EP-B『エピローグ』

 ──同日。同時刻。


 二度寝から目覚めたジュリアスは枕元に置いた本に手を出すが、途中からの

数行を読んだだけで気が乗らず、また枕元に本を戻した。


 時間的にも時季的にも今から何かをする気にはなれない。元気なのは

子供くらいだろう。食欲すら湧かない。


 ……とはいえ、そろそろ食い扶持ぶちくらいは稼ぎ始めないと家計が厳しいか? 


 神様からの依頼とはいえ、あの一件ではかなり金を使わされた。それでいて

実入りはゼロである。神は人の営みなど理解しない、故にこちらも求めなかった。

損して得取れ、などという負け惜しみで周囲は誤魔化せるが所詮は瘦せ我慢だ。


「とはいえ、な……」


 ため息が出る。今は時期が悪い。あの二人の兵役が終わるのが九月。それまで

冒険者として活動する訳にはいかず、かといっての魔石加工屋としてやって

いくのもそろそろ限界だ。


 頻繁に、或いは一度で派手に取引すれば顔が売れてしまう。それはそれで都合が

悪い。最初の一歩くらいはなあいつらと足並みを揃えてやりたい、という

のが自分の正直な心境だからだ。


 ……しかしまぁ、現状の不満や不安は軽々に動く事が出来ない、それくらいだ。


 未来には希望がある。押しかけ弟子で首謀者のディディーはともかく、ゴートの

方も冒険者の道に興味が出てきたらしい。まぁ、俺達との付き合いでなんとなく

流されてるだけという見方も出来るが、前進は前進だ。


 魔術の腕前は二人ともまだまだ。というより、未だ開花はしていない。

 これは当然の話で魔力への目覚めは若ければ若いほど早い。年端のいかぬ

子供ほど偏見がなく純粋だからだ。


 翻って、大人になるほど時間がかかる。


 だが、時間がかかるだけだ。悲観していないし、それが断念する理由にも

ならない。……というより、してはならないし、されてもいけないだろう。


 いずれ二人が魔力に目覚めて魔法が使えるようになった時……最初に授ける

魔術は決めてある。


 ──"炎の嵐"と"炎の剣"。

 枕元に置いた本の題名は『炎の貴公子ゼン=ハーキュリー』。


 だが、まだ完成はしていない。

 あいつらの兵役が終了するまでには形にしたいところだが……


「しかし、何の因果か炎の魔術はいつも難産なんだよな。真似るだけなら簡単

なんだが……」


 お前に出来る事は俺にも出来る──相手が人間だろうがドラゴンだろうが関係ない。

 例え神の御業ですら、そのでなんとかしてきた。例外は唯一ただひとつ──


「"絶対昇華"、か……」


 振り返れば、を知って以来、自分の人生が大きく狂っていったように思う。


 魔術に限定してもそうだ。"うみ"を苦しんで作り上げたのを昨日の事のように

覚えている。如何に模倣と創造の難易度が違うとはいえ、長く時間がかかったのは

あれに比べれば霞んでしまうという悪影響に他ならない。


 "絶対昇華"──


 その使い手、炎のドーガ。誰に甦らされたかは分からないが、推察は出来る。


 おそらくは冥界の王、クル=ス。かつてその冥界で息の根を止めた筈の、

死を司る神。生前のドーガと手を組んでいた事は分かっている。


 そして、ドーガの側にいた謎の女。ルー=スゥ。


 あれがおそらく世話役というか、今世で仲介しているのだろう。自身が言って

いた通り、冥界の後宮に住まうというクル=スの愛妾の一人。クル=ス本体は

何らかの方法で復活を果たし、現在も冥界の何処かで潜伏しているに違いない。


 ……これは俺の持論だが、頭のいい奴と実力者ほど表舞台には姿を現さない

ものだ。


 だから、引きずり出すのに苦労する……というより、居場所を突き止めて

乗り込むのに苦労する、か。我ながら面倒な事をやっていたものだ。


 そのドーガとクル=スがこれから何をするつもりなのか、それはよく分からない。

 ──考えても詮無い事だ。


 それに今は楽観視していいだろう。その証拠に、神様が呑気に猫をしている。


 ……あれ以来、こちらにも一度顔を出してくれたが、最近はドーガ達の屋敷に

入り浸っているそうだ。言外に言えば神様が監視しているのと同義である。ならば、

余計な心配はいらない。


 それにその件で何かあるなら必ず俺に一言あるだろう。乗り遅れる事はあるまい。

 ──願わくば、そのような未来が来ない事を祈るが。


「そのような未来が来ない事を祈る、か……」



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