第4話 コンプライアンス赤ずきん②
赤ずきんちゃん達が寄り道しているのを尻目に、狼はおばあさんの家へ急ぎました。赤ずきんちゃんと後を付けている二人組を油断させるには、それが一番だと思ったからです。
この狼はいわゆる危険生物のレッテルをはられています。人を襲い、家畜を食い破り、ずる賢く立ち回っては迷惑をかけると噂になるのはしょっちゅうですが、実際は臆病で仲間意識が強く、人を襲ったりするのは極一部の個体です。今回はたまたま人の味を覚えてしまった危険個体ですが、犬を見てもわかるように、本来はそのような残忍な側面はありません。
「やれやれ。どうやら先回りに成功したようだぜ」
狼はついにおばあさんの家にたどり着きました。この狼に限らず、力の弱いものから奪ったり襲ったりする行為は当然、犯罪行為であり、その中でも最も卑劣なものです。しかし狼は構わずおばあさんの家に侵入を試みます。
「おばあさん、遊びに来たよ!」
狼は少し上ずった声を出しながらおばあさんの家のドアをノックします。
「おや、赤ずきん(プライバシー保護の為、本名を呼ぶことを差し控えます)。今日は一人かい?」
赤ずきんちゃんが一人で来たことを少し不審に思いながらも、耳の悪いおばあさんはまさか狼が赤ずきんちゃんの振りをしているなんて夢にも思いません。
「うん、今日は初めて一人で来たの!」
狼は罪を重ねます。
「そうかい。鍵は開いているから入っておいで」
狼は内心、大笑いしながらドアを開けると、あっという間におばあさんを縛り上げ、クローゼットに押し込みました。代わりに狼はその中にあったおばあさんの服に着替え、赤ずきんちゃんを待ちます。
現在までの狼の罪状は、強盗致傷や監禁、詐欺などを問われ、赤ずきんちゃんを万が一食べてしまうような事があれば殺人に遺体損壊も加わります。無期懲役や死刑まであり得る重大な犯罪です。
「ああ、腹が減った。あいつが来るまでベッドに隠れてるか」
そうとも知らず、狼はのんびりと赤ずきんちゃんを待っています。
「早く来ないかな~」
狼はワクワクとした気持ちですが、断罪の時はもうすぐそこまで迫っています。
一方その頃、赤ずきんちゃん達もおばあさんの家に近づいていました。なかなか真っ直ぐ歩かない赤ずきんちゃんにボディーガード達も少しうんざりし始めましたが、これも立派な仕事。何より子供というものは好奇心旺盛なのです。子供がすることにいちいち目くじらをたてるのではなく、寛容な心で職務に当たらなければなりません。ただそれとは別に、子供の命を預かるというのは尊くもあり、責任も重大であるということを保護者、並びに職務遂行者がきちんと認識している事が肝要です。
「あ、おばあさんの家だわ! フフフ、おばあちゃんビックリするだろうな」
赤ずきんちゃんは自分が一人だったと知った時のおばあさんの反応が楽しみでなりません。
「ん? 物音? ついにあの女の子が来たんだ!」
狼は女の子を食べることが楽しみでなりません。
「おばあちゃん、赤ずきんよ!」
ついに赤ずきんちゃんは狼の待つ家のドアをノックしてしまいました。
「おや、よく来たね。鍵は開いているからお入り」
赤ずきんちゃんは鍵をかけないなんて無用心だな、と思いつつドアを開きました。
「ねえ、おばあちゃん。今日は私、誰と一緒だと思う?」
突然の赤ずきんちゃんの質問に意表を突かれた狼は咄嗟に
「男の人が二人一緒だね?」
と答えてしまいます。
「え? 男の人なんて居ないよ?」
慌てた狼は狼狽えてつい声を張り上げてしまいます。
「そんなはずはないよ!」
しかし、赤ずきんちゃんの言うとおり、この場には赤ずきんちゃんの他に誰も居ません。赤ずきんちゃんの不信感は増していきます。
「そう言えばおばあさんの耳はそんなに大きかったかしら?」
狼は目前に迫った女の子にお預けを食らわされてイライラが募ります。
「お前の声がよく聞こえるように特注の補聴器をつけたんだよ」
赤ずきんちゃんは一旦納得しつつもさらに問いかけます。
「おばあさんの目はそんなにギラギラしていたかしら?」
答えに窮した狼は、顔を布団に隠しながら叫びます。
「眼鏡からコンタクトに変えたんだよ」
赤ずきんちゃんは不思議に思いますが、まだ正体が狼であることまでは思い至りません。
「おばあさんはそんなに毛深い大きな手だったかしら」
「年をとるとみんなそうなるんだよ! あんまり失礼なことを言ってはいけないよ! 外見に言及する時は注意しなさい」
赤ずきんちゃんは自らの発言を恥じ、訂正して謝罪しました。考えてみれば相手の気持ちを省みないハラスメント発言だと感じたからです。
「ごめんなさい、おばあちゃん。私が悪かったわ。自分が気にしていることを他人に揶揄されたら嫌な気持ちになるものね」
長々と謝罪を述べる赤ずきんちゃんに、狼の欲望は限界に達しました。
「さっさとこっちにおいで!」
突然叫びだしたおばあさんに、赤ずきんちゃんはビックリして悲鳴をあげてしまいました。そして、その声はあろうことか外に待機していたボディーガードにまで届いてしまったのです。
「ナンダナンダ!」
「ドウシタ!?」
乱入してきた屈強なボディーガードに驚いた狼はうっかり布団を落としてしまいました。ボディーガードの乱入には赤ずきんちゃんも驚いてしまいました。
「うわーーーーー!!!」
「きゃあーーーーー!!!!」
「オゥ、ウルフ!!」
「フリーーーーーズ!! ドンムーーーーブ!!!!」
屈強なボディーガードは懐の銃を躊躇わず狼に向けます。
「あ、あ、あ」
狼は銃を向けられると観念し、両手を上げて降参しました。
「アブナイトコロダッタネ。リトルガール」
「サァ、モウアンゼンダ」
訳もわからないまま、赤ずきんちゃんは呆然としています。
「ハッ、おばあちゃん。おばあちゃんは!?」
ベッドに寝ていたのが狼だと理解した赤ずきんちゃんはパニックになります。本来そこで寝ているはずの人は!?
「あぁ、年寄りは食う気になれなかったんでな。そこで寝てるよ」
狼が顎でクローゼットを指すと、赤ずきんちゃんは慌てて駆け寄ります。そして、扉を開けると……。
「おばあちゃん!」
中には憔悴しきったおばあさんが横たわっていました。呼吸音が聞こえて赤ずきんちゃんは一安心。
「ちっ、俺もヤキが回ったぜ」
狼は捨て台詞を吐きますがその声には力がありません。
「狼さんの顔はどうしてそんなに青いの?」
赤ずきんちゃんが尋ねます。
「それはね。この後、俺は……」
赤ずきんちゃんは幼いながらも何かを察しました。
「そんなのダメ!!!」
「シカシ、オジョウチャン」
「いいんだ。腹が減ったとは言え俺のやったことは許されない」
狼は覚悟を決めました。
「ダメ! 狼さんは街に行くの!」
「……え?」
「そして、みんなを楽しませるの!!」
「こんな俺に生きろと言ってくれるのかい……?」
そして、しばらく時は経ち……
「さぁさぁ、ご覧下さい! 世にも珍しい芸をする狼のショーだよ!!」
紹介された狼は玉乗りをしながらジャグリングをしています。
「ウオオオオォォォォン!!」
狼はこちらの世界で言うところのサーカスの様なところで働くようになり、給料を得て食料を買うようになったのでもう人は襲わなくなったそうです。
おっと、もちろんこのサーカス、虐待や過度な調教なんかは一切なかったそうですよ。
めでたしめでたし。
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