第一章 津島(4)
勝幡城下に平手が与えられた屋敷は漆喰塗りの土塀と堀で囲まれる。
しかし弓櫓は備えない。
邸内には築山や池のある庭園を設けてあり、それと釣り合わない無粋なものは置かないのである。
母屋は勝幡城の本丸御殿に劣らぬ壮麗なものだ。
他国からの賓客が勝幡城内で備後守と会見したのちは、平手がこの屋敷に迎えて接待に務めてきた。
敷地の内には土蔵もあり、銭を惜しまず買い集めた書画や茶道具がしまい込まれている。
ときおり幾つかは座敷の床に飾られて客人の目を楽しませるが、ほとんどは平手自身が愛でるためのものとなっている。
しかし、それももう当分は、ままならないだろう。
備後守から吉法師の附家老となることを命じられた平手は、苦り切った顔で屋敷に戻った。
甚左衛門が土蔵から持ち出した唐国渡りの壺を六つばかり座敷に並べて、その一つを愛おしげに磨いていた。
「お帰りなさいませ、父上。いかがされました、そのような難しいお顔で」
「五郎右衛門はいかがした」
渋面のままたずねる平手に、甚左衛門は首をかしげて、
「
「呼び戻して参れ。いや待て、まずおまえに聞かせよう、甚左衛門」
「はい、なんでございましょう」
手にしていた壺を畳の上に置き、甚左衛門は居住まいを正す。
平手は深々とため息をついてから、告げた。
「吉法師様の附家老を仰せつかった。吉法師様を那古野の御城主に任じるゆえ、儂が二のおとなとして、ともに那古野へ赴けと」
「那古野……で、ございまするか。先に
苦笑を交えて言い直す甚左衛門に、平手は仏頂面で、
「謀略をもって奪ったのじゃ。いやそれはよい、竹王丸様が愚かであったばかりのこと。それよりも、この屋敷は召し上げじゃ。殿はいま普請を進めておる古渡の城に移られ、勝幡は武藤掃部めを城代に任じると」
「なんと」
甚左衛門は目を丸くした。
「この屋敷を那古野へ移築いたすことは、できますまいか」
「お許しくださるまい。この先は客人の接待役も免じられた。書画や茶道具も置いて参れとな」
「なんともまあ……ではこの染付も
「そうじゃ」
「いまのうちに、いくらか志賀の城に移してしまっては」
「その暇はない。数日のうちに出発じゃ」
「ではせめてこの白磁だけでも」
甚左衛門が壺の一つを抱きしめるが、平手は顔をしかめて首を振った。
「くどい。せっかくこれだけ集めた宝じゃ、儂とて惜しむ気持ちはあるが、それより命のほうが惜しいわ」
「……すでに志賀に移してある分は」
「それは何も申されてはおらぬ」
「では仕方ありますまい」
甚左衛門は白磁の壺を畳に置いて、にっこりとした。
「全てお召し上げでなければ、よしと思うほかありませぬ」
「そういうことじゃ。まあここに残して行くものも、どれもこれも惜しいがの」
平手は苦い顔で言って、またため息をついた。
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