布団の魔力

@kuruugingu

第1話

 心して聞いてほしい。


 現代社会を生きている聡明な諸君らにとっては常識も常識、語るまでもない、語ったところで「何でコイツ、こんなドヤ顔で当たり前の事言ってるんだ?」「俺らのこと侮辱してるんじゃね?」「処す?処す?」とか言われるのがオチだろう。


 だが、それでもまずは俺の話を聞いてくれ。後処すのはちょっとだけ待ってくれ。ほんのちょっとだけで良いんだ。いや、やっぱり処すのは止めてくださいお願いします。


 俺が言いたいのは他でもない、「布団には魔力が内包されている」ということだ。


 朝に限らず、昼に限らず、夜に限らず。

 何なら春夏秋冬の季節違いも一切合切関係なく、布団には年中膨大な魔力がその綿に満遍なくつまっている。


 その魔力の総量たるや、太陽から放たれる『早く起きろオーラ』にも涼しい顔して耐えてしまう程だ。全くもって恐ろしい。


 布団に内蔵されている無限包容魔力には幾つかの特殊能力が備わっている。


まず1つが、たった一つの変わらない吸引力だ。これは皆にも一度は経験があるだろう。「俺が布団を離さないんじゃない、布団が俺を離してくれないんだ」現象だ。

布団恋人化現象とも言う。


 布団が持つ圧倒的な吸引力は正にブラックホールもかくやである。人肌に抱きついているのと何ら変わりはないとまで言われているそれに一度吸い込まれれば最後、人の脆弱な意識なぞあっという間に光速の速度へと到達し、塵となって夢の世界へご招待されるだろう。


 2つ目が、枕とのコンビで発動する「ここが君の墓場ですよ」と錯覚させる程の幻覚作用だ。


 枕による寝転がりへの負担軽減と、先にも言った布団の驚異的なまでの吸引力。この2つが合わさると、そこがまるで自分の仕事場だと、ここで寝ることが自分が成すべき仕事であると容易に思い込んでしまう。実に恐ろしき。


 最後に、疲れた身体に対して「さぁここにおいで。全てを捨ててここに来て」と誘惑する強い魅惑の力だ。


 学校、運動、仕事、遊び。人間は身体を動かすと大なり小なり汗をかいて疲れが溜まる。

 汗をかいたら風呂に入ったりシャワーを浴びて身体を綺麗にする必要がある。

 疲れが溜まったら、消費したエネルギーを補給するために食事をしなければならない。

 人間、健康的な生活を送るにはただ眠るだけでは駄目なのだ。それは重々承知している。


 しかし、布団が持つ果てしない魔力はそんなものは関係ないとばかりにこちらを激しく誘惑してくる。食、性と並び、世界三大欲求に数えられる欲望の嵐は、俺達人間の正常な判断を次第に奪っていき、その欲望に負けてしまったが最後、身体も清めず、栄養も取り込まず、ただただ惰眠を貪るだけのモンスターと化してしまう。あぁ、何と無惨なことか。


 もう一度言おう。布団には魔力が詰まっている。科学が発展し、物理法則が次々と解明され、神秘へのロマンが根こそぎ削り取られそうとしているこの現代社会に唯一現存している紛れもない未知の力。それが、布団の魔力だ。

 こんなに激しい熱弁をしてまで、俺が皆に伝えたいことは実に単純。


 それは──


 布団の魔力には気を付けてくれ。

 俺は見事に負けて三日間連続で学校の授業に遅刻した。と言うことだ。


 あ、止めてください。石投げないでください。

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