第1話 6月26日①

これは、忘れられない物語。

忘れてはいけない物語。

だから、一つずつ綴っていこう。心に、身体に、この時に、刻むように。


――これは、ひと夏を越えて少年と少女が一歩踏み出した物語。


――――――


 あの日も良く晴れた日だった。


 先週までの梅雨空が嘘みたいに、空はどこまでも高く、深く吸い込まれそうな青色をしていた。きっと明日にでも梅雨明けが宣言されるだろう、そう思わせるほどに夏の訪れを感じさせる空気がそこにはあった。


 梅雨の間中、しばらくご無沙汰になっていた「いつもの場所」に腰を下ろして一息つく。海岸に面した僕らの街には、小さいながらも漁業に使う港がいくつかある。その港の中にポツンと佇むこれまた小さな灯台。その灯台の麓が僕の「いつもの場所」だ。学校帰りに立ち寄ってそこに腰掛けながら、彼方の水平線に沈みゆく夕日と、鮮明に、しかし複雑に混ざり合った色に刻一刻と移り変わる空を眺めているときが、実は一番好きな時間だったりする。別に、黄昏に来ている訳でもないしそんな自分に酔っている訳でもない。ほら、色んなことを考えているんだ。例えば……世界平和とか。他にも環境問題とか。それと、進路のこととか。


――「進路、か」

思わず口に出てしまう。目下の考え事は、この進路のことなのだ。

僕の家庭は、というかこの街のほとんどの家庭は、目の前の海を職場としている。つまり漁師や市場で働いている場合がほとんどなのである。僕の家もその例に漏れず、一家代々この街で漁師をしている。そして父親には「漁師を継ぐか、地元の大学で経営を学んで市場に入れ」と言われている。そんな漫画みたいに息子の人生を決める親がいるだろうか。

「嫌だ」

胸の内では思っても口には出せない。……だって親父怖いし。それに現時点では、とりあえず東京の大学に行ってみたい、なんてあまりにもふんわりした理由しかない。そんなんじゃ、文字通り鼻で笑って吹き飛ばされてしまうだろう。

父親に東京行きを納得させるだけの理由、これを最近はずっと考えている。

先週学校で配られれた「進路調査書」は、白紙のまま鞄の奥へ押し込まれている。



どうするかな、僕の人生。



そう思いながら天を仰いだ時、まさしくそれが始まりだった。

橙色の光に眩しそうに眼を細めながら、僕の後ろに立つ君がそこにはいた。

絵の具を垂らして混ぜこぜにしたみたいな色をした夕刻の空を背景に佇む君を見たあの時のことは、僕は一生忘れないだろう。

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