五話『初客』前編
「――。ここは?」
男が目を覚めると、そこは真っ白な雪国。大きな社の前であった。
後ろで一つ縛りにした長い黒の髪。
ごつごつとした大きな手に、立派な胸板。それを着飾るは質素な紺色の着物。
腰に黒々とした刀を下げ、男は顎をしゃくり、首を傾げた。
不思議な事もあるモノだ。
自身の事を思い返す。
たしか昨晩の出来事だ。
大殿に暇を出され、途方に暮れ家路についた時。
父上母上、姉弟妹になんと説明すればよいかと思い悩みながら風呂に入って、食事を摂って、床に入ったはず。
ソレが如何だ。
今、この男は見知らぬ大きな社の前にいる。
コレを摩訶不思議と言わずとしてなんと言えよう。
しかして、はてはて困った。
寒いし、ここは何処か分からないし、一体どうするべきなのか。
「貴様!何をしておるのじゃ!」
そんな時である。
可憐なる何処までも通る声が、氷林の中で響き渡ったのは。
男は思わずと声がした方へと振り返る。
男の後ろ。
数メートル先か。
雪積もる林の中心に、その少女は立っておった。
夕焼け色の長くてフワフワした髪の毛。
空色のくりくりとした大きな瞳。
頭の上からぴょこんと獣耳を立てて、お尻からふわふわのしっぽを生やした。
それはそれは、絶世の美女が一人。
男は目をこすった。
最初こそ、夢の中の出来事だとさえ思ったが酷く、凍えるように寒い。
これは夢では決してない。頬をつねってみたが、コレもしかり。
どうやらと男は確信する。
物の怪の類に化かされている様だ。
腰の刀に手を伸ばしたのもまたしかり。
とりあえず、目の前に居る恐らく狐の化け物を切って候と思い立った。
「なんじゃ!なんじゃ貴様は!!」
――。しかし……。
思わずと男は困り切る。
「なんじゃ?なんじゃ、誰か早く申せ!」
目の前でキャンキャン騒ぐ子ぎつね娘。
誰だ。誰だ。口では警戒している物の、その瞳、めちゃキラキラしている。
そればかりか尻尾をふわふわ振って、耳をぴくんぴくん。
どう見てもアレは喜んでいる候。
なんと言うかだ。
「切る気が失せる」
男は刀から手を離した。
かじかむ手を擦りながら、あたりを見渡し、他に誰も居ない事を確認したのち、渋々と言った様子で男は少女に声を掛ける。
「何者かと?失敬な。名を聞くなら、まず名乗れ。物の怪」
「だれが物の怪じゃ!妾は神ぞ!」
物の怪、神様だった。
狐の耳をピコピコ動かしながら頬を膨らます。
男は溜息。
神?神だと?
神なんてモノは産まれてこの方信じたことは無い。
だがしかし。まぁ、獣耳の少女を前にするとあれだ。
物の怪を神と崇める場所でもあっても可笑しくはない。
お狐様とかいるし。
男はコホンと喉を鳴らす。
とりあえず、人でないモノなのは確かであるのだから、最初は様子見として下出に出てみようと思うたのだ。
「それは失礼いたした。して、神とやら、少し儂を助けてはくれんかな?」
とりあえず、とりあえず。
マジで寒い。
この場から離れたい一心で、正に神頼み。
狐の彼女に頼る事にした。
「なんじゃ?人間。其処まで言うのなら仕方が無いの!助けてやろう♪」
神、ちょろかった。
今まで外面警戒が嘘のように、コロリと可愛らしい笑顔を浮かべた。
むしろ、にっこにこのふっわふわ。
耳をぴくぴく動かしながら、豪奢な着物の裾を捲り上げて走り寄って来たのである。
何かあれば切り捨てようと考えていたのだが、これまた調子が狂う。
走り寄って来た神が男の大きな手を握る。
小さくも温かな掌が、じんわりと身体に拡がり、思わず彼女を見下ろすと少女は太陽のように笑った。
「こっちじゃ、こっちじゃ!人なんて何千年ぶりじゃろう!もてなそう、もてなそう。そして、存分に妾を楽しませると良い!」
ふむ。男は思う。
この子は実に人を信じやすい無邪気な娘出ないかと。
「まて、娘。冷静に思えば名を知らぬのは無礼だ。名を教えてはくれまいか?」
とりあえず。先程保留にしてしまった名を知る事とする。
男は胸に手を当てる。
「儂の名は小次郎。
男――。小次郎の言葉に少女は「はっ」とする。
再び太陽のような笑みを浮かべたのは、またの瞬間。
両手を両腰にあてて、声を高らかに名乗り出す。
「妾は。小雪――。
「長い。――小雪と呼ぼう」
少し失敬であったか。
しかし長かったのだから仕方が無い。
唐突に名を変えられた少女は一瞬驚いた表情を浮かべる。
けれども、それもやはり瞬く間。
変わらず太陽のような笑みを一つ。
「うむ。愛らしい名じゃな。気に入ったぞ、
花のような手は石のような小次郎の手を、きつく握りしめるのである。
◇
場所は移りて、雪化粧に佇んでいた大きな社の中。
どうやら目の前に有った場所は神の住むお社であったらしい。
木造、何百年?いや、何千年。大木がふんだんに使われた。しかし彼方此方にボロが来て隙間風が入る。
まるで寒さ対策などまるっきり出来ていないお屋敷。
こんなところでも小雪は自信満々に
「ここが妾の家じゃ!凄かろう?」
なんて無邪気に言うモノだから、小次郎も身を丸くし身体を擦るばかりで何も言えやしない。
ただ、小雪だけが平然とした面持ちでその場で、豪華な座布団の上で座り込み、小次郎を不思議そうな面持ちで見つめる。
「どうかしたのか?」
「さむい……」
問われれば素直に小次郎は己の気持ちを吐露した。
だって寒いのだもの。寒くて堪らないのだもの。仕方が無い。
これには小雪は焦った。
「さ、さむいとな?そ、そうか。参ったのじゃ」
参ったとは?
小次郎からすれば疑問であるが。
こう、何か羽織るモノがあれば良い。それだけの問題なのだが。
「何か、羽織る物もないのか?」
「そんなものはない」
問えばはっきり返された。
こんな大きな社だ。探せばありそうなものだが。
小雪は首を振るばかり。
「ここには昔から妾しか住んでおらん。貴様に合う様な服は無かろうて」
もう一度言うが、こんな屋敷で?
小次郎は疑問に思い首を傾げる。
「お前しか住んで居ない?屋敷のモノは?こんなに大きな屋敷だ。使用人の一人ぐらい誰か一おるだろう」
「おらん、おらん。とうの昔に皆、出て行ったからのぉ」
疑問は余りにも直ぐに解消できた。
それでも小次郎は問いかける。
「一人?この屋敷で?」
「うむ。妾が冬以外の季節を人に与えてしまったおり、な。皆、妾から離れて行ってしまったのじゃ!」
「……」
「もう数千年になるかのぉ。それからずっと一人じゃ」
突拍子もない事をサラリと。
嘘かとも思えたが、瞳を見るに嘘を付いている様には決して思えない。
小次郎は屋敷を思い出す。雪に染まった、木造の屋敷。それを首が痛くなるほどに見上げたことを。
見上げなければいけない程に大きなお屋敷。目に入りきらないこんな社に。
彼女はたった一人ですんでいるのか。
なんと、まぁ。
――■■だ。
「しかし、まぁ。どこかを探せば服の一つぐらい見つかるかもしれんぞ!」
小次郎の気持ちなど知り由もなく。
小雪は笑顔を浮かべた。どこぞの姫の様な豪華な着物を纏い、偉そうに踏ん反り返って。太陽の様に。
「じゃから、此処に居ろ!此処に居て妾に名一杯、我儘でもなんでも申すがよい!叶えられる物は何でも叶えてやろう!――妾は神じゃからな……♪」
その歪さが、更に物悲しくて。彼女の本心が痛いほどに突き刺さって来て。
泣きわめく幼子の様にしか見えなくて。
「……まぁ、お言葉に甘えよう」
笑みを浮かべて、彼女の提案を受け入れるのである。
◇
「おお、あった。あった」
屋敷の中。
体中を誇り塗れにして小次郎は押し入れの中から古びた男物の羽織を見つけ出した。
羽織と言ってもボロボロで、彼方此方虫食いで穴だらけ。コレでは着れた物じゃない。
「これは直さんとなぁ」
カラカラ笑って、穴だらけの羽織を天に翳す。
ハクション……とクシャミが零れたのは同時の事。
ぴょこんとオレンジ色の耳が跳ねたのも、また同時の事。
「なんじゃ、なんじゃ!」
どこから見ていたのだろうか。障子の陰から小雪が顔を出す。
耳がぴょこんぴょこんと動き、それは興味深そうに楽しそうに此方を覗くのである。
「羽織が見つかった。針と糸……布切れは無いか?」
彼女の登場には少し驚いたが、小次郎はおくびにも出すことなく。要求を一つ。
小雪は首を傾げる事となる。
「糸と針と布切れ?何に使う気じゃ?」
「見て分るだろう。このままじゃ着れん」
小雪はこの言葉に少し考える様に頭を傾けた。
は、と気が付いたのは数十秒後。
「ああ、直すのじゃな!であれば妾に貸してみろ!」
「なんだ。直してくれるのか?……というか、直せるのか?」
怪訝そうな表情を浮かべた小次郎に小雪は大きく頷く。
物陰から飛び出し、人懐っこい笑みを浮かべて、くれと言わんばかりに両手を差し伸べる。
「そんなモノ、妾の力でちょちょいのちょいじゃ!」
「……妾の力?」
この言葉には小次郎は首を傾げるしか無かった。
小雪は太陽に笑う。子供の様に、自信満々に胸を張って。
「四季の力を失っても妾は神じゃ!そんなもの、指を鳴らす。ただそれだけで直せてしまうのじゃ!」
「……」
なるほど。妖術か何か、か。
それだったら先に羽織を妖術で出してくれれば良かったのでは?――なんて、すこし考えて小次郎は首を横に振った。
「いらん。いらん。コレは儂の手で直す」
「何故じゃ?見る限り貴様。器用そうにも見えんぞ?」
ふむ。痛い所を突いて来る。
実の所。小次郎は裁縫など産まれてこのかた、したことが無い。当然だ。
だが、それでも小次郎は首を横に振る。
「確かに儂は裁縫なぞしたことが無い。今までは母上や姉上がやってくれておった。思えば、何も出来ない不器用な男だ」
「なら妾に願えばよい!妾なら、そんなもの簡単に――」
「しかしな。だからこそ、今は自分の力で直すべきだと考えたのだ」
「…………は?」
胸元に穴だらけの着物を寄せ、小次郎は小さく笑う。
「今から儂が使う物だ。自身の手で直すからこそ愛着がわき、生涯大切にしようと思えるだろう?使わせてもらうのだから、儂らも恩に返し大切に扱わなければならん。そう、思えぬか?」
小次郎の言葉に小雪は言葉を失ったように固まった。
空色の瞳を大きく広げ、唖然と言う様に小次郎を見つめる。
所詮、神には縁遠い話であったか。
――小次郎は心で僅かに笑う。
「……うむ。それは面白い考えじゃな」
ただ、その神さんはいとも簡単に。受け入れてしまう訳なのだが。
小次郎が唖然としていると、横から手が伸びて来た。
奪い取る様に彼女は穴あきだらけの羽織を取り、まじまじと見つめる。
それこそ穴が開くほどに見つめて。
自身の豪奢な上着を脱いだのは次の事。
何食わぬ顔で、彼女は二つの着物を小次郎へと差し出すのだ。
「ほれ。端切れはコレで良かろう?針と糸は探せばあると思う。一緒に探そう」
其れこそ。また、太陽に笑って。
小次郎は呆然とその様子を見ていた。見るしか無かった。
そんな彼の様子に小雪は首を傾げる。
「なんじゃ。何故妾を見据える?」
「……いや。あんたは見捨てられたとはいえ、神様と言う奴なのだろう?」
「言いぐさ!――まぁ、そうじゃ。妾は人が見放したが神じゃ。ソレがなんじゃ?」
「つまり儂はあんたから見たら下々という訳だが。――そんな唯の人間に、そんな高価な
小次郎の言葉。しかし小雪は何処までも不思議そうであった。
にこにこと笑みを湛えながら不思議そうに。理解できないという様に、瞬きを繰り返す。
「これは……父上がくれたというだけじゃ。別に神である妾には必要のない物。しかし、その羽織は今のお前には必要な物なのじゃろう?その着物は妾には重すぎる故、必要無いと判断したまでじゃ。――ほら、重要性から考えれば何を捨て差し出せばよいかなんて簡単に示す事が出来る」
あまりに。
あまりに、彼女がサラリと。当たり前に。堂々という物だから、呆気に取られてしまう。
寒さで身体が震えているくせに。手が真っ赤に染まりあがっているくせに。
――嗚呼、神がこんな
「お前さんは自分を神だという」
「うむ。神じゃ」
「それは、まぁ、間違いないのだろう。少なくとも人の子ではない」
「だから神じゃ!」
「神は称えられるものだ。しかし、施しなど人には与えん。それが儂の知る神だ。――何故お前は神であるのに人に施す?」
自身を襲った疑問をそのままに口にする。
小次郎の疑問にやはり小雪は何処までも不思議そうだった。
何かを悩むように眉を顰め、腕を組む。うーんと唸り始めるのには時間も掛からない。
何故?何故と言われても。
「そう言われてものぉ。……そう創られたから?」
「……」
「いや違う。それだけは絶対に。そうじゃのぉ。人が好きだから、もなんか違うのぉ。人の笑顔が見たいから。……これもしっくりこんのじゃ」
「……」
悩む事、数十秒。
小雪は何か答えを見つけたようで、顔を上げる。
「わかった!――1人が寂しいからじゃ!優しくすれば、きっといつか誰か側に居てくれる。つまり見返りを求めておるのじゃ!」
――だ、なんて。
隠す気なぞサラサラも無く。
彼女は己の欲を言い切ったのである。
実に己に忠実な、答えじゃないか。
「は。――は、ははははははは!!!!」
小次郎は声を上げて笑う。
額に手を当て、心からの笑顔を。
今度、驚いたのは小雪の方だ。
いきなり笑い出した人間を前に彼女は呆気にとられる。
「ど、どうした急に。壊れたかえ?」
「いや、いやいや!」
小次郎の笑いは彼女が原因だというのに、彼女は気が付いていない。
いや、しかし。
「自ら見返りを求む神か。面白い」
「何が面白い?神なんてそんなものじゃろう?貴様の言う神も何かしら見返りをいつも求めておる。それが
「……それは四季を渡したという話か?」
「うむ。そうじゃ!人が望むからと何でも与えた結果がコレじゃ!…………妾が一人ぼっちになったのが良い例。ま、それは人も神も変わらんと妾は思うがな。……奪われるだけなら見返りぐらい求めても良いじゃろうて」
――そうじゃろう?
彼女はまるで見て来たかのように笑う。
それは。確かにそうだ。
世など、善い人間ほど損をする。
人が好いからこそ、弱い人間がそこに付け込み、おんぶに抱っこ。良い所ばかりを吸い上げる。
その結果。悪いのも善い人間という結果で終わるのが人間社会。
見抜けなかったアイツが間抜けで、終わり。
――偽善者と呼びつけて、はい。終わり。
きっと、これはどの世界でも変わらないのが事実。
だからこそ、彼女の言い分は正しい。
見返りを求めて何が悪い。それは正しい等価交換だ。
でも、何故だろうか。彼女が酷く寂しそうに笑うのは。
――だからこそ、と言うべきなのか。小次郎は僅かにはにかむ。
「正しいが、その答えは寂しいな」
彼の言葉に小雪は顔を上げた。
何が寂しいのだろうか。彼女には分からない。
彼が差し出された着物を押し返したのは直ぐの事だ。
「小雪。――おぬしはそう名乗ったな」
「?うむ。好きに呼ぶがよいぞ♪」
「――では小雪」
「ん?」
「おぬし、四季を無くした事を後悔しておるのか?」
――きっと。彼女は、
呆然と。唖然と。愕然と。無言で彼女はソレに返す。
それだけで彼女の心の一部が垣間見える。
「お前は、ほんに……」
慈愛にも似た、今にも泣きそうな顔を小雪は見せたのだから。
「……愛?」
「いや。もうよい」
見ていられなくなった小次郎は顔を逸らす。
何かを考える様に顎をしゃくり、上を向いたのは
それからほんの少したってからの事。
「小雪よ」
「……なんじゃ小坊主。まだ妾に言い足りない事があるのか?」
先ほどの威勢は何処に言ったのか。
妙に大人しくなった彼女に僅かに笑みが零れそうになる。
それを押し殺して、小次郎は言った。
「お前。宿屋をやってはみんか?」
柔らかな笑みで思いがけない言葉を一つ。
長い沈黙が二人の間に流れた。
何も言わない小雪に小次郎は言葉を紡ぐ。
「儂はな。お前はもっと人に触れた方が良いと思うた。そして、お前は一人に……飢えている。人が側に居て欲しいと思うておる。だから、儂に対しても我儘をなんでも叶えるなど言えるのだ。その代わりに側に居てくれと願うのだ。――で、あるなら。きっとお前には宿屋が一番性に合っていると思う」
空色の瞳がおずおずと小次郎を見上げた。
何かを言いかけて、押し込める様に俯く。
「……無理じゃ」
「そうか。儂にはおぬしに丁度良い役柄と思えるが。人と接するのが好きなのだろう?」
小次郎の提案に小雪は何も言わなくなる。
だが、どちらかと言えば迷っている様な。
何かを悩んでいる様な様子。
小次郎は顎をしゃくり続けた。
「宿屋とは人と人の繋がりが良く現れる場所と聞く。特に女将は沢山の人の相手をせねばならない。客と対話し、相手が何を求めているかで対応を変えなくてはいけない。難しいが人が好きであるならやりがいのある仕事だ」
それは嘘、出まかせだったのかもしれない。
彼なりの思い付いた架空の宿屋で、女将だったのかもしれない。
それでも、彼女の興味が少しずつ此方に向いて来るのが分かる。
一人ぼっちを恐れる彼女なら、きっと食いついて来るに違いないと踏んだ駆け引き。
あと一歩。もう一歩が足りない。
小雪はその最後を指し示す。
「――無理じゃ。この社には誰も来ん。誰も近づきもせん」
声を絞り出すように一つ。
無理だと寂しそうに笑う彼女に、ああ、コレが答えか。
そんな些細な問題に、小次郎は笑った。
「だったら儂の様な人間相手にやればよい。気が付けばこんな世界に放り出されていた儂みたいな行き場のない人間を、な」
小次郎の提案に小雪が息を呑むのが分かった。
僅かに暗くなった空色の瞳に光が宿るのが見える。
「――それならば、良い考えじゃ!」
身を乗り出す様に、彼女が小次郎に抱き付いた。
僅かに小次郎の身体は揺れるが、大きな彼の身体は彼女を簡単に受け止める。
目に映ったのは先程とは打って変わった、太陽の様に笑う小雪の姿。
善い考えだと笑う彼女は、それは本当に嬉しそうで此方も心が温かくなる。
小次郎の腕の中で、ふわり、彼女の尻尾が動いた。
「で、あるなら。貴様はお客人第一号じゃな!」
実にご機嫌に、彼女は言いのける。
どうやら彼女の中で小次郎の完全に提案は受理されたらしい。
そうなれば小次郎は小雪の中では、もうお客様の一人となる。
実に女将らしくない言動だけれど。まぁ、今は其れも味と言う事で。
彼女の笑顔に、身体から伝わる小雪の熱に小次郎は声を出し笑う。
幼子を相手する様に、手を伸ばし橙色の頭に手を伸ばして撫で笑う。
「嗚呼。沢山の
「?なにがじゃ」
「見返りなど要らぬ。無償で、互いに側に居たいと思える相手に、だ」
それは彼女が余りにも無慈悲な答えを出し続ける者だから。つい、小次郎が出した本音だった。
この世界は見返りを求めすぎている。
何をするにも等価交換で事を済ませ、善いヒトばかりが馬鹿を見る。
きっとそんな世が事実なのだろう。
それでも。それでも、だった。
そんな世の中は寂し過ぎるから。
この世の中で、何の見返りも要らず。互いが互いを必要とするだけの関係があるとするのなら。
きっと彼女に必要なのは、『ソレ』なのだろう、と小次郎が辿り着いた答え。
何処かにある『ソレ』を彼女が知る事が出来たのなら。
小雪は良い神様になるはずだ。そう感じて。
厚い雲の先にある。
カラッとした青い空の様に、彼は笑うのだ――。
こんこんこんろろ狐のお宿~人から嫌われ神さんですが、それでも女将はがんばります~ 海鳴ねこ @uminari22
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