第二章 熱田(4)
那古野から熱田の宮まで続く高台の西縁を、吉法師と久助を乗せた馬は進んで行く。
久助が手綱を握り、吉法師はその両腕の間に収まるのは、十蔵とともに馬に乗っていたときと同様だ。
台地の下は見渡す限り、ほぼ荒れ野であるが、幾筋か流れる小川に沿って、まばらに人家や水田もある。
一方、左手つまり台地の上を見れば、畑と人家が綾織りのように繰り返し連なる。
久助が言った。
「殿は、この辺りまで来られましたのは、きょうが初めてでしょうか」
「……うむ」
吉法師は眉をしかめながら、うなずいておく。
本当のところは、いまより幼い時分に備後守に連れられて熱田の宮へ参詣したらしいが覚えていない。
それはともかく久助は、主人が無駄口を好まないことを、まだわきまえていないらしい。
久助は構わず続けた。
「拙者は諸々の使いで幾度か参りましたが、湿地や窪地の多い勝幡や津島とは、いくらか景色が違いますな」
手綱から片手を離して西の彼方を指差し、
「勝幡から那古野までの道中、
「……であるか」
吉法師は今度は、いくらか感心を込めて、うなずいた。
若君のご機嫌をとり結ぶための雑談であれば無用だが、地勢や歴史についての話なら耳を貸さないこともない。
「しかし、これだけ広き土地じゃ。大水に毎年遭うとは限らぬ。領主が誰かは知らぬが近在の者に新田開発を命じぬのか」
「田を開けば年貢も増えますが水に呑まれれば全てが台無し、さりとて御赦免が必ずいただけるとも限らぬわけで骨折り損のなんとやら。無理に命じられれば百姓どもは
「では堤を整えねば、どうにもならぬか」
「ならぬでしょうなあ」
久助は手綱に手を戻す。
吉法師は「ふうむ……」と唸った。
「それには川に沿って堤を築くべき範囲を一円知行せねばならぬ。つまるところ強き領主の下でなければ百姓どもの暮らし向きもよくならぬということか」
「あるいは清須の御重役のどなたかが音頭をとり、武衛様のお指図として川沿いの村々に
久助の口調は常と変わらない。
その顔を仰ぎ見れば、いつもと同様、にこやかに白い歯を見せているのだろう。
どうも久助は、なにごとも他人事としてとらえているように吉法師には感じられる。
吉法師はたずねた。
「無理とは、なにゆえじゃ」
「まず、いまの清須で政事と申しましたら誰ぞに安堵状を与えて礼金いくら、下知状を与えてまたいくらと、御重役方が懐を暖めるばかりのものですから。国が富めば巡り巡って、おのれも豊かになるとはお考えにならないようで」
「我が父、備後守もその重役じゃ」
吉法師は憮然として言った。
「守護代、大和守様の一門にして奉行を
「そういえばそうでした。ですが備後守様は無類の戦上手でございますから、先ほど殿の申されたような強い領主として、いずれ近隣諸国を切り従えるでしょう。そうすれば国は富んで百姓の暮らしも豊かになります。ほかのお奉行方とは違いますでしょう、ええ」
久助は悪びれもせずに言ってのける。
そして話題を変えるように、
「この先、西から東へ伸びておりますのが鎌倉道です。鎌倉の幕府の治世で諸国と鎌倉とを結んだ道で、この辺りの道は京を起点に、古来の東海道や
「…………」
吉法師は無言でいる。
久助は素知らぬように説明を続ける。
「東へ向かえば備後守様がいらっしゃる古渡の御城下で、そこからは道が二手に分かれ、
「……であるか」
吉法師は、あきらめ気味に相槌を打った。
ふてぶてしい久助の態度が、危急の場においては頼もしいものと思えることも、あるのだろうか。
久助は相変わらず調子よく、
「で、あるのです。そして西へ行けば先ほど通って参りました萱津へ通じる道で、これは津島回りの東海道とも重なりますが、古来の道は過去幾度もの大水に掻き消されて、いまは荒れ野を横切る旅人が踏み固めただけの、けもの道のような頼りないものになっております」
「
「ええ、そうでしょう。ですからこうして御案内いたしております」
久助は愉快そうに言い、
「萱津の先は、東海道なら南へ下り、津島から船路で桑名に至りますが、鎌倉道は北へ向かって、かつて清須よりも前に武衛様の守護所が置かれた
「いまも鎌倉道は軍勢の往来が、たやすいのか」
「さて、美濃との戦を考えてのお話でしたら道もさることながら、まずは木曾川、次いで墨俣の前に長良川、大垣の手前には揖斐川がございます。これらをいかにして越えるのか、舟を集めるか浅瀬を探すかを考えなければなりません」
「……であるか」
吉法師は唇を引き結ぶ。
美濃は敵である。
いや、尾張を取り巻く隣国全てが敵なのである。
だがそうではあっても、常に兵を出して戦をしているわけではない。
かつて弾正忠信定や備後守信秀と交誼のあった連歌師の宗長は、もとの主君であった駿河の今川家や、三河国の
商人は国を越えて交易してこそ儲かるし、僧侶も遊学のため他国へ旅する。
百姓であっても
そうした往来に道は使われる。
戦に際して行き交う兵馬よりも、もっと多くの数の庶民が普段から道を通行しているのだ。
つまり、道とは重要なものである。
戦のためばかりではなく、民の暮らしを豊かにし、ひいては国を富ませるために、力のある領主が道を整備しなければならない。
そして他国といえば、気になっていることがあった。
「久助そのほう、甲賀に縁があると聞いた。生国を離れ、他国の領主に仕えるというのは、いかなる心持ちじゃ」
吉法師がたずねると、久助の声が笑いを含んだ。
「縁と申しましても、我が家は父の八郎の代に甲賀を離れましたので、拙者はあの土地のことは、よく知りません」
「……であるか」
「父も一族の内輪の争いで領地を失い、この尾張へ流れ着いて霜台様に拾われましたので、御主君には感謝があるばかりでしょう」
「そのほうは忍びの技は心得ておらぬのか。父やほかの家人から伝授されておらぬか」
「拙者は幼い頃から体が大きく骨太で、忍び働きにはとても向かないと言われ、そうした技は授かりませんでした」
「ふむ。大柄な者に忍びは向かぬか」
「ある程度背丈があっても細身で、骨というか関節のやわらかい者ならよいそうですが、拙者はダメだったようですね」
「甲賀に縁の家に生まれたというに、ままならぬものよのう。だがその大きな体なら武芸は達者であろう」
「それはまあ、いくらかは。もっと腕を磨くため廻国修行に出ようと思ったこともございますが、父に止められ果たせぬまま」
「そのほうの父は、なぜ止めた」
「父は一度は領地を失った身。浪々の身の哀れは骨身にしみておりますようで、御当家で知行を頂戴できるありがたさをよく勘考いたせ、他国へ修行に出るとは知行を返上いたすと申し上げるのと同じことぞと」
「一年なり二年なりと年限を定め、父上の許しを得て修行に出るわけには参らぬか」
「それはいかがでしょう。いままでそのような許しをいただいた方がおられましたか」
きき返す久助に、吉法師は首をかしげる。
「儂の知る限りではないが、前列のないことのみをもってお許しをくださらぬ父上ではないと思う」
「いずれであれ、いまの拙者は殿の近習です。そのことをありがたく思って務めておりますよ、はい」
久助は言って、にっこりとした。
本当にありがたく思っているか疑いたくなる軽い調子であった。
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