コンプライアンス童話

白那 又太

第3話 コンプライアンス赤ずきん①

 個人情報により伏せさせていただきますが、あるところに小さな女の子が住んでおりました。彼女を表す言葉の多くは可愛いだとか、愛らしいだとかありましたが、容姿を殊更強調し言及するのは例え誉め言葉だったとしてもハラスメントに該当する可能性がありますので差し控えます。

 彼女を表す上で最も特徴的な言葉の一つに赤い頭巾があります。これは、彼女のおばあさんが贈ってくれたもので、ビロードのとても付け心地の良いものでした。彼女はこれを大層気に入り、出かける時にはいつもこの頭巾を被っていたために、いつからか村のみんなに親しみを込めて『赤ずきんちゃん』と呼ばれるようになりました。

 そんなある日、お母さんは赤ずきんちゃんにお使いを頼むことにしたのです。

「赤ずきん(プライバシー保護の為本名を伏せます)や。一つ、おつかいを頼んでいいかい?」

「ええ、もちろん」

「このケーキとお医者様からの薬を渡してきて欲しいの」

「あら、それだけでいいの? だったら簡単よ」

 この少女やおばあさんが住む世界には薬事法が無いので、一度処方された薬を再び、診察無しで医師から直接受け渡す事が出来るのですが、それよりも大きな問題がありました。おばあさんは森の奥深くで一人で暮らしているのです。幼い女の子を一人で森の奥深くへおつかいにやるなど、虐待に等しい言語道断の行為です。とは言え、独り立ちを促すのも親としての大切な務め。

「じゃあ、お願いね。赤ずきん。寄り道しちゃダメよ」

「うん! 行ってきます!」

 お母さんは、赤ずきんちゃんを送り出すと即座に二人の屈強なボディーガードに後を追わせました。

「じゃあ、お願いね」

「オマカセクダサイ」

 そうして、誰も居なくなった後、一人愚痴を溢すのです。

「お母さんも早くこっちに住んでくれれば良いのに、お父さんとの思い出の家だからって頑なに出てくれないんだから……」

 おばあさんは、持病を患ってからも思い出の詰まった森の暮らしを選びました。もしかしたら子に迷惑は掛けたくないという親心があったのかも知れません。しかし、お母さんはお母さんで森に一人で暮らすおばあさんの事が心配でなりません。時折、様子を見に行ったりもしますが、その道程は整備されていてもそれなりに険しいものです。お互いがお互いを思いやる心があるにも関わらず、二人の心はすれ違ったままでした。そのようなすれ違いが赤ずきんちゃんの初めてのおつかいに繋がったのかもしれません。



「今日はお母さんに初めておつかいを頼まれたわ。森は怖いけど、なんだかとてもウキウキしちゃう」

 後を追う二人の屈強なボディーガードに気付くことなく、赤ずきんちゃんは森に分け入ります。

「あ、可愛いお花!」

 赤ずきんちゃんは初めて一人で森に入ったので、目に映る全てが新鮮に見えました。今までお母さんと通った道も、なんだか今までと違って見えます。気になるものが目に映って立ち止まってもそれを咎める人は誰も居ません。

「わあ、変な虫」

 あちこち駆け回る赤ずきんちゃんに見つからないよう、ボディーガードは細心の注意を払って後を付けます。

 森に入ってしばらくした頃、そんな三人をさらに遠くから見つめるひとつの影が。

「ケヘヘヘ。旨そうな子供だな」

 この森に潜む狼です。狼は獲物が少なくなった森から、つい最近引っ越してきたばかりなのです。

「しかし……、俺の他に人間が後を付けているのは、あれは何だ?」

 狼は屈強なボディーガード達を見つけると、女の子に近づくのを躊躇しました。ボディーガード達に噛みついて追い払うのは簡単ですが、女の子に気付かれてしまう可能性が高いのです。

「参ったな、このままでは久しぶりの肉にありつけないぞ。あの二人の肉は固そうだし……」

 考えに考え、狼はまず全員の行動を把握することにしました。

「なぁに、チャンスはまたいずれ巡ってくる。あの三人の目的さえわかれば、な」

 こうして狼は、三人の尾行を続けることにしました。



 一方その頃、赤ずきんちゃんはシロツメクサの花冠を作っていました。

「フフフ、これ、おばあちゃんに贈ったら喜ぶだろうな。余った分もお部屋に飾ろうっと。お茶に入れてもおいしいかも」

 なお、シロツメクサには僅かに毒性がある為、生で食べたり、たくさん食べたりはしないようにしましょう。

「そうだ! 寄り道しちゃダメってお母さん言ってたんだ! 早くおばあちゃんの家に行かなくっちゃ」

 大切なことを思い出した赤ずきんちゃんはついうっかり大声で叫んでしまいました。それを、狼は聞き逃しません。

「おばあちゃんの家か。この道の先にそいつが住んでいるんだな? ケヘヘヘ」

 狼は考えました。ここまで森の奥深くで、あの二人組が赤ずきんちゃんを攫ったりする様子が無いという事は護衛か何かだろう。だとすれば先回りすればあの二人より先にあの女の子に接触できるぞ、と。

「ここらで人が住めそうな場所と言えば……」

 狼は餌を求めて森を彷徨った日々を思い出しました。

「そう言えば一人で暮らしているばあさんがいたな。食べるところは少ないし病気を患っているってんで食べるのを遠慮したが。よし、だったら……」

 狼はおばあさんの家に押し入り、おばあさんのふりをして赤ずきんちゃんを出迎え、隙を見て食べてしまうことにしました。

「そうと決まれば、先回りだ! ケヘヘヘ!」

 そうとは知らない赤ずきんはまた、珍しい花に目を奪われ、ボディーガード達は相変わらずの様子に少し気を抜きはじめてしまったのです……。

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