EP-C「エピローグ」


 ……その部屋は夏の昼間だというのに薄暗かった。


 人目どころか光すら遮る為に薄い物と厚い物、窓の暗幕を二重にしている。

 室内はひんやりとしており、肌寒いくらいだ。彼女が夏でも長袖を手放さない

理由の一つかもしれない。


 洒落た円卓に彫刻が施された高価な椅子が二脚。


 一脚は彼女が使用し、もう一脚から今、猫が円卓に飛び移ったところだ。

 円卓の中央には小皿があり、香料を混ぜた蝋燭が火を灯して立っている。 


 それを挟んで鎮座する猫と、両肘を円卓につけて指を組んだところに

顎を乗せている彼女──部屋の主である、ルー=スゥが向かい合った。


「珍しいですね。ここに直接、乗り込んでくるのは」

というのも、時にはあるものさ』


「……おや。それはドーガを含めても、ですか?」


『そうだよ。ルー=スゥ』

然様さようですか」


 ルー=スゥはいつものような、とぼけた口調で答える。


『ルー=スゥ。君は炎のドーガを使って何をするつもりなんだい?』


「何も。答えは以前と変わりませんよ。彼には安寧な日々を過ごさせると

約束した。ボクはその契約を履行するだけです。自身の名に懸けて、ね」


『嘘偽りなく?』

「嘘偽りなく。これも以前に答えた通りに」


 ルー=スゥは対面の猫に向かって微笑みかける。

 見つめられた猫はゆっくりと目を瞑る。


『……では、キミはこれから何をするつもりなのかな?』


 瞬きをして、猫が訊ねる。


「何を、とは?」


『キミが生きる目的さ。月の生活を捨てて、下界に降りてきた訳はなんだい?』


「彼を地上に送り届けて、その生活を保証する為ですよ」


『キミ自身でやらねばならない事かい?』

「然様ですとも」


 ルー=スゥは答えた。


『そうか。では、もう一人。キミが契約した人物はもう一人いるだろう。名は

アリスワード=シュルツ。彼女は今、何をしている?』


「彼女には現在いまも月の聖櫃せいひつで眠って貰っています。御覧の通り、私の体は一つ

しかありませんから。炎のドーガは貴方がそうしたように人の寿命を持ちます。

彼の天寿てんじゅを待って、彼女と入れ替わるのですが……」


 彼女の説明に矛盾はないように見える。だが、最大の矛盾は彼女の見た目、

現在の姿にあった。


『……君がそのような姿でいるのには、どのような理由が

あるのかな?』


「宗旨替え、ですよ。……と、言ったら?」


『──をあの二人のような、知己としては扱ってくれないんだね』


「そのような物言いは反則ですよ。……猫さん」


 猫として短く鳴くと立ち上がって背中を大きく曲げ、次いで腰が限界まで

細くなるような伸びをすると、彼女の方に向かって歩き出す。


 そして、膝の上に乗っかると、先程のように腰を下ろして座った。

 ……彼女が猫の頭を優しく撫でると、また短く鳴いてみせる。


「……貴方を心配させるような事はしませんよ。約束します」


『私は君が、神々に復讐するのではないかと危惧きぐしている』


「しませんよ。こう見えても立派なお兄ちゃんでいるつもりなので。愛する

弟や妹に迷惑をかけるつもりはありませんから。この変わり果てた姿は自力で

復活するにあたって、そのようにせざるを得なかった。それだけなのです」


『……本当に?』


「ええ、本当ですよ。今一度言いますが、神々に危害を加えようなどと、

そのような大それた事は考えていませんよ」


 彼女は安心させるように、猫の首筋から背中を毛並みに沿ってそっと撫でた。


『但し。復讐というのなら──』


 上目遣いに見る猫の頭をもう一度、優しく撫で始める。

 目を瞑ったのを見て、ルー=スゥは囁いた。


『……戦を起こす。混乱を招く。彼らがそれを司るというなら、この世界から

を取り除いてやるのが、健全な復讐だと思いませんか?』




<終>

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天性の魔術師 てぃ @mrtea

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