居酒屋【幽霊物件】
黒幕横丁
幽霊物件へようこそ
おかしいと思ったんだ。
都会の駅から徒歩3分という好条件。しかも2Kで部屋はそこそこ広いアパートの家賃が2万円。こんな物件早い者勝ちですよと不動産屋に言いくるめられて契約書にサインをしたはいいが、
俺は部屋の中で誰かに見られている気がする。
気のせいというわけでは絶対に無いと思う。俺が実家から家の守り神だからと半ば強引に渡されたよく分からない海外のお土産品が、引っ越ししてから二日目で俺が他所を向いている間に上下逆にひっくり返っていたことだってあるし、何だか部屋に居るとぞくぞくと寒気が起こることがあった。
両親や友人からは引っ越しで疲れているんだろうって言われたが、これは“疲れている”じゃなくて、“憑かれてる”だろ、絶対に。
しかしその正体が掴めないまま引っ越しして半月が経つ。元々俺には霊感というものが無いから幽霊は見えないと思うのだが、ちょっと試しに塩でも撒いてみようかと、仕事の帰り道に少し粒が粗めの塩を購入して家へと帰る。
家の鍵を開け、扉を開けた、その時。
『らっしゃいやせー! ご新規様1名入りまーす!』
着付けが逆の白装束、頭には白い三角巾、そして脚が透けて見えない、THE古典的な幽霊の好青年が俺の前にいきなり現れたのだ。しかも、居酒屋チェーン店の入店挨拶を大声でしながら。
突然のことで驚いた俺は咄嗟に買ってきた塩をその幽霊に向かって撒いた。
『お客様ー!! 店員に塩を撒く行為はおやめくださいいいいいいい!!! お客様ー!!!』
幽霊はその場に倒れこんで顔を押さえて悶絶をする。脚は透けて見えないはずなのにバタバタ暴れているようにみえてしまうのは恐らく幻覚だろう。
それにしても、塩って本当に効果あるんだな。学びになった。
『こちら、お通しになりまーす』
コトッと置かれたのは小鉢に盛り付けられた大根の酢漬けだった。
なんでいちいち居酒屋みたいなんだ。あとどうして幽霊が小粋に料理なんて作っているんだよと俺は恐る恐るその料理に箸をつける。
そして、真面目に料理が俺のより美味しいし。ムカつくっ!
「で、なんで俺の部屋に幽霊がいるんだ?」
俺は本題を隅っこでちょこんといる幽霊に訊ねる。
『お飲み物のご注文ですか!』
だから、ここは居酒屋かと。
「違う。お前がここにいる理由だ」
『実は私、死後ここの住宅に取り憑いてポルターガイストを起こすっていう仕事に付いてまして』
「ポルターガイストを起こす仕事」
『はいー、月手取り30万でただただ人を驚かせるというちょっと単純な仕事なんですけどね、いやお恥ずかしい』
おいそこ、そこそこの給料貰ってるのに恥ずかしがるな。こっちが嫌になってくる。
『で、丁度お客様が半月前に引っ越して来たので、マニュアル通りじわじわと驚かせていただきました、と』
「マニュアル……」
ビックリさせるのにマニュアルなんてものが存在するのか。幽霊から述べられる言葉全てがパワーワード過ぎて、俺の脳内に住んでいるシャム猫が宇宙の壮大さを感じてしまっていた。
『頃合いもよくなったと判断したので、最終段階に入ったかな?と』
「で、あの居酒屋挨拶か」
『ダメでしたか?』
幽霊はしょんぼりしながら訊ねてきた。
「あれは驚かせるうちには入らないだろ」
『アチャー。やっぱダメでしたか。教官にも何度も注意されたんですけどね……』
「教官……」
幽霊物件になるのにも教官の指導がいるのか、初耳だわ。
『……生前は居酒屋でバイトしてて、がむしゃらに働いてバイトリーダーまで任されるくらいまで頑張ったんです。あと1年頑張ったら社員にして店まで持たせてやるとまで言われたのですが、その日のバイト上がりで事故にあってしまって。生前の癖ってやつはなかなか治す事って出来ないんですね』
そう語る幽霊の目はウルウルとしていた。
「幽霊……」
その表情に危うくもらい泣きをしそうになる。
「……ール」
『へ?』
「あー、何だか飲みたくなってきた気分だ。ビール中ジョッキ一つだ!」
俺の注文に幽霊の表情が一気に明るくなった。
『はい、喜んで!』
……そのうち気が済んだら除霊されるだろ、きっと。
あれから一年後。
俺は夜道を急いで家へ向かって走る。今日は任された新規の大きいプロジェクトが佳境になっていてなかなか退社することが出来なかった。とりあえず、明日も仕事だ。早く帰ってシャワーだけでも浴びて寝なければ。
キーケースから鍵を取り出して部屋の扉を開けた。
『っしゃいやせー!1名様入りまーす!ありがとうございまーす!』
いつもの幽霊の元気な掛け声が鼓膜を突き抜ける。
「いい加減、除霊されろ!!!!!!」
俺は玄関に置いてあった塩を握り幽霊に叩きつけるように撒いた。
まだまだこの生活が終わる気配は無い。
早く引っ越したいっ!!!!!!!
居酒屋【幽霊物件】 黒幕横丁 @kuromaku125
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます