第2話 反省が反省に至らないサキュバスな姉

 風呂突撃から三日。

 私は猛烈に反省していました。

 今も反省しきれないくらいに反省しています。

 いくらサキュバスになったとは言え、あまりにも性急すぎたのです。

 サキュバスな私目線で魅力的に映りすぎる弟。

 そんな弟の入浴シーンを、あまつさえ裸体突撃で視界に収めようとしてしまった私。

 あの時、失神したからよかったものの、もし失神せずにそのまま突撃完了してしまっていたら、おそらく弟の貞操は終わりを迎えていたでしょう。

 恐ろしいことです。

 後悔先に立たず。

 後の祭り。

 道徳的配慮の匙加減次第では、弟の貞操が危うくなります。

 私は姉として、そんなことは望んでいません。

 私が望むこと。

 それは、道徳的配慮というがっちがちの法的・モラル的ラインのギリギリまで踏み込み、弟と私の貞操を穢さず、私の心の貞操のみが穢れる境界線探し出すことなのです。

 私はそれを見つけ出して、穢れとピュアの間を反復横跳びしたいのです。

 想像しただけで、相も変わらず下半身が疼きます。

 それでいいのです。

 私だけが穢れればいいのです。

 姉である私が、責任をもって穢れればいいのです。

 というわけで、とりあえず日常に潜む弟成分摂取シチュを探すことにしました。

 ただ、それは想定以上に難航しました。

 正直、あの風呂突撃以降、よりサキュバスな側面が開花してしまったのか、今は弟に近づくだけでもヤバいのです。

 あの時は弟が裸体だったがゆえに失神と相成りましたが、そうではない着衣弟となると、こちらは失神せず、しかして、そうであるからこそ、より前に出てきている本能が体を支配しようとしてくるのです。

 少しでも気を緩めれば、一瞬で私の姉としての生命線である道徳的配慮を食いつぶして、弟の貞操も食いつぶしていしまいそうになります。

 そんな悲劇を生み出してはいけないのです。

 私はそう固く心と弟の貞操に誓いました。

 そして、さらに試行錯誤すること数日。

 夕方。

 寝る間も惜しんで考え続けた私は、睡眠不足と疲れから、ソファで座ったままうとうととしてしまいました。

「……んんっ」

「あ、お姉ちゃん、起きた?」

「⁉」

 心臓が飛び出すかと思いました。

 弟がいつの間にか、肌と肌が触れてしまいそうなほどの距離に座っていたのです。

 私は体からあふれ出るであろうサキュバスとしての本能を抑えるために、ぐっと体に力を入れます。

「え……?」

 しかし、どうしてでしょうか。

 サキュバスとしての本能が溢れることはありませんでした。

 私はすぐに理解します。

 無為に入り込んできた弟という存在。

 それは新しく生まれたサキュバスという私を通過し、長年培ってきた姉という私の方に深く染み込んできたのです。

 ああ、私はこの子の姉なんだ。

 そんな確かな実感が、私の涙腺を弛めます。

 そしてその実感を、大きく息を吸いました。

 うん。

 弟の匂いたまらんですね。

 鼻から入り込む弟成分は至高そのもの。

 まるで、脳を痺れさせるような快感が駆け抜けます。

 だはぁ。

 これはヤバいやつですね。

 姉と言う実感が強く出たのは確かですが、体内に弟の匂い入り込んできたら駄目ですわ。

 サキュバス溢れちまいますわ。

 そして、そんなサキュバスと姉の狭間に浮かぶ意識のまま、私は理解します。

 五感で楽しむものだなと。

 弟は五感で楽しむもの。

 てっきり私はサキュバスになったからこそ、肉欲的な方向性で、と考えてしまっていたのですが、そうではなかったのです。

 弟は、五感でじっくりとその存在を楽しむものだったのです。

 私の嗅覚に残る弟の存在。

 それを噛みしめつつ、私は深く頷きました。

 一つの答えに達した私は、再度、大きく息を吸い込むとソファから腰を上げました。

「どしたの?」

「うん。あなたの姉でよかったなって思って」

「そ。よくわかんないけど、まあ悪い気はしないかな」

「ふふっ」

 私は弟に柔らかな笑顔を向けた後、自身の部屋へと戻り、ノートを開きました。

 そして、ペンを走らせます。

【道徳的かつ戦略的弟成分摂取計画】

 ここに動き出すことになるのです。

 弟の貞操を守りつつ、五感で弟を楽しむサキュバスな姉としての計画が。

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