四話『子供客』前編

 皆様こんにちは。お久しぶりです。

 わたくしこの世界の案内人。唯の語り部にございます。

 さて、さて今日も小雪のお宿。子ぎつね亭、どんなお客様がお見えになるのか覗いてみましょう。


 枯れた木々。雪が積もる白銀の森の中。空の上からは雪が舞い落ちてゆきます。

 その中で今日、小雪は一人で大忙し。


「うんしょ、うんしょ!」


 可愛らしい掛け声と共に、大きなスコップで森の中の唯一の道を「えんやこらえんやこら」雪かきの最中にごさいます。

 と言うのも今の季節は世界でも冬となりました。

 冬の神さんが住まう雪の森。冬になると、いつも以上に行きは降り積もり、膝上までの雪は腰辺りまで積もりあがって、さあ大変。

 そしてここ最近は、稀に見る大雪。なので大変にございますが、小雪はせっせらこっせら、今日お見えになるお客様の為に雪を上げるのです。


「ふう……!」


 ですが、神さんと言っても女将の細腕。流石に一休みしなければ身体は持ちやしません。

 と言う事で、ちょっとばかし一休み。

 雪かきのついでに作ったかまくらの中で、お茶を沸かしておやつのミカンを取り出して、練炭の前でぬくぬく温まり始めました。


 お茶をずずっと飲みながらホッと一息。

 かまくらの中から見える雪化粧をぼんやりと眺めながら、何時ものように思いんした。


「きょうのお客様は、一体誰が来るのでしょうか!」


 やっぱり小雪の頭は御酌様の事でいっぱいの様でごさいます。

 そんな今日のお客様を想いつつにこにこ、再びお茶を『ずずず』。お茶をすすった時の事でございます。

 外から、わぁ、すごい!……なんて、何とも愛らしい声が響いたのは。


「お客様!?」


 小雪は耳をぴくんと立てて尻尾もふわんと立ち上がらせました。

 どうやらにございます。一休みしている間にお客様がお着きになってしまったようです。

 小雪は慌てて辺りの片付けをして、かまくらの出口へと向かいました。


 ただ不思議にも思います。

 いまのお客様の声。妙に可愛らし過ぎるなぁ……なんて。


 小雪は疑問に思いながらもぴょこんと鎌倉の入口から顔を出したのでした。


 あ!きつねさん!

 またまたその声が響きました。

 小雪もびっくり仰天。そのお客様はかまくらの前に立っていたからでございます。


 あまりに小さくて小雪も目に映すまで気が付きやしませんでした。

 くりくりおめめにふわふわ髪の毛、それからぷにぷにほっぺ。

 短い柔らかそうな裸足と、紅葉のような小さな青白い腕。

 細くて短い指を名一杯に伸ばして、お客様はにこにこと小雪を見つめておりました。


 小雪はびっくり仰天。実に珍しいお客様でしたから。

 でも、それも一瞬の事です。

 小雪は鎌倉から出ると、膝を付いてお客様の顔を覗き込みんした。


「ようこそ。お客様。私は小雪といいます。今日一日お客様のお世話をさせていただく宿屋の女将です!」


 にっこり笑って、元気よく、いつもよりもにっこにこな笑顔を浮かべて。

 お客様は不思議そうに首を傾げます。小雪はその冷たくなった小さな手を優しく包んで問いかけました。


「お客様のお名前はなんですか?」


 目の前のお客様は小雪の問いに実に人懐っこい笑みを1つ。

 ハキハキと元気な声で片手を上げて言いました。

 ぼくのなまえは、みくりだよ!4さい……なんて。


 こゆきは頷いてまたにっこり。


「どうぞ、小雪お姉ちゃんとお呼びください。」


 小さな、小さな、お客様に微笑むのでございました。


 ◇


 宿屋について大きくて広いお屋敷の中でお客様は、すごいすごいとはしゃぎます。

 ぴょんぴょん飛んで元気いっぱいです。

 その隣で小雪は耳をぺたんと下げて大きく溜息。


 此度のお客様。実に元気なのですが、元気が良すぎるのでございます。

 ソレは勿論善い事なのですが、この宿屋に連れて来るのが大変でした。

 と言うのも、お客様。雪を見たのが初めて出会ったらしく、高く降り積もった雪に大はしゃぎ。

 出会って間もない小雪の手を掴んで


 おねえちゃん、あそうぼう。あそびたい!の連呼。


 お客様の願いなので叶えたいのはやまやまでしたが、小雪は心を鬼にして


「ソレは出来ませんお客様!宿屋に一度案内させて頂きます!」


 小さな手を握りして強制的に此処に連れて来たのにございます。

 勿論理由があります。それはお客様のお召し物。

 よれよれの半袖のTシャツ。端がほつれた半ズボン。そして真っ赤になった赤い足。

 この姿で呑気に遊べる大人が居ましょうか!いません。


 なので、一先ず宿屋に連れて来て温泉に入って貰って身体を温めて貰おうと判断したのでございます。

 なあに、お客様が身体を温めている間に外で遊ぶ準備をしておけば良い事なだけです。


 幸いこの宿屋、子供客は少ないのですが来ない訳ではありません。

 こんな時の為に用意して置いた子供用の着物にちゃんちゃんこ、そして藁の長靴は存在しておりますから。

 宿屋の庭の雪かきは終わっていますし、安全に遊べると言う奴です。


 雪だるま作り、かまくら作り、雪合戦。どんとこい!

 問題を上げるのなら、お風呂に入っている間にお客様の関心が雪から無くなってしまう事でしょうか。


 なにせお客様は5歳の坊やですから。

 今どきの子は外で遊ぶより家でゲーム。

 残念ながら、前に申した通り今どきのお客様のお求めの玩具は無いのです。


 でも人生ゲームやトランプは喜んでくれるに違いありませんが!!


「さ、お客様。お風呂の準備が出来ています。身体が冷えているでしょう?十分に温まってくださいませ!」


 小雪は何が来ても大丈夫!

 そんな行きでお客様を見下ろします。


「お風呂から上がったら、今後こそ雪遊びをしましょう!」


 胸元でぐっと拳を作って言うとお客様はキョトンと驚きます。

 不思議そうな顔で、おふろにはいっていいの?

 小雪は大きく頷きました。


「勿論です!あ、今日は柚子風呂にするつもりでしたが。特別!お客様のお好きなお風呂に致しますよ?」


 如何なさいます?

 すると、お客様は一瞬困惑したかのような顔を下のち、次には悩ましい顔を。

 次には、おずおずとした笑顔を見せながら言うのです。


 あったかいおふろ。イルカさんがういているの。


 小雪はにっこり。


「では、温かお風呂のイルカ風呂にしましょう!」


 ◇


 子ぎつね亭のお風呂は大きな露天風呂。

 石造りの外装に、毎日女将が一工夫施す丁度良い温かなお風呂が自慢の一品です。


「さぁお客様、お加減は如何ですか?」


 そんな大きな浴場の端、小さな洗い場の前で小雪はせっせとタオルを手に、目の前の小さくか細い背中を優しく洗います。

 背中を洗うたびに「きゃっきゃっ」と「くすぐったい」とお客様はお笑いになりました。最後は桶に入ったお湯を頭から掛けて終了です。


 身体を洗い終わると、お客様は酷く楽しそうに温泉へと走りました。


「あぶないです、お客様!」


 あわてて注意すれば、ピタリと止まる小さな足。酷く悲しそうな顔で振り向いて小さく謝ります。

 とても素直で良い子。小雪は思わず笑顔を浮かべてしまいました。


「濡れていて走ると危ないですから。お風呂場では走らないでくださいね!」


 そう優しく笑って、そっと頭を撫でてあげれば。一瞬びくりと頭を抱えましたが直ぐにお客様は笑顔を見せてくれるのです。

 さて、今日はお客様のご要望のイルカ風呂。

 イルカの玩具がぷかぷか浮かぶ可愛らしいお風呂となっております。


 何時もは、お風呂は背中を流して終わりなのですが今日は特別。 

 小さなお客様が相手、目を離したらいけませんので一緒に入ります。


 かぽーんとお風呂の中。

 お客様は大層大喜び。本当はいけませんがお風呂の中でも大ジャンプ。

 いけない事ですが、やはり今日だけは特別です。小雪はニコニコと微笑みながらお客様の様子を見つめていました。


「そうだ。お客様!」


 ふと思い出したように声を上げたのは丁度その時。 

 ぽんと手を叩いて小雪は思いだしたようにお客様に顔を近づけます。


「今日の晩御飯はいかがいたしましょうか?」


 お客様は小雪の言葉にいるかを鷲掴みにしていた手を止めます。

 ごはん?不思議そうです。たべてもいいの?なんて良く分からないことまで聞いて来ます。

 小雪は不思議そうに首を傾げました。


「もちろんですとも!」


 この言葉にお客様は目に見える程に悩み始めました。

 うーん、うーん。唸って数十秒。

 元気よく答えるのです。


 おにぎり!


 小雪は少しだけ驚いてしまいました。

 小雪は料理上手です。おにぎりなんて言わずもっと沢山の物を作れます。


「おにぎりですか?もっと沢山いろんなものを作れますよ?」


 問いかけてみましたが、お客様は首をぶんぶん。

 おかあさんが、よくつくってくれるから、おにぎりがいい。

 お客様は言いました。そう言われてしまったら仕方がありません。

 ちょっと残念ですが、今日の晩御飯はおにぎりに決定です。


 でも、やっぱりここはおにぎりだけではいけません。

 せめてお味噌汁と漬物とぐらいは作らなければと小雪は心に決めたのでございました。



 ◇



 お風呂も上がりさっぱりと。

 でもお客様は待ってはくれません。


 お風呂に入ったら雪遊びをしようと約束いたしましたから、小雪が用意した防寒具を身に付けてうきうきで外に走りだして行きます。


「お客様、お待ちください!」


 慌てたように小雪も外に飛び出すしかありません。

 真っ白な庭。雪で覆われた何処までも広がる白銀の世界。

 お客様はその中心ではしゃいでおられました。一番に彼がしたことは小さな雪だるまを作る事です。


 小さな手で雪を固めて歪な丸い玉を二つ。重ねたら完成にございます。

 出来上がった雪だるまをお客様は自信満々に小雪に見せて来ました。

 小さな胸を張ってえっへんとドヤ顔です。


「すごいです。お客様!かわいい雪だるまですね♪」


 小雪は笑顔で返します。わたくしからみて正直言えば、雪だるまは酷く歪でしたが、小雪から見たら完璧な雪だるま。

 なにせ、お客様と同じように小雪も雪兎を作っていましたが、こう言った事には不器用な小雪が作った雪兎は更に歪でしたから。

 お客様が怯えてしまう程に歪であったのです。


 こわいなんて言われた小雪は慌てました。

 事実などで仕方がありませんが、お客様を怖がらせたなんてあってはならない事ですから。

 慌てたように小雪は後ろ手に雪だるまを隠して、庭の先にある大きなかまくらを指差します。元から有った物で小雪が作った物です。


「お客様、あれは小雪が作ったかまくらです!あの中で餅でも食べませんか?おやつに致しましょう!」


 ですがお客様は頬をぷくり。

 小さな雪玉を作って小雪へぽい。


 でてきたばかりだから、まだあそぶ!……だそうです。それもその通りです。


「では!」


 小雪は胸を叩きます。


「二人で大きな雪だるまを作りましょう!」


 小雪は小さなものを作るのは苦手ですが、大きな物を作るのは得意。

 それにお客様と2人で造るのですから上手く作れる自信が有ります。

 この提案にお客様は元気よく頷いて、雪の中を駆け出すのです。

 小雪だって負けてはいられません。


 それでは雪だるま作りの開始です。

 造ると言っても、まず小さな雪玉を作って雪の上で転がしていくだけ。

 時折形を整えで、よいしょ、よいしょ。流石に小さい雪玉を押すお手伝いは出来ませんので、小雪はお客様の側で応援します。

 10分ほどで、小雪のひざ丈ほどまでの大きさの雪の塊になりました。此処からは小雪もお手伝いです。


 大きくなり始めた雪玉をよいしょ、よいしょ。お客様を手伝って転がします。

 そこから更に10分。雪玉は小雪の腰までの大きさになりました。此処まで大きくなると小雪もお客様も本気です。


 うんとこしょ、よっこいしょ。

 小雪とお客様は必死になって雪玉を押します。もう雪玉はお客様より大きくなっていますから、一苦労以上の労働です。

 それでもお客様が、もっとおおきくしたいっと願いますので小雪も答えなくてはいけません。


 大きな、大きな雪玉が出来上がったのはそれから30分ほど経ってからの事。

 なんと小雪より背丈より大きな雪玉を出来上げさせる事が出来ました。ちょっとばかし他からのお手伝いは合ったけれど、2人が頑張った結果です。


 大きな雪玉の前にお客様は大喜び。

 その場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを身体全体で露わにします。


「やりました。お客様、さぁ今度は頭の番ですよ!」


 でもまだ此処で終わってはいけません。

 何せ雪だるまは大きな雪玉と小さな雪玉、2つで1つ。

 今より小さいですがもう一つ雪玉を作らなくてはいけないのです。


 お客様は大喜びです。


「でも、お客様。小雪の力では雪玉は持ち上がりません!」


 小雪の言葉にお客様はしょんぼりです。小雪は慌てて手を横に振ります。


「ですので、この雪玉に雪を重ねて行って頭を作っていきましょう!」


 小雪に思わぬ提案です。

 お客様は、この提案に一瞬キョトンとしましたが、にっこり満面の笑み。

 元気よく「うん」と頷くのでした。


 それからです。

 お客様と小雪はせっせと雪玉に雪を被せては硬めを繰り返し、何とか丸の形にしていきました。

 高さが足りなくなって、梯子まで使って。お客様が納得できる雪だるまを作っていくのです。

 雪だるまが完成したのは一時間後。


 出来上がったのは小雪よりも一回り二回り大きな雪だるま。

 目にはサツマイモ、鼻はニンジン。口は太い木の棒。古びた毛布を枕にした

 大きくて可愛い、雪だるまだ出来上がったのです。


「やりましたお客様!」


 小雪は高く飛び跳ねて喜びます。

 隣でお客様も「やったー」と飛び跳ねて喜びます。


 ちょうどそんな時の事にございました。

「ぐー」なんてお客様のお腹の虫が鳴ったのは。

 はっと気が付けば、あたりはすっかり真っ暗。もう夕飯の時間ではありませんか。


 お客様は思わずお腹を「ぎゅー」と押さえます。

 小雪はにっこりです。


「お客様、汗を沢山かいたでしょう?もう一度お風呂に入って来ましょう。その後に晩御飯です!小雪が丹精込めておにぎりを御作り致しますね!」


 力こぶを作って名一杯の笑顔。

 不安そうだったお客様の顔もコロリと変わります。

 庭の先にあったかまくらを指差して言うのです。


 だったら、ごはんはあのなかでたべたい!おかあさん


 思わずの答えだったのでしょう。お客様が口にてお当てます。

 小雪だってちょっと驚きます。でもそれもほんの少しの事、彼女は笑ったまま言います。


「勿論ですとも!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る