第10話 心のエンジンに火を入れる
ばあちゃんが
「鈴木里菜ね……。うんっ、画数的には、
「えっ…ほ、本当ですか? 正直どこにでもありそうな名前ですが…」
まずは名前の画数による姓名判断だ。これは、俺でさえ、スマホで検索すれば結果が見える。
「気になるのは、ちょっと被害妄想がある位。とても実行力に優れてて、人望も集める……」
結果を聞いている里菜は、何故か浮かない顔をしている。やはり元々の名前じゃないのが、気になるのか?
けれど世の中には、この姓名判断の画数が気にいらず、名前を変える人すらいる。気に病むことはないと思うが。
ばあちゃんは、次に
次に何も言わずに自分の指先を、里菜の目元に向ける。自然、里菜は指先を見つめる事になる。ばあちゃんの目も里菜の手から両眼へと移ってゆく。
姓名判断の次は、手相と人相。この辺り、実にベタなのだ。しかしこの見られ方、精密機械に計測されている
手の
以前、俺も見て貰ったので、今の彼女の気持ちが良く判る。
突然ばあちゃんの目の色が変わる。そして里菜の両肩に手を乗せて、再びその目を
そして目をそらすと、深い溜息を吐いた。さらに煙草に火を点けふかし始めた。
「あ、あの……私何か、失礼でも…」
「あ、違う違う。ただな、もう見るまでもなかち思っただけよ」
「……?」
「ばあちゃん? それってどういう……」
ばあちゃんの変わり様に驚いたのは、里菜だけじゃない。少なくとも俺は同様だ。正直な気分、今のばあちゃんの態度は、宜しくない。
いや、ハッキリ言って少々腹立たしさすら覚える。
「あーっ、確かにこれは態度が悪いなぁ。すまん、申し訳ない…」
ばあちゃんは、標準語で丁寧に
「なんだ…その、うん。里菜ちゃんの様変わりに面食らっているんだ。昨日、家に現れた時とはまるで中身が別人なんだよ」
「………」
「な、なんだよ。それ…」
里菜は何も応えない。変わりに俺が質問している
「昨日の鈴木里菜はな、姓名判断の『三才配置』で出とる"凶"そのものやった。
「………」
「それがな、全く変わってしまった。総画35で"吉"。
ここまで言うと、ばあちゃんは頭をボリボリかいた。
「後はその想いの丈をぶつける覚悟だけなんだが……」
そう言いかけて、ばあちゃんは、里菜の顔を
「まあ、良か。里菜ちゃん」
「は、はいっ」
「人間誰しも隠しておきたい事はある。だから無理して言うこつはなか…」
「………」
「それにな、言葉で言えなくても、本当に伝えたいと願う相手には、態度で不思議と伝わるもんじゃ」
そう言ってばあちゃんは、
里菜は黙ったままであった。
こうして実にあっけなく占いの時間は終わった。ばあちゃんが里菜の内に見たかったものは、見えたのか?
そして里菜に得るものはあったのか?
正直俺には良く分からない。
そしてばあちゃんは
自然、姉貴も手伝い始める。
「ゆっちゃん、たまには
「あっ、悪い……。俺、夜中に行きたいとこあるからパス」
ばあちゃんは、俺の返答に実に面白くなさそうな顔をした。多分付き合いが悪いという理由だけではない。
俺の夜中の行先とやらをばあちゃんは、知っているのだ。
その後、姉貴は明日から仕事だから、家に帰りたいと言い出したので、送り届けた。
俺と姉貴だけで一度帰宅。電話越しだけで伝えた”銀髪の美女”は、連れて来ていない。親父は
「ま、近いうちに必ず連れて来るから……」
そう言い残し、俺だけ再びばあちゃんの家へと戻る。冷静に考えてみれば、このまま例の目的地に行っても良かったのだが、それにはまだ街が明るすぎた。
「そんなのいいから……」
そう言いつつ、俺が代わる。そして敷き終えると、まだ寝る訳ではないのだが、それぞれゴロゴロし始めた。
里菜は俺が出掛ける間に、タンスから新たに発掘したパジャマに着替えている。本当にあのタンスの中には、どれだけ服があるのだろう。
ピンクでチェック柄のシンプルなものだが、最早何を着ても可愛い。
10時、消灯時間だ。ばあちゃんと里菜は、さっさと布団に潜る。俺も取り合えず潜ってはみるものの、眠る気は全くない。但し目だけは
静かな時間が流れてゆく。海から聞こえる波の音が心地良い。車が走る音は徐々に減り、やがてほとんど聞こえなくなった。
ちょうど0時頃、俺はむくりと起き上がる。出来る限り物音を立てずに外へ出る。
流行る気持ちを抑えつつ車の前へ。そして幌をかけて屋根のある状態に戻す。
これが普通のオープンカーに比べると多少手間取る作業なので、火山灰が降る冬※か、屋根付き車庫でも雨が吹き込みそうな時以外はやらない。
※鹿児島の天気予報には、桜島上空の風向というコーナーがある。なれど大抵の場合、夏は薩摩半島、冬は大隅半島に吹くと相場が決まっている。
今夜は、深夜2時頃から雨の予報だ。よって今のうちに済ませておこうというのもあるが、実を言えば、それが本当の理由ではない。
「屋根、着けるんだね」
里菜だった。いつの間にかパジャマから元の服に着替えて、俺の後ろから声を掛けてきた。
「ああ、本気で走る時はな。さては、ずっと起きてたな」
「出掛けるって聞いてたから、頑張って起きてたの。何処へ行くのか気になっちゃって……」
里菜はちょっとバツが悪そうな顔をしている。パジャマにさえ着替え、寝る気満々の雰囲気で俺とばあちゃんを騙したからであろうか。
「里菜、正直言ってこれからあまり良くない事をしに行く。もしかしたら俺を嫌いになるかも知れない」
「う、うーん……。良い、多分大丈夫だと…思う」
里菜はそう言うと、助手席に収まった。こうなってはもう後には引けない。
俺はいつもの様にキーを
今時は珍しい後付けの革巻きハンドルを触る手から気持ちを流し込む。
シートベルトのバックルを差す手に力を込める。これは残念ながら純正の三点式だが、気持ちの問題って奴だ。
目指すは星の降る高原、
辿り着くまでが、目的なのだ。
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