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大災厄以後、新生児が生まれてこないため子どもは希少な存在となり、自然と子どもの価値は高騰することになった。未成年者を巻きこむ犯罪が増え、とくに子どもの誘拐事件が多発した。誘拐された子どもたちは奴隷市場で売買され中東などの王族や富豪に飼われている──という噂がまことしやかにながれた。
自国の子どもたちを他国に盗まれることは国益を損なうとかんがえた各国政府は、児童保護政策を最重要懸案とした。世界的な人身売買組織に対抗するために世界児童保護機関(WCPO)が発足され、それがのちに世界政府となった。
× × ×
今日最初の客がスーパーにやってきた。両親と子どもの家族連れだ。スーパーの店員全員で快い笑顔をつくり、その家族をお出迎えする。
新生児はいまでもごく稀に生まれてくる。一組のカップルのあいだに子どもが生まれた場合、そのカップルは子どもとともに特区に移住することになる。経済的に一生保障され、トップレベルのセキュリティのなかで生活することができる。完全な勝ち組だ。
家族連れは、子どもを中央にして三人で手をつないで、店内をみてまわった。二十年前までならこういう光景はめずらしくなかった。あらゆるところでみられた光景だった。いまでは特区のなかでしかみることはできない。
しかし一点だけ昔の家族連れとはちがうところがある。それは、子どもの頭が緑色の物体に覆われていることだ。
緑色の物体は〈フルフェイス型情報端末装置〉というもので、〈顔〉というもっとも個人的な情報の漏洩を防ぐため、子どもが外出する際には装着が義務づけられている。おなじく個人情報保護という理由で子どもはみんなおなじ制服を着ている。男女ともにまったくおなじ制服なので性別がどちらか外見上ではわかりにくくなっている。
なぜそこまで子どもの個人情報のあつかいに神経質になっているのかというと、外界では子どもの個人情報が高値で取引されているからだった。とくに顔写真などは数百万円で取引されているらしい。もちろん子どもの個人情報の売買は違法で、取引は〈奈落〉とよばれる闇サイトでおこなわれていた。
フルフェイス型情報端末装置はその色と形から俗に「ピーマンヘッド」なんてよばれたりしている。その名前には──中身が空っぽの頭──という皮肉もこめられているらしい。ピーマンヘッドは政府の児童保護政策のかなり初期のときに導入されたシステムで、その歴史はけっこう古い。
さっきの家族連れがわたしのレジにやってきた。
「いらっしゃいませ」
母親から買い物かごをうけとり、品物を一品ずつとり出してバーコードを読みとっていく。父親と母親の左手首には高級腕時計がつけられていた。
「今日はお休み?」
わたしはスーパーのやさしいおばちゃんを演じつつ、子どもに話しかける。職場でのわたしの言動はつねに監視され評価されている。きっといまも監査官が監視カメラ越しにわたしをみていて、わたしがこの仕事に適正かどうか観察しているにちがいない。
「うん。これから公園にあそびにいくの」
背丈からおそらく幼稚園児くらいか。子どもの声にはボイスチェンジャーがかけられていて、男の子か女の子かはわからない。
「そう。いいわねえ」
わたしは笑顔でかえす。
父親も母親も笑顔だ。奇妙なことに、ここにやってくる親たちはみんなおなじ笑顔を顔に貼りつけている。もしかしたら彼らもわたしたちとおなじなのかもしれない。〈父親〉〈母親〉という役を演じているだけなのかもしれない。わたしたちとおなじように監視され評価されているのかもしれない。それも、二十四時間三百六十五日。
家族連れが店を出るとわたしはやっと緊張を解くことができた。わたしの対応は適正と評価されただろうか──大丈夫。うまくできたはずだ。
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