エイリアンと写真機

1

 桜の花が散りはじめたころ、わたしのアパートにエイリアンがやってきた。


 その日、まだ夜が明けきらず窓の外が紫色の時間──わたしの寝ているベッドの枕元にエイリアンが立っていた。


 わたしは恐怖のあまり一ミリも体を動かすことができなかった。ただ目を見開いてエイリアンを睨みつけることしかできなかった。


 エイリアンは天井に頭がつくほどの長身で、ダースベイダーをおもわせる漆黒の装甲服で全身を覆っていた。頭だけはむき出しで、玉子みたいな形の頭部に丸くて黒い目が四つあり、顎は上下ではなく左右についていた。


(キコえますか……いまアナタの脳に……直接カタりかけて……います)


 声が頭のなかで響いている。まさかこれがテレパシー?


(ワタクシは……ピット星という惑星から参上した……エイリアンでそうろう


 ……日本語が、なんか変……。


(え……ワタクシのことば……おかしいデスか……地球語……ムズかしい)


 わたしの考えていることがわかるの!


(イカにも)


 あなたは本物のエイリアンなの。


(イカにも)


 なんで……なんで、エイリアンがわたしん家に?


(アナタにオねがい……したいことがありまスル……ある少女の写真ヲ……撮ってキテいただき候)


 写真? なんで写真?


(くるし……マタ……くるでゴザル)


 強制終了で暗転──




 目を覚ますと窓の外があかるかった。


「……夢?」


 わたしの意識は夢とうつつのあいだをさまよっていた。時計は七時二分だった。


「やばい! 遅刻!」


 わたしはベッドから飛び起き、いそいで出勤の準備をした。




   ×   ×   ×




 二〇三五年、新型変異ウイルスが世界的に大流行し、その強い感染力と高い致死率で世界中が恐怖した。人々は感染をおそれ、街から人が消えた。わたしは当時高校生だったが学校に行くことは禁止され、高校生活三年間のほとんどを家に閉じこもって過ごしたことを記憶している。


 しかしほんとうのはそのあとにやってきた。


 ウイルス流行のあと、わりとすぐにワクチンが開発された。死の恐怖におびえていた人々は我先にとワクチン接種をいそいだ。ワクチンの効果は絶大で感染者の数字は日に日に減っていった。ワクチンは急ピッチで製造されたが、世界中が順番待ちの状態だった。十代だったわたしは──若い世代はほかの世代よりも免疫がつよく比較的致死率も低い──という理由で順番が最後になった。


 二〇三七年、やっとわたしにワクチン接種の順番がまわってきた。ワクチンを打ってほっとひと安心していたとき、信じられないニュースが報道された。




  〝ワクチン接種者に生殖機能不全の疑いあり〟




 わたし自身、ワクチンを接種した次の月から生理がとまった。




   ×   ×   ×




 わたしの職場は〈特区〉のなかにある。


 普通の人間は特区に入ることはできない。特区の境界には高いコンクリートの壁が設けられ、外界からなかに入るゲートは一ヶ所しかない。ゲートにはつねに十数人の軍人が警備にあたっていて、そのほかに装甲車や戦車までが停まっていた。ダンプカーで突っこんだとしても特区のなかへ侵入するのはむずかしそうだ。


 ゲートにむかってすでに二、三十人の特区内労働者がならんでいた。わたしはその最後尾についた。


 三十分後、わたしはゲートにたどり着いた。わたしは手荷物をベルトコンベアに載せたあと、自分のIDカードをカードリーダーにあて、設置されたカメラに右の眼球を近づける。生体認証だ。それから金属探知機を通り、EMP検査を受ける。EMP検査とは、電磁パルスを全身に浴びる検査だ。もし通信機やデジタルカメラなどの電子機器をもっていればEMPをうけた途端それらは壊れてしまうだろう。わたしはこのEMP検査が苦手だった。人体に影響はないとされているが、ビリッとくる感触が苦手だった。


 それらを通過してベルトコンベアから手荷物をうけとると、ようやく特区のなかに入ることができた。


 特区のなかはひとつの街になっている。聞くところによると合計千人くらいの特区内労働者がここで働いているらしい。


 わたしはスーパーマーケット勤務だ。スーパーまでは、ゲート付近にあるサイクルポートから公共自転車を一台借りて、むかう。


 スーパーに着くと制服に着替え、品出しをかるく手伝う。このスーパーにある品物はどれも一級品で、外界にくらべて品揃えも豊富だ。


 それから朝礼を行い、開店する。わたしはおもにレジ担当だった。といっても客はほとんどこない。というのも、この街自体が〈つくりもの〉の街で、わたしはを演じているにすぎないからだ。

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