部屋から出ようとしたがドアが開かなかった。鍵をまわしてもダメだ。


(時間がアリません……こちらニどうぞ)


 わたしはあきらめてエイリアンの向かいにすわった。


(地球ノ重力はツヨツヨでござる……パワードスーツをキメても……数分ガ限界でそうろう


「夢じゃなかったんだ」


(ユメ? ……ワカらない概念デス)


 わたしは不思議とエイリアンがこわくなくなっていた。


(写真ハどうでスカ)


「写真? ああ、そういえばそんなこといってたっけ。写真はむりよ。子どもは特区のなかにしかいないの。で、特区のなかにカメラは持ちこめない。万が一、カメラをなかに持ちこめて写真を撮れたとしても、EMPでデータごとカメラを壊されちゃうわ」


 エイリアンと平然とはなすことができている自分にびっくりする。


(ナルホド……ソレについては検討いたしますル)


「それに、女の子っていってたけどだれだかわかんないし」


(タバタカスミ……という記号ガ……ついた個体デス)


「タバタカスミ? 名前のこと? 名前がわかったってむだよ。子どもはみんなピーマンヘッドをかぶってるから。写真撮る意味もないとおもうけど」


(ソレは大丈夫でス……タバタカスミがフルフェイス型情報端末装置ヲはずすことハ……確定事項デそうろう


「ピーマンヘッドのことは知ってんだ……でもなんでそんなことがわかるの? その子が端末を脱ぐなんて」


(地球ノ科学マダ未熟……宇宙ハ広いデス)


「どういうこ──」


 強制終了で暗転──




 目を覚ますとわたしはベッドに寝ていた。


 リビングにいたはずなのに。パジャマまでちゃんと着ていた。やはり夢だったのだろうか? 時計をみる。六時三十三分だ。大丈夫。出勤時間まで余裕がある。


 ベッドの上で体を起こした。すると右手になにかがふれた。みると、手の平くらいの大きさの長方形の箱だった。

「これは……カメラ」

 いまでは博物館でしかみられないような昔のフィルムカメラだ。しかも筐体がプラスチックでつくられた安物だった。


「これで撮れってこと?」


 一瞬──子どもの顔写真一枚で数百万──という言葉が頭をよぎった。


 は? ダメダメ。冗談じゃない。もしもこんなものを特区内に持ちこんだことがバレたらクビどころではすまない。逮捕され刑務所行きだろう。ここまでのぼりつめるためにいままでわたしがどんな苦労をしてきたか、ダウンタウンでどんなひどい目にあってきたか──思い出したくもないことばかりだ。


 やっと手に入れたこの仕事は、絶対に手放さない。


 わたしはフィルムカメラを机の引き出しの奥にしまい、出勤の支度をはじめた。

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